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八重谷茉莉花はちょっとおかしい。  作者: 犬川くろのすら
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八重谷茉莉花はちょっとおかしい。6

 気持ちのいい話ではない。八重谷の話は大抵そうだと言ってしまえば、それはそうだ。

 しかし、描写が気持ち悪いと言うのではない。それは単なる八重谷の趣味だ。


 大学生の男が殺された。

 友達は4人。

 一人は推理が好きな男の子。

 一人は元気で運動好きな女の子。

 一人は怒りっぽくておしゃれな女の子。

 一人は静かで読書好きな女の子。


 月山と、俺達メンバーを表しているのは明らかだ。それがいかにも気持ち悪い。そう思わせるのが、八重谷の策略というところだろう。


 とにかく推理を始めよう。

 ここで言う推理とは、事件の全容を明らかにする事ではない。出題者の意図を汲むこと、つまり事件をモチーフにしたクイズのようなものだと思ってもよい。

 例えば、登場人物とダイイングメッセージだけが与えられて、誰を示しているのか当てるとか。そういうのが、俺達のやる推理ゲームだ。


 すると、今回のヒントは「登場人物が俺達」というところにある。現実の俺達をヒントに、もし月山を殺すとしたら誰か、それを導き出すことになる。

 現実の事件のように動機や手段を考えるか、問題の中に犯人を示す言葉遊びが組み込まれていると考えるか。場合によっては実際の事件がモチーフになっていて、その知識を問われているというパターンも過去にはあった。思考の方針は様々だ。


「八重谷。これは、ここの話ってことでいいな?」


「そう思うなら、それでいいわ。」


 パックの紅茶を開けながら、八重谷は答えた。


 では、動機から考えてみよう。

 月山を殺す動機が全く無いのは、八重谷だ。もっと言えば、月山だけを殺す動機というのは、八重谷には無い。むしろ冗談で俺を殺しにかかる方がまだあり得る。

 最も動機があるのは、今となっては里見だろう。大志満を取り合うという形になる。逆に、大志満も月山が邪魔になって殺す可能性はある。

 なんとも言えないのは、俺だ。俺は別に月山の事を殺すつもりは無いが、八重谷から見て何か感じるものがあるのかもしれない。それは俺には分からないので、動機に関しては保留しよう。


 次に、実際に殺せるかどうか。月山を殺せる状況を作れるかどうかだ。

 俺は月山の家を知らないが、逆に俺のアパートやサークル棟に呼び出したり、知っている奴に家を聞けば、殺すまでは出来るだろう。だが、それをやると後で足が付きやすいのは明白だ。俺ならやらない。

 付き合っているのが本当なら、大志満は月山の家を知っているはずだ。ならば大志満に聞けば、里見も知ることが出来る。だが、里見の場合は二人きりになった時点で警戒されるのではないか?里見と月山が二人でいる状況と、それを普通の状況と思う月山が、想像しにくい。警戒されてしまうと、女であるところの里見が力尽くで月山を捻じ伏せるというのは難しいか。

 月山の家に行ったり月山を呼び出したり、そういう状況設定が一番しやすいのは大志満という事になる。

 一応言っておくと、八重谷は月山を呼び出せるだろうが、八重谷が一人でいる所に来た瞬間、何か理由をつけて逃げるだろう。つけずに逃げるかもしれない。月山は、そもそも八重谷が人を殺したことがあると本気で思っているのだから。

 状況設定に関しては、一番可能なのは大志満だ。


 待てよ。大志満と里見が協力して、という線もあるか。現実に沿って考えると、それが一番あり得る気がする。

 動機の強さに加えて協力者ありという観点で考えるなら、里見と俺、里見と八重谷なども有力になってくる。二人でいる所になら月山も来るだろうし、力尽くもやりやすい。

 ……俺と八重谷、はどうだろうか。大志満と里見の関係を知った俺が、後から大志満に言い寄って付き合っている月山を許せず、八重谷に協力を求めて……いや、あいつらのためにそこまでしない。


「気が滅入(めい)ってくるな、これ。」


「そう?考え方が悪いんじゃないかしら。」


 八重谷は手持ち無沙汰に先程買った雑貨を弄っている。

 皆でやっていると、大志満辺りがよく喋るので出題者も飽きずにいるのだが、今回は一対一だ。俺が一人で黙々と思考しているせいで、八重谷が暇になってしまっている。少しくらい話しかけながらやるとしよう。


「何かヒントとか、無いのか。」


「気が滅入ってくるという事は、実際にあなたが目で見てきた人間関係から考えているのね。その考え方が悪いんじゃないかしら、というのがヒント。」


 という事は、現実の人間関係は関係ないのか。もしくは、現実の人間関係を加味した上で、別の要素を組み込むか。

 クイズ的な方針で考えてみよう。月山を殺す、という情報から導き出されるワード、あるいは実際に起きた事件、史実など。


「ネットはあり?」


 そもそも知識が足りない場合、ひらめきではどうしようもない問題がある。その助けとして、インターネットで調べてもよいというルールが一応存在するが、皆でやる時には俺はあまり使わない。ひらめきと経験に欠ける大志満や里見辺りが黙っていても調べ始めるからだ。

 今回は、俺一人。ネット係も自分で務める必要があるが、ネットがそもそも必要無いならやらずに済ませたい。

 そう思って八重谷に訊ねると、こう返ってきた。


「金城くんなら、無いと無理だと思う。」


「それ、ヒントか?」


「そうね。」


 俺なら、か。

 俺が知らなそうな範疇の知識が必要になるという事だ。あるいは遠回しに「お前は無知」と馬鹿にされているだけかもしれないが、八重谷がネットを使えと言うならそういうものだと思って素直に聞こう。

 スマホを取り出して、検索ボックスを開いた。ちらっと時刻表示を見ると、午後7時半。いつの間にか15分以上も経っていた。


 さて、何から調べるか。


 月山。山形県にある山の名前だ。それくらいは知っている。ならば、まずは山の情報から辿ってみよう。

 地域や標高など、クイズにするには適当そうな情報が並ぶ。一応メモを取っておきたい。


「八重谷、鉛筆くれよ。」


「後輩のだと言っているのに。」


 わざとらしい膨れっ面を見せながら、一本寄越してくれた。出荷状態のままのきれいに削られた鉛筆を、最初に使うのが、後輩ではなく俺。悪いな、と思いながら、適当な紙を取ってメモをつけた。


 月山にまつわる話などを幾つか調べてみたが、関係のありそうなものは見当たらない。

 インターネットを使えと言う以上、キーになる言葉を調べて最初の方に出てくる情報がヒントになっているはずだ。深いところまで調べなければ出てこない情報では、調べる事が主になってしまって推理にならない。そもそも八重谷は「解いてほしい」と言ったのだから、出来るだけ見つけやすいところにヒントがあると考えられる。

 少し思案して、先に月山桂太以外の人名を解釈してみようと思った。


 動機も加味するなら、主に考えるべきは大志満桃子と里見香澄。八重谷茉莉花と金城陽光は後回しにしよう。

 オオシマ。大島。大嶋。

 サトミ。里美。聡美。

 スマホの変換を使って、同じ読みの別の漢字にしてみる。俺の直感には引っかからない。

 ヤエタニ、カネシロ。

 何かないだろうか。


「苗字じゃないか……モモコ、カスミ……ケイタ、ヒカリ。うーん……。」


 呟きながら色々試すが、特に思いつくものは無い。


「マリカ……。」


「なあに?」


「え?あ、悪い。違う。」


 うっかり目の前にいる相手の名前まで呼んでしまい、慌てて手を振る。間違いとは言え、普段苗字で呼んでいる相手を名前で呼んだと思うと、妙に気恥ずかしい。俺はスマホから顔を上げられなかった。


「何を調べてるの、一体。」


 定規を弄っていた八重谷が、それを置いて立ち上がり、デスクを回り込んでこちらに歩いて来た。急いで「マリカ」という検索履歴を消して、素知らぬ顔を装う。何故か悪いことをしている気になってしまったのだ。

 八重谷は俺の背後に立って、腰を屈めて肩越しにスマホを覗き込んできた。


「それぞれの名前で調べてみたのね。」


「まあ、分からない内は一歩ずつな。」


「牛歩戦術。」


「違う。」


 牛歩戦術と言われると、俺が時間稼ぎをして、八重谷が痺れを切らしてヒントを出すのを待っているかのようではないか。ちゃんと真面目に調べているのに。

 それにしても、八重谷はどうしてこう距離が近いのか。長い髪が俺に掛かってこないか、普通は向こうが気にするような事を俺が気にしてしまう。


 少しの間、八重谷に見守られながら検索を続けた。見当違いのワードを検索しているのを馬鹿にされているような被害妄想が生まれてきたが、次第にそれも気にならなくなってきた。

 代わりに、香りが気になり始めた。髪の匂いか八重谷の匂いか、何か落ち着く香りがする。

 香りについて検索したくなった。普段から知識を増やすように意識してはいるが、竜涎香(りゅうぜんこう)だのジャコウネコだの、物珍しいものの名前しか覚えていない。そしてそれらを今検索したら、怒られる。


 香りと言えば、普通は花か。ラベンダーやキンモクセイなら俺でも分かる。

 しかし、それ以外の香りは正直言ってよく知らない。香りは文字や言葉で理解できるものではなく、嗅覚で実際に感じないと分からないからだ。そして俺の日頃の生活といえば、花とは無縁の……。


 そこで、俺の直感が反応した。

 八重谷は「金城くんならネットを使わないと無理」と言った。香りや花の事なら俺はまるで知らないし、俺がまるで知らないと八重谷も容易に推測できるはずだ。


 そうか、花だ!

 桃子は桃。

 香澄はかすみ草。

 茉莉花も花と付いている。

 桂太……(かつら)か、いや、月山桂太。月桂樹だ。

 陽光は何かあるか?花には陽の光が必要、といえばそれはそうだ。


 とにかく、このひらめきは重要だ。少なくとも4人に共通するのが花なのだから、何かあってもおかしくない。

 しかし、茉莉花というのは花の名前なのだろうか?俺は詳しくないので知らない。せっかくだから調べてみたいが、今背後にいる女の名前を直接調べるのは、流石に気恥ずかしさが勝る。

 せめてもの抵抗で、『花の名前』と先に入れて、スペースを開けてから『茉莉花』と入力し、検索をかける。背後の気配が少し揺れた気がした。


 『ジャスミン(茉莉花)』


 これだ。

 桃、かすみ草、ジャスミン、月桂樹。

 今度は、それぞれの花について調べていく。何かが見つかるはずだ。俺のひらめきに期待しながら、検索ボックスにまずは『月桂樹』と入力した。


 すると、思わぬ事が起きた。当然起こり得る事なのだが、考えていなかったために面食らった。

 花の名前を入力したことにより、予測検索の一覧が開いたのだ。


『月桂樹の葉』

『月桂樹 育て方』

『月桂樹 意味』

『月桂樹 花言葉』


 ……花言葉。

 まさしく、インターネットが無ければ俺には一切分からない分野だ。これこそ答えだという確信があった。

 花言葉には様々な解釈があり、文化によって、あるいはインターネットのサイトによってさえ異なるものが示されると聞く。

 だが、ここでは正しい花言葉を当てるのが正解ではない。それぞれの花言葉から、繋がりが得られそうなものを選んでいけばいいのだ。八重谷も今回の出題に際して、インターネットの情報はチェックしていると思われる。であれば、調べてすぐに出てくる言葉の中に八重谷が解答として想定する花言葉があるに違いない。


 答えに近付いているという焦燥から、手が汗ばんでくる。視界の端が意識から消えて、スマホの画面しか見えなくなる。背後にいるはずの女の気配さえ忘れ去る。


『月桂樹の花言葉:

 裏切り』


 ああ、完全にこれだ。

 己の裏切りにより、月山は死に至ったのだ。


 では、その裏切りを(とが)めたのは誰か?


『桃の花言葉:

 恋の(とりこ)


『かすみ草の花言葉:

 清らかな心』


 なるほど。

 他にも花言葉はあるが、この辺りが話の流れに相応しいように思う。

 清らかな心であるかすみ草、すなわち里美香澄は罪を犯さない。ならば、恋の虜である桃、すなわち大志満桃子が、恋のために裏切りを咎めたというのが筋書きだろう。


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