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第八話/マイ・フェア・レディ②

 幼馴染の彼女と同じ大学への進学が決まり、国宝級イケメン高校生、爽哉の人生は順風満帆だった。卒業式を迎えたその日、第二ボタンはおろか、袖のボタンからネクタイに至るまで、全て取られるモテ男ぶりを如何なく発揮する。自らが築き上げた学園ハーレムの総括とでも言わんばかりに、爽哉の周辺は華やかさに満ちていた。

 しかし、そんな彼を神は祝福しなかった……


 彼女のストーカーに襲撃され命を落とした爽哉は、稀代のブサメンとして高校生活をやり直す現実を強いられる。学園の抱える問題、断ち切れない因縁、消化不良な想い……。ブサメンの自らと向き合う覚悟を決めた爽哉は、果たして絆を取り戻すことができるのか――

 今、試練の扉が開かれる。


【登場人物】

中間爽哉なかまそうや  国宝級イケメン高校生

藤川千絵ふじかわちえ  爽哉の幼馴染にして彼女

木崎優子きざきゆうこ  第三十六代生徒会長。図書委員

小澤詩織おざわしおり  攻守両立のコミュニケーションお化け

本八幡香奈もとやわたかな 大手健康器具メーカーの社長令嬢

宮永遥みやながはるか   陸上部。インターハイ優勝経験者

皆川結衣みながわゆい  第三十七代生徒会長

本条鈴音ほんじょうすずね  第三十五代生徒会長。爽哉の姉的存在

中間涼香なかまりょうか  爽哉の妹

内藤亮介ないとうりょうすけ  爽哉の親友


「爽哉先輩って、意外と泣き虫なんですねぇ……」

 結衣の口元がニヤリと歪む。


 俺の築いてきた冷静な先輩像が、最後の最後に音を立てて崩れ去っていくイメージが脳裏を過ぎった。それは集中して抜き出したスカスカのジェンガの塔が、クシャミ一発で崩れ去るようだった。わかりにくいか。桃太郎電鉄で最終年にキングボンビーに蹂躙じゅうりんされて、決算の折れ線グラフが一番上から一番下まで八十度くらいの角度を描いて急落するようなものだった。現実逃避はこれくらいにしておこう……。


「よしよし」

 気がつくと、眼前まで歩み寄っていた結衣が、優子に代わって頭を撫でていた。


「ふぇ……。って、こらぁ!」

 払おうと振り上げた手を、ひらりと結衣が華麗にかわす。


「へへへへへっ……。爽哉先輩の頭を撫でるなんて、貴重な体験ですね。私、一生忘れません、よ」

 小悪魔風のにやけ顔で呟いた結衣は、踊るようにスカートをひるがえして距離を取った。


「結衣ちゃん、それ位で勘弁してあげて。爽哉くん、また泣いちゃうよ?」

 敵わない。たぶん、一生。優子に敵うことはないだろう。


「爽哉先輩。ボタンもらったから、これくらいで勘弁してあげます。優子先輩にも何かあげないと。一生、イジられますよ」

 結衣は茶化すように言った。


 そうか。俺は思わず、ジャケットの第一ボタンに手を掛けていた。その瞬間、しまったと後悔する。このボタンは……。一瞬の逡巡しゅんじゅんを優子は見逃さなかった。一歩踏み出すとジャケットの胸ポケットへ手を伸ばす。


「これがいいな」

 優子が取り上げたのは、表から見えないように裏返して胸ポケットへ挟み込んでいたネームプレートだった。その白く細い指で摘まむと、左右に振って見せる。俺はほっとして、小さく息を吐き出した。


「構わない、かな?」


「あぁ。貰ってくれるか?」

 優子は右手に握りこむと拳を胸に当て、ありがとうと呟いた。


「えぇー! そんなのアリですか⁉ 優子先輩、ボタンと交換しませんか?」

 結衣が驚嘆の声を上げる。


「だめー」

 優子は目をつむって、澄ました顔で拒否した。


「心臓に近ければ近いほどいいんです! 袖のボタンとネームプレートだったら、ネームプレートの方が心臓に近いじゃないですか! ご利益が違いますよね!」


「ご利益って……」

 俺は釈迦しゃかかなんかか?


「じゃ、じゃあ、一万円! 一万円も付けます! 私の全財産です!」


「一気に俗っぽくなってきたな……」


「結衣ちゃん、だめよ。お金は大切に遣わないと」

 そういう問題なんだろうか。


 ここは一つ……


「結衣! じゃ、お前のボタンには特別におまじないを施してやる。それでどうだ?」


「「おまじない?」」

 二人の声がハモった。


「あぁ、そうだ。特別なおまじないだぞ。ご利益はてき面だ」


「じゃ、お願いします……」

 そう言って、結衣はポケットからハンカチに包まれたボタンをうやうやしく取り出した。早速、大切に扱ってもらっているようで、とても嬉しい。


「その代わり、今日、ここで見聞きしたことは忘れるんだ。他言無用。今後一切、話題にする事を禁ずる! 約束してくれ!」

 俺は結衣の手からボタンを取り上げながら、強い口調で言った。


「それは……おまじない次第です」

 俺は意を決すると目を閉じて、ボタンに軽くキスをした。


「これで、どうだ! 特別だ!」

 目を開いて結衣の顔を覗くと、その顔面は渡り廊下の逢瀬おうせ以上に紅潮していた。


「はい……約束します……」


 結衣は震える手で再びハンカチを差し出した。俺はその中央にボタンを静かに置いた。しばらくほうけたようにボタンを眺めていた結衣は、唐突にハッと意識を取り戻すと、目を見開いて顔を上げた。


「私、この後、職員室に行かなければいけないんだった! じゃ、じゃあ、先輩! またお会いしましょう」

 そう言うと、嵐のように駆け去っていった。


 図書室の引き戸が激しく叩きつけられた後、廊下からヒャッホーウ! 結衣らしからぬ高揚した雄叫びが響き渡った。


お読みいただき、ありがとうございます。

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