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拝啓、ジェームズ・ボンド様。  作者: RYO太郎
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Mission1  ロシアより【核】をこめて  その③



「よし。全員が集まったので、これから部長からの指令を伝えるぞ」

 

 土門は一枚のDVDを取り出して、それをプレーヤーに入れた。


 任務指令は、いつも録画映像を介して伝えられるのである。

 

 時間にして約二十秒後。古めかしいロイド眼鏡をかけた五十年配の男がテレビモニターにあらわれた。


 諜報部門の最高責任者、榊原英二諜報部長である。


 公安調査庁をCIA(アメリカ中央情報局)やMI6(イギリス情報部)のような、世界的なスパイ組織にするのを悲願にしていることで内外で知られている人物だ。


「ごきげんよう、六課の諸君。さっそくだが、今回の任務を伝えさせてもらう」

 

 榊原の姿が消えると、かわって別の男がモニターに映しだされた。

 

 一見して四十年配の、濃い口髭に顔半分がおおわれた白人の男である。


「この男の名はユーリー・マルコフ。かつてはFSB(ロシア連邦保安局)の工作員だったが、活動費を横領していたことがばれてクビになり、今ではマフィアのボスになりさがっている。おもにロシア国内で不法に製造したキャビアやウォッカを、外国に密輸しているケチな小悪党だ」

 

 そこで映像がまた切りかわった。このマルコフというマフィアのボスを隠し撮りしたとおもわれる映像だった。

 

 年季の入った古い倉庫内で不法に製造したキャビアをつまみ食いしている姿や、密造ウォッカをラッパ飲みする映像が榊原の説明とともに次々と流れていく。


「だが、それも過去の話だ。何を血迷ったか、彼奴め。闇キャビアでは飽きたらず、とんでもない物に手をだしおったのだ!」

 

 榊原の声が抑制不能の怒りに震えている。

 

 さては毛ガニの密漁でも始めたのかなと澤村は思ったのだが、そうではなかった。


「核兵器製造を可能にする放射性物質【ウラン235】だ。 マルコフは旧知の軍幹部を介してこれを入手したようなのだ。危険で扱いがむずかしいプルトニウムとは異なり、【ウラン235】はアタッシュケースなどでの持ち運びが可能なうえ、そのままミサイルの弾頭などに搭載することができる厄介な代物なのだ。しかも最悪なことに、このウランの売却先というのが、どうやらあのジハード国らしいのだ」


「……ジハード国?」

 

 聞きおぼえのある組織名を耳にして、澤村は軽く眉をしかめた。

 

 榊原が口にしたジハード国とは、ここ十年ほどの間に急激に知られるようになってきた、中東を根拠としている国際テロ組織の名である。

 

 中東系のテロ組織といえば、かのアメリカ同時爆破テロを起こした【アルチューダ】が有名であるが、その指導者オサマ・ビン・チョータンがアメリカ軍によって殺害された後は組織も弱体化。かわって台頭してきたのがこのジハード国なのである。


 ただ、あまりにも急激に台頭してきたこともあって、組織の詳細な実態は現在でもよく知られていない。

 

 ふたたびモニター上にあらわれた榊原が説明を続ける。

 

 榊原いわく、現在のロシアは国際社会からの経済制裁などを受けて国内の経済が低迷。それにより国防費が削減されて軍内部のモラルも低下し、幹部将校による闇マーケットへの武器の不法流出が後を絶たない状況という。


 マルコフはここに目をつけ、旧知の高級将校と手を組んで軍用武器の密売買に着手。FSBをクビになって以来の悲願であった【死の商人】デビューを果たしたという……。

 

 榊原の説明を聞きながら、澤村は疑問に思った。

 

 マルコフのことにしろウラン流出の件にしろ、そういう話なら自分たち公調の、しかも国内担当の六課の仕事ではなく、ロシアの軍なり警察なりの仕事じゃないのかなと。

 

 そんな澤村の内なる疑問をすぐに榊原が解いた。


「本来ならば今回のウラン流出はロシア側の問題なのだが、われわれ公調が極秘に動かなければならない事情があるのだ。それというのも、ロシア軍はウランの流出を公式には認めておらず、まったく動こうとはしないのだ。そして軍が認めない以上、ロシアの捜査当局も動くことはないだろう。だが、本当に重要な理由は別にある」

 

 ひと呼吸おき、榊原は語をつないだ。


「これは以前から噂されていたことなのだが、どうやらこの日本にもジハード国の国内組織が存在するらしいのだ。ジハード国ジャパン。この組織を仮にそう呼ぶが、マルコフに資金を渡してウラン入手を依頼したのもこの組織と思われる。先にロシアに派遣した諜報一課からの情報では、マルコフは近日中にも来日するらしい。その目的が入手したウランをこの組織に渡すことにあるのは明白だ。大阪にある某高級ホテルで開かれるパーティーに出席する気らしいが、おそらくはそこが取引き場所なのだろう」

 

 ロイド眼鏡を軽くかけなおし、榊原がさらに言う。


「そこで諸君らの出番なのだが、今すぐ大阪に飛び、来日するマルコフを監視しつつウランの在処を探り、可能なら奪取してもらいたいのだ。万が一にも日本を経由してウランがテロ組織に流れるようなことがあれば、日本は国際社会から袋叩きにあってしまう。この事件が表ざたになる前にわれわれの手で極秘に解決する、というのが今回の任務だ。諸君らの健闘を祈る。なお、ディスクは内容を消去して庶務課に返却しておくように」

 

 深刻なため息を口から漏らし、榊原は話を締めくくった。


「昨今の不景気はわが公調の財政を圧迫しておるのだ。予算は年々削られているし、使える物はとことん使わないとな。まったく、なにがアベ◇ミクスだ。フレーズばかりは景気はいいが、肝心の景気はちっとも回復しとらんじゃないか。あのハッタリ首相め……」

 

 そこまで言うと自分が国家公務員として不穏すぎる発言をしたことに気づいたらしく、榊原はあわてて咳ばらいをした。


「と、ともかく、現地で動く際にはこまめに領収書をもらうようにしてくれたまえ。では、諸君らの健闘と任務の成功を祈る!」

 

 榊原の姿がモニターから消えると、指示どおりプレーヤーから出てきたDVDを元のケースに入れながら土門が声を発した。



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