八重谷茉莉花はちょっとおかしい。12
あの日から、俺は部屋の片付けと社会人としての準備に没頭し、他の全てを忘れて動き回った。大志満達から電話が来ても、「今は忙しいから」と用件も聞かずに切った。2日目には、スマホの電源を落とした。目の前以外の全てから距離を置きたかった。
見かねた様子で月山が来たが、「忙しいから」と玄関口で応対した。片付けが忙しいと言って月山を追い返そうとするのはおかしいが、賢明な後輩である月山は、良く察してはっきりと言わずにおいてくれた。
「2つだけ、いいですか?」
「何?」
「大志満さんが八重谷先輩のアパートを見に行ったら、空っぽだったそうです。友達だって言って管理人に聞いたら、3月15日に退去したって。」
あの日だ。最後の発表会。
という事は、八重谷はアパートの部屋を引き払った状態で最後の会合に現れた。つまり、あの日に帰った先はアパートではない。実家も就職先も知らない。もしもの時にはスマホがあるからと思っていたので、特に聞かずにいた。
しかし、今の俺にはどうでもいい事だ。片付けと準備をする機械になりたい。
「八重谷先輩のスマホには連絡してないんですか?」
「なんで?」
「こないだは偶然繋がらなかっただけかも……。」
「そうかもな。単に俺の推理が間違ってて、見当違いの場所に行っただけかもな。」
苛立ちを覚えながら、賢明なはずの後輩に説明してやる。
「だったら、向こうから電話が来るはずだろ?まだ解けないのかってさ。アパートも引き払って、実家や就職先を俺が知らないって向こうも分かってる。なら、あいつがいるはずの、メッセージの示す場所ってのは、外だ。一晩中いるわけがない。もしそこにいるなら、全然来ない俺に痺れを切らして連絡してくるはずだ。連絡してこないって事は、あいつはそこにいなかった。ノートと別れの言葉だけが残されてた、サークル棟の部屋が、正解だったからだ。本人はもう、どこか俺の知らない所に行ったんだ。」
まくし立てるように言うと、月山は黙り込んだ。その姿に、哀れさと苛立ちを同時に覚える。
「あいつもスマホの電源くらい、入れてるだろうさ。今頃はな。けど、俺からの着信をどうする?もう触れないつもりで別れを告げた相手からの連絡を。出てどうする?改めて別れを告げて、着信拒否に設定するのか?そうやって未練がましく電話して着信拒否されるまでやるのが、俺の責任か?」
「……2つ話したんで、帰りますよ。落ち着いたら連絡してください。」
賢明な後輩は、やはり賢明だった。俺より万倍も賢明だ。月山が大きいのではなく、自分が万分の1にまで矮小になった気分になる。
「悪かったよ。けど、言った事は全部本当だ。」
「大志満先輩達には、元気だったとだけ伝えますよ。」
月山の笑みが、愛想笑いか本心の笑みか、あるいは嘲笑なのか、それさえ今の俺には分からない。
少なくとも、俺が返したのは苦笑いだった。今の俺が教えられるものは、これくらいしか無い。何か諦めた大人が、他にする表情が無くなった時に見せる、世界一無意味な表情だ。




