《 月夜の中で 》
よろしくお願いします。
「月ってこんなに明るいんだ…」
ひんやりと冷たいベッドに頭を乗せると、カーテンの隙間から青白い月明かりが差し込む。今まで下ばかり向いて空を見上げることなんてなかった。何かを綺麗だと思うことがこんなに切ないのはあの人がいないからだろうか。
冷たくなったシーツの上をスーッと撫でてみる。1人で部屋にいるのは久しぶりだ。
まだ薄らと跡が残る自分の手首。目を閉じて少しだけあの頃を思い出した。今まで一人でいることが当たり前だったのに今は何か物足りなくて、胸の中に穴が空いたような気になる。
「全部、ソルのせいだ…」
あの頃は目の前の景色も、自分の心の中も真っ黒で夜がこんなにも明るいなんて知らなかったし、人の温もりなんかわからなかった。それを僕に教えてくれたのはあの人だ。こんな寂しい気持ちを知ったのも全部あの人がいるから…
ベッドに横たわりあの人がいつも使ってるタオルケットを手に取った。まだ匂いが残ってる。ぎゅっと抱きしめるのふわっと香るほんのり甘い香り。安心して瞼が重くなってくる…
『ただいま』
その声にパッと顔を上げると少し不思議そうな表情でこっちをみるソルが立っていた。
「ぁ…えっと、おかえり……」
『それ、俺の』
「ごめん、なさい…気持ちよくて……」
『寂しかったのか?』
着ていたジャケットを脱いでネクタイをゆるめながら近づいてくるソルに僕は両手を伸ばす。
「ソル」
『ん、おいで』
その言葉を合図にソルは僕を包み込むように抱きしめてくれた。さっきまでの寂しさが薄れていく。やっぱり1人は嫌だ。もうこの温もりがないと寂しくて頭がおかしくなりそうになる。
『ヨミ、留守番ありがとな』
「もうやらない…1人やだ。」
『そんないじけんなよ。早めに帰ってこれたんだから、な?』
「ん……ソルの匂い…」
『おい、擽ったいって…ん、こら噛むな。』
1番香りの強い首元に唇を押し付け甘噛みをした。数回食むように繰り返すと少しだけソルの様子がおかしくなる。
『…っ、なんで噛むんだよ…』
「僕狼だし、気持ちの表現の仕方わからない…でも大丈夫、甘噛みだから」
『そうじゃなくて。何のための甘噛みが教えてくれると助かるなって話。俺はまだお前の事ちゃんと理解してないから、教えてくれるか?』
抱きしめていた腕をゆるめ、僕の顔を覗き込むソル。何故かって聞かれても…
「好き…だから……?」
『……そうか、じゃあハンスは?好き?』
「ハンス…?うん。嫌いじゃない…」
『ハンスにも、甘噛みするのか?』
「…なんで?しないよ?」
『???』
質問の意味がよくわからずとりあえずソルから離れ、少し考えてみる。ハンスは好きだ。ソルの相棒?だし、良い人…でも甘噛みをするのは…??
「ソルにしかしたいと思わない…」
目の前で不思議そうにこっちを見下ろすソル。少しだけ背伸びをしてソルの口に噛み付いた。甘くて、少しタバコの匂いがする。
『!?』
「…んっ」
甘噛みをすると胸がギュッとなってもっとしたくなる。そんなことを考えながら何度も何度も下唇を噛んだり舐めてみたりすると、いつの間にか腰の当たりにソルの手があった。
『ん…っ、お前これがなにかわかってやってんのか…?』
こっちが一方的にやっていた行為がいつの間にかソルからも同じようにされていて顔が熱くなる。よくわからず続けていると口のなかに生あたたかい何かが入ってきた。息の仕方がわからなくて少しずつ苦しくなる。
「ふぁ……っ!」
『ヨミ、これは甘噛みじゃなくてキス…』
「ん…っ、ソルも僕のこと好き…?」
『……あぁ。好きだ。お前と同じ…わかるか?』
「ハンスにはしない?…キス?」
『ヨミにしかしない。これは俺からの愛情表現…かな。』
愛情という言葉が嬉しかった。誰かに愛してもらえる…それだけで胸の当たりが暖かくなるような、そんな気がした。
「…ソルが僕の事愛してくれるなら、何でもする。」
そう言ってもう一度唇を甘噛みすると、ソルはそれを受け入れてくれた。唇を離し顔を上げると、僕を見下ろすソルの表情は月明かりで影ができてよく見えなかった。でもきっと、笑ってる…そう感じた僕の頬に、ソルはそっと手を添えキスをしてくれた。
『……愛してるよ、ヨミ。』
次から本編に入ります。