八重谷茉莉花はちょっとおかしい。終
部屋に戻った俺は、荷解きもせずに問題を解き始めた。
英語と言われたので、まずは忠実に二人の名前を英語に変換しよう。充電中のスマホで、名前を英訳してみた。
八 eight
重 heavy
谷 valley
茉 ?
莉 ?
花 flower
単純に翻訳エンジンに入力したところ、茉莉花の茉と莉は、それぞれでは意味にならないようだ。そのまま使うのだろうか?
金 gold
城 castle
陽 sun
光 light
こちらは相応の結果といったところか。
これらを捏ねくり回して、それなりに意味を持たせるようにする。それから、花言葉というキーワードも忘れてはならない。
あとは、扱いに困る茉と莉が問題だ。
やはり最初は、そのまま使うと考えよう。マリだ。
マリフラワー。一応調べてみたが、めぼしい検索結果は無い。
とりあえず保留して、八重谷の名前の部分は「マリ+花」と仮定しておこう。後で「マリ」が意味を持てば、花は日本語のまま花を表すとも考えられる。
次にどの部分に着手するか。
俺の名前。八重谷の苗字。俺の苗字。
”sun”か”heavy”か、”gold”か……。
そう考えた時、一発で繋がった。
マリとゴールドで花といえば、マリーゴールドだろう。
なるほど。他人同士の名前を組み合わせて花の名前を作る、というパターンもあったのか。確かに桜の方で進めて無理にフランス語に変えてしまうより、こちらの方がしっくり収まる気がする。
あとは花言葉だ。
マリーゴールドの花言葉は……。
『マリーゴールドの花言葉:
変わらぬ愛』
……そうか、これが正解か。なるほどな。
これが八重谷から俺へのメッセージという事だ。
ちょっと待て。この花言葉を見せられて、俺はどうすればいいんだ。今月に入って八重谷には特に振り回されている。
冷静に考えよう。このメッセージはこれはこれで良いとして、たいへん良いとして、まだ解決していない。
このメッセージを解けば、八重谷が俺の家にいる理由も分かる、と言っていた。つまり、どうやってもそこに辿り着かないなら、間違いだという事だ。早合点は良くないと八重谷にも何度も言われたじゃないか。
早鐘と化した心臓を落ち着けて、いくらか冷静になったような気がするくらいの心持ちで、再びこの言葉と向き合う。それで解けると八重谷は言った。
マリー、花、ゴールド。
余った城は何だ?
”castle”?しろ?
頭を捻って、何度も手書きのメモを書き直しながら、意味の通りそうな結論を探す。
結論に辿り着くと、今度は「まさかな」と思って考え直す。せっかくの結論を破棄して、別の答えを求める。
また同じ結論に辿り着いて、「でも違ってたら恥ずかしいし」と考え直す。また最初からやり直して……。
同じ結論になってしまうのは、先入観だと言われるのだろうか。また怒られるのは嫌だな。
しかし、もう俺の頭では何も思いつかない。
「じゃあ、それでいいじゃない。」
突然背後から声をかけられて、飛び上がらんばかりに驚いた。
あの日と同じような、後ろから覆い被さるような位置関係で、八重谷が俺の手元を覗き込んでいた。危うく頭突きをしてしまうところだ。
「おど」
「驚くに決まってんだろ馬鹿じゃねえのか!」
「だって、あんまり遅いから……。」
俺の前の床に腰を下ろし、面と向かって座る。
今更別に、こうして顔を突き合わせたくらいでは何も思わない。八重谷だってそうだろう。こいつは元々そうだ。
だが、これから俺は、このメッセージの解釈を八重谷に告げなければならない。それで何も思わなかったら、俺も八重谷もおかしい。
「まあ、メッセージだから。私が今直接伝えたっていいのだけど。」
そうだった。俺は違うが、八重谷はおかしいのだった。
ちょっと待て、普通に八重谷が言おうとしている。俺が辿り着いたのだから良いだろうと、本当に直接言おうとしている。
心の準備が要るだろう。いや、八重谷はおかしいから要らないかもしれない。俺は要る。
そういう事を伝えたいのに、何と言ったらいいか分からない。口が少し開いたまま、僅かずつ動いていろんな形をするだけで、声にならない。
「茉莉花と金城を足して、『マリーゴールド(永遠の愛)』に、しろ。」
それが八重谷から俺へのメッセージで、あの時に八重谷のいた場所をも示している。その場所というのは、俺の実家だ。
「つまり、金城茉莉花に。……と、言う事ね。」
つまり、八重谷はあの時、既に俺の実家にいた。俺の家族に話を通し、金城家の一員になっていた。メッセージの内容を決定事項として。
普通はそんな事は出来ないが、八重谷は普通ではない。
しばしの沈黙。
その後、ようやく動いた口は「馬鹿じゃねえのか」と口癖を呟くのが精一杯だった。
「嫌なの?」
拗ねたように言う。
わざとらしくも見えないのに、絶対にわざとやっているのが、八重谷だ。演技の才能はよく知っている。
無邪気にふざけて、他人を思うままに振り回し、結局思う通りに事を運ぶ。
何かのようだな、と思った。今の八重谷の姿を改めて見て……はて、以前に八重谷をこういう何かだと表現したはずだが、何だったか……。
思い出した。
「お前、お姫様みたいだよな。」
感想を愚直に口に出してみた。
それが多分、八重谷のメッセージに対する返答になったのだろう。黙ったまま静かに笑って立ち上がり、居間の方へ消えていった。
解放された俺は、次にすべき行動を見失っていた。着替えたり、荷解きをしたり、大志満や月山に連絡したり……気を落ち着けるためには、最後のを最初にやるのが良いようだ。
充電したままのスマホを手に、助けを求めて大志満に電話をかけた。
『金城先輩!無事っスかー!?』
無事じゃない。助けてくれ。八重谷に……なんて言えばいいんだ?
『あれ?金城先輩ー?』
「大志満……聞いてくれ。」
『おっ、元気っスか!何っスか!』
自分の置かれている状況を、大志満に分かりやすく説明しようと試みる。分かりやすく、端的に。
俺が推理を間違えていて、実家に帰ったら八重谷が留守番をしていて、また推理する事になって、八重谷はその答えをどうやら決定事項として俺の家族に伝えていて、俺の知らないところで全部が決まっていて、俺は……何だこれは?何を言えばいい?
「八重谷にプロポーズされたから、結婚する事にした……。」
『……はー。』
大志満の理解力の容量を甚だしく超えてしまったようだ。空気の抜けるような音は、何一つ理解できていないと如実に知らせてきた。
ならば、より簡潔な説明が望ましい。全ての出来事の根源を一言で説明出来る良い言葉を、俺は知っている。
「大志満、聞いてくれ。」
『なんスかあー。』
たった一言、こう言った。
「八重谷茉莉花は、ちょっとおかしい。」
大志満の反応を待って、数秒。
返してたった一言、『金城陽光もちょっとおかしいっス』と言われた。そうだな。
─終─
桜はおまけになりました。
終盤が駆け足になってしまって申し訳ないです。せっかくの企画だから期限内に参加したかったので、とにかく最後まで書くことの方を優先しました。
修正しながら私自身ももう少し付き合っていこうかなと思います。