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八重谷茉莉花はちょっとおかしい。  作者: 犬川くろのすら
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八重谷茉莉花はちょっとおかしい。7

「かすみ草の『清らかな心』に応えるために、『恋の虜』である桃が、『裏切り』をした月桂樹を殺した……とかか。」


「すごいわ、金城くん。よくここまで辿り着いたわね。」


「え?」


 感心した声が降ってきた。そういえば、背後に八重谷がいたのだったと思い出す。

 しかし、「よくここまで辿り着いた」とは何を意味するのか。もっと先に正解があるという意味にも聞こえる。

 思わず振り返ろうとするが、それより先に、八重谷の覗く反対側の肩越しに手が伸びてきた。八重谷はほとんど俺に覆い被さるような体勢で、俺のスマホを操作し始める。


「でも、惜しかったわね。月山くんは裏切りをしていないわ。裏切りと言う言葉は、私が問題の中で言っただけ。実際の行為とは関係ないもの。」


「あ、そうか……。」


 言われてみれば、確かにそうだ。月山はただ大志満と付き合っているだけで、浮気をしたりしたわけではない。むしろ浮気をしているのは大志満だ。

 裏切り、という言葉の強さに意識が向いて、現実との齟齬(そご)に気付かなかった。いかにも罪に繋がりそうだから、短絡的に答えと思い込んでしまったのだ。それも、多分八重谷の罠の内、ミスリードを誘う言葉だったのだろう。


 八重谷の操作するスマホの画面に目をやった。月桂樹の花言葉が表示されている。


「『裏切り』じゃないとすると、他には『勝利』『栄光』……良いことばっかりね。殺されるに相応(ふさわ)しい言葉はあるかしら?」


「うーん……。」


「つまり、月山くんは殺されなかった。」


「は?」


 殺人事件の話だと言っていたはずだ。そして、大学生の男が殺された、とはっきり言った。死の描写までしていた。

 それが今更、月山が殺されなかったとはどういう事だ?


「金城くん、私は何と言ったかしら。もう一度聞かせてあげるわ。」


 ……大学生の男の子が殺されたの。

 周りの人々は噂したわ。

 彼と仲が良かった4人の内の誰かが犯人じゃないか、って。


 友達の一人は推理が好きな男の子。

 一人は元気で運動好きな女の子。

 一人は怒りっぽくておしゃれな女の子。

 一人は静かで読書好きな女の子。


「……ねえ、金城くん。推理が好きな男の子は、あなただけかしら?」


 八重谷の声が静かに言った。


 ……そうか。

 月山は初めて推理ゲームに参加した時、八重谷を怖がっていた。それなのに、それを克服する程に推理ゲームを楽しんできたのだ。俺に並ぶかどうかは別として、推理好きには違いない。

 つまり、ここで言う「推理が好きな男の子」は、月山だ。

 前提が間違っていた。


 殺されたのは、俺だったんだ。


 それなら、もう最初の動機の部分から考え直す必要がある。

 一体誰なら俺を殺す?どうして俺を殺すんだ?


「ねえ、金城くん。惜しかったわ。でも、解けなかったのね。」


 八重谷の声は、変わらず静かなまま。

 ただ、それが少し悲しげに、低くなったように思った。妙な寒気を感じた。


「……ねえ、金城くん。どうして。」


「な……なんだよ。」


 俺に覆い被さったままの八重谷を振り返ることも出来ず、視線をスマホにと留めたままでいた。

 八重谷の白い指先が、スマホを操作する。と同時に、反対側の首筋に何かが触れた。冷たい。ぞっとするほど、冷たい。


「どうして、私の花言葉を調べなかったの?」


 視線をスマホから離して、どこへともなく彷徨わせた。

 さっきまで八重谷がいたデスク。八重谷の買った雑貨が、整然と並べられている。

 しかし、不自然に空いたあの隙間はなんだ。何か、一緒に並べていたものを抜き出したような。何が無くなっている?


 ……ハサミだ。

 単に紙を取り扱う文具としては似つかわしくないと感じた、大きく鋭いハサミ。

 何故無くなった?

 無くなったそれは、どこにある?


 首筋に当たる冷たい感触に身動(みじろ)ぎひとつ出来ず、俺は視線を別の方へ移した。

 八重谷の指が、スマホを操作している。画面は見たくなかった。


「どうして、私の花言葉を調べなかったの?」


 再び同じ質問が繰り返された。

 俺はようやく声を振り絞って、正直に答える。


「こ、殺されたのが、月山だと思ってたから……八重谷は、関係ないと思って……桃と、かすみ草だけで、終わりだと……」


「桃子?香澄?今、そう言ったの?」


 言ってない。

 否定する前に、冷たい感触が俺の芯に近付いた。


「私を八重谷と呼ぶのに、あの子達を名前で呼ぶの?私を茉莉花と呼んだのは、一度きりなのに?それも、間違えて呼んだ時だけなのに?ねえ、金城くん。金城陽光くん。そう、そうだわ、里見さんはあなたを陽光くんと呼ぶのだった。ずるいわ。私だって、あなたを陽光くんと呼んでもいいでしょう?ねえ、陽光くん。どうしてなの、陽光くん。どうして、あなたは推理ゲームが始まると周りが見えなくなってしまうのかしら。ハサミ、今気付いたの?ドアには、まだ気付いていないの?ねえ、陽光くん。どうして私の花言葉を調べなかったの?」


 ドア。コンビニから帰ってきた時、俺が先に入った。八重谷が後から入ってきて、荷物を俺に渡して、ドアをガチャリと閉めた。


 視線をゆっくりドアに向ける。

 トイレの個室よろしく、掛け金が掛かっていた。ガチャリと、八重谷は、鍵を掛けたのだ。

 誰も、外から入って来られないように。


「ねえ、陽光くん。そういうところが可愛いの。推理ゲームに熱中してしまうの、一生懸命私の問題を解いてくれるの、何も分かっていないのに分かっていると思い込むの、本当の事を知ったら震えて動けなくなるの、全部、全部。ねえ、陽光くん。どうして解いてくれなかったの?私、解いてくれたら嬉しいと言ったわ。なのに、どうして?」


 ああ、そうだったのか。

 推理し直すまでもなく、俺には大学生の男が殺された理由が、八重谷が俺を殺した動機が、分かった。


 八重谷の問題を解けなかったから。それだけだ。


 冷たい感触が、あのハサミだ、ハサミの鋭く大きく刃が、ゆっくりと前後に動いて、俺の皮膚を撫でながら、黙って待っている。少し力を加えれば血が滲み、肉を裂き、掻き分け、動脈を探る。その時を待ち望んで、今や狂気に満ちた刃は、愉快そうに笑っていると思えた。


 八重谷の言う通り、俺は震えているのだろうか。俺が持ったままのスマホの画面は、少なくとも、小刻みに揺れて見える。

 揺れる画面でも八重谷は器用に操作して、検索ボックスに言葉を入力した。


『ジャスミン 花言葉』


 やめてくれ。

 答えなんて、知りたくない。

 知ればゲームが終わってしまう。

 ゲームが終わったら、次に待っているものは何だ?

 思うに、それは現実だ。八重谷の問題が、そのストーリーが、現実に重なる。月山ではなかった。俺だった。あのストーリーが。


「ねえ、陽光くん。今日が最後なの。だから、今日で最後なの。ねえ、どうして解けなかったの?それはね、私の花言葉を調べてくれなかったからよ。」


 知りたくない。

 そう頭の中で繰り返していたのに、俺の視線は、勝手にスマホの画面に落ちた。


 答えが、そこにあった。

 八重谷の、茉莉花の、ジャスミンの花言葉が。




『ジャスミンの花言葉:

 あなたは私のもの』




 ……分かったでしょう?


 ねえ、陽光くん。

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