八重谷茉莉花はちょっとおかしい。10
八重谷は、メッセージを隠したと言っていた。
これならメッセージの形をしている。ただし、意味は分からない。
今、何故、『私を忘れないで』と伝える必要があるのか。
「……先輩。行った方が、よくないですか?」
「どこに?このメッセージが意味する場所って、どこだよ。」
「忘れないでって言うんだから、思い出の場所とか……。思い出の桜の木とか、無いんですか?」
「なあ、月山。……このメッセージ、良い感じするか?」
「しません。お別れって感じです。」
はっきり物を言う、良い後輩だ。はっきり言う事の良し悪しは時と場合によるが、今ははっきり言ってほしい時と場合だった。
3つ年下の後輩に、その賢明さに敬意を評して、俺は弱音を吐いた。
「あるよ、思い出の桜の木。でもな。こんなメッセージもらって、行きたいか?」
「行きたくはないです。でも。」
「なんだよ。」
「八重谷先輩は、来てほしいからメッセージを隠したんじゃないんですか?」
はっきり物を言う事の良し悪しは、時と場合による。今は、はっきり言ってほしくない時と場合だった。
言われなくても分かってる。あいつは、俺に来てほしいんだろう。だけど、俺は別れをやりたくない。
今どきは、遠く離れた相手とでもスマホやパソコンで簡単に連絡が取れる。だから、卒業して離れ離れになるからと言って、本格的で感動的な別れをやる必要は無い。やってしまえば一区切り、その後わざわざ連絡を取るのも気恥ずかしくて、次第に疎遠になってしまったりするものだ。
そんな理屈を捏ねて、本当は別れを実感したくないだけだなのだと、分かっている。いつでも電話できるし、メールもあるし……と、そんな風になんとなく機械を通じて離れずにいたい。
「あ?」
「なんですか。」
「分かった。俺、あいつが好きだ。」
どこかで分かってはいたが、多分、どこかに無理やり押しやっていた。
しかし、なんとなく疎遠になるとか、雰囲気だけずっと友達でいるとか、そういう事を思ったら、押しやったままではいられなくなった。そんな半端な付き合いはごめんだ。あいつのおふざけに振り回されるなら、目の前にいないと駄目だ。
悟りを開いた気持ちでいた俺に、月山はイラッとした様子を隠さずに言う。
「好きなのは知ってますよ。早く行ってくださいよ。」
「え、そうなん……。」
「片付け、少しは進めときますから。」
「悪い。」
3つ年下の後輩に背中を押され、俺はアパートを出た。
どういう態度でいればいいか分からないので、とりあえず、ドラマを真似して走っておいた。大学の桜の木まで、体力が保てばいいが。