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第七話/マイ・フェア・レディ①

 幼馴染の彼女と同じ大学への進学が決まり、国宝級イケメン高校生、爽哉の人生は順風満帆だった。卒業式を迎えたその日、第二ボタンはおろか、袖のボタンからネクタイに至るまで、全て取られるモテ男ぶりを如何なく発揮する。自らが築き上げた学園ハーレムの総括とでも言わんばかりに、爽哉の周辺は華やかさに満ちていた。

 しかし、そんな彼を神は祝福しなかった……


 彼女のストーカーに襲撃され命を落とした爽哉は、稀代のブサメンとして高校生活をやり直す現実を強いられる。学園の抱える問題、断ち切れない因縁、消化不良な想い……。ブサメンの自らと向き合う覚悟を決めた爽哉は、果たして絆を取り戻すことができるのか――

 今、試練の扉が開かれる。


【登場人物】

中間爽哉なかまそうや  国宝級イケメン高校生

藤川千絵ふじかわちえ  爽哉の幼馴染にして彼女

木崎優子きざきゆうこ  第三十六代生徒会長。図書委員

小澤詩織おざわしおり  攻守両立のコミュニケーションお化け

本八幡香奈もとやわたかな 大手健康器具メーカーの社長令嬢

宮永遥みやながはるか   陸上部。インターハイ優勝経験者

皆川結衣みながわゆい  第三十七代生徒会長

本条鈴音ほんじょうすずね  第三十五代生徒会長。爽哉の姉的存在

中間涼香なかまりょうか  爽哉の妹

内藤亮介ないとうりょうすけ  爽哉の親友


 向かったのは、図書室。多分いるはずだ。しかし、そう長くはいないだろう。足早に廊下を抜け、階段を駆け下りた。廊下に人はまばらだった。皆、校庭へ出たのだろう。


 図書室の前で乱れた呼吸を整えると、勢いよく扉を開け放った。室内は春の日差しが差し込んで、ほんのりと暖かい。右側の貸出カウンターに人の気配はなかった。一歩、踏み出す。乱立する書棚を繰る。窓際の棚まで行き着いたが、人の影は微塵もなかった。


 遅かったか……。


 忸怩じくじたる思いできびすを返したその瞬間、書棚の奥にある図書準備室の扉がゆっくりと開いた。そこから姿を現したのは、まさに目的の人物、木崎優子だった。


「優子!」

 誰もいないと思い込んでいたであろう優子は少し肩をビクつかせた。


「わっ! 驚いたー。爽哉くんかぁ」

 振り返った優子の胸には、ノートと数冊の本が抱き留められている。


 木崎優子

 図書委員にして、第三十六代生徒会長。栗色のストレートロングボブに、飾りっ気のない銀の髪留め。髪色と似通った茶っ気の瞳は、透明感のある肌と相まって水晶のように澄み渡っている。卒業式では外していた眼鏡を掛けていた。ピンクとシルバーの細いフレームが優子の穏やかな雰囲気に溶け込み、よく似合っている。軽い遠視のようで、たまに眼鏡を掛けている。そのギャップがまた、たまらないのだ。


「で、どうしたの? 卒業式の日に図書室に来る人なんて私だけだと思ってたけど」

 優子は抱えていたノートと本を机の上に置いて、笑った。


「謝ろうと思って」

 俺は流れるように用件を切り出した。


「謝る、って、何を?」


「優子のお陰で、俺は充実した高校生活を送ることができた。かけがえのない絆に恵まれた。こんなにも満たされた気持ちで卒業式を迎えることができたんだ……。でも、優子には大きな負担をかけてしまった。生徒会長の責任は重かったと思う……」

 優子は遮ることなく、まっすぐに見つめて話を聞いていた。


「その、本当にごめん。そして、ありがとう」

 俺は深く頭を下げた。


「顔を上げて……」


 優子に促されても、俺はその顔を見られなかった。怖かったんだ。頭を下げたまま、微動だにしなかった。優子は一歩踏み出すと、俺の頬を両手で抱えるようにして持ち上げた。優子の柔らかな体温が、手の平を通じて染み渡ってくる。


「私は後悔してないよ。生徒会長、やってみて良かったと思う。結衣ちゃんだって、そう、だと思う……」

 俺は黙って聞いていた。


「君は私の背中を押してくれた。そして、動いてくれた。生徒のため、学校のために。私は爽哉くんがちゃんと責任を果たしたと思うよ」


 救われた。

 その言葉に。その諭すような柔らかな語り口に。頬を涙が伝った。意識してしまうと、もう止まらない。止めどなく大粒の涙が溢れて、視界が急速にぼやけていった。


「あ、あれ、俺……。は、恥ずかしいな、こんなの……」


「恥ずかしくない!」

 歪んだ万華鏡のような視界では、優子の表情を伺い知ることはできなかった。しかし、その強い口調とは裏腹に、笑顔であることは間違いない。俺は必死に懐をまさぐって、ハンカチを取り出した。


「恥ずかしくなんかないよ。今日は、今日だけは、人目をはばからずに泣いていい日なんだよ」

 そう言うと、何かが頭をふわりと撫でた。ハンカチで涙を拭うと、目の前にはつま先立ちで足を震わせながら、俺の頭を撫でる優子の姿があった。その姿を視界に収めた瞬間、俺の胸は万力のレバーの最後のひと回しを捻りこむように、締め付けられた。抑え込んでいた何かが、弾けるようにあふれ出す。


「お、俺、卒業式の壇上で……、結衣と抱き合う優子を見た時に、泣いちまった。感動した。お互いに切磋せっさして、琢磨たくまして、乗り越えてきた絆を感じたよ。でも、ずっと胸は痛かった。俺のせいなんじゃないかって。俺が強いたんじゃないかって……」

 涙が止め処なく流れていく。優子の手のひらは絶え間なく、俺の頭に安らぎを与え続けていた。


「もういいの。君も言ったじゃない。私たちはかけがえのない絆を手に入れた、って。過程はどうだっていいの。それを手に入れられただけで、私は誇らしい気持ちでいっぱいよ」

 優子の目にも涙が滲んでいた。


 情けねぇ。


 俺はただ許されたかったんだ。こうやって、頭を撫でて、慰めて欲しかったんだ。敵わねぇ。木崎優子。この最強の生徒会長にだけは、イケメンも金持ちも神も仏も関係ない。ただ一本の筋の通った、揺るぎない強さが彼女を支えている。優子から溢れる出す慈愛の光が、雨のように降り注いでいた。


「結衣ちゃんとも、さっきまでそう話してたんだから」


「さっきまで……」

 嫌な予感がした。


「だってさ。結衣ちゃんはどう思う?」

 優子が振り返って大きく呼びかけると、図書準備室の扉がきしみを伴って、ゆっくりと開いた。その隙間から、顔を真っ赤にした結衣が顔を覗かせる。


「その……盗み聞きするつもりはなかったんですよ……。本当に。勝手におっぱじまっちゃったから、出るに出られなくて……」


 真の断罪の時間は、不意に幕を上げた。


お読みいただき、ありがとうございます。

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