第二十四話/小澤詩織②
幼馴染の彼女と同じ大学への進学が決まり、国宝級イケメン高校生、爽哉の人生は順風満帆だった。卒業式を迎えたその日、第二ボタンはおろか、袖のボタンからネクタイに至るまで、全て取られるモテ男ぶりを如何なく発揮する。自らが築き上げた学園ハーレムの総括とでも言わんばかりに、爽哉の周辺は華やかさに満ちていた。
しかし、そんな彼を神は祝福しなかった……
彼女のストーカーに襲撃され命を落とした爽哉は、稀代のブサメンとして高校生活をやり直す現実を強いられる。学園の抱える問題、断ち切れない因縁、消化不良な想い……。ブサメンの自らと向き合う覚悟を決めた爽哉は、果たして絆を取り戻すことができるのか――
今、試練の扉が開かれる。
【登場人物】
中間爽哉 イケメン高校生→ブサメン高校生
藤川千絵 爽哉の幼馴染
木崎優子 第三十六代生徒会長。図書委員
小澤詩織 攻守両立のコミュニケーションお化け
本八幡香奈 大手健康器具メーカーの社長令嬢
宮永遥 陸上部。インターハイ優勝候補
皆川結衣 第三十七代生徒会長
本条鈴音 第三十五代生徒会長。爽哉の姉的存在
中間涼香 爽哉の妹
内藤亮介 爽哉の親友
大里拓馬 ブサメン高校生→イケメン高校生
翌週の月曜日、依然として、詩織の姿は教室になかった。
詩織の親友たる本八幡香奈は、今にも泣きそうな表情で席に着いている。大里の周囲は以前と変わらない、弾んだ声に包まれていた。表面上は。よくよく観察すると、ゴールデンウィークが明けてからというもの、ピリピリとした空気が雰囲気の端々に差し挟まれている。大里がそれに気づいている様子はない。
「相変わらず、大里さんはモテモテですなぁ……」
亮介が呆れるような、羨むような声で言った。
「そうだな。この世の春とは、大里拓馬を指す言葉なのかもな」
今の俺には痛いほど得心のいく感想だった。
「小澤詩織が休学するらしいな」
亮介がポツリと言った。
「なっ……」
俺は絶句した。引きこもってるだけじゃないのか!
「なんで⁉ どういうことだ!」
思わず大きな声が出た。教室に沈黙が降り、注目が一手に集まる。俺は頭を掻いて、苦笑いで誤魔化した。
「確かなのか?」
俺は蚊の鳴くような声で聞いた。
「噂の域を出ないがな。中学の同級生から聞いたんだ。なんでもSNSで滅茶苦茶に追い込まれてるらしいぜ」
やはり……。原因については予想通りだった。
「俺でも気軽に話しかけられる稀有な女子だったのにな。惜しいことになっちまった……」
亮介の他人事のようなボヤキは俺の耳に入ってきていない。ただ、どうするかだけを考えていた。
俺はスマホを取り出すと、SNSを開く。久しぶりの起動でアップデートが始まる。早く起動しろよ! 虚空を彷徨う指が、物言わぬ機械に念を送っていた。この容姿になってからは、付き合い程度にしか使っていない代物だ。負け犬の遠吠えのようなSNSをやる気はなかった。
起動されるや否や、俺はいくつかの検索を行った。もちろん詩織とアカウントの交換はしていない。記憶だけを頼りに、何度も何度もワードを入れ替えて検索する。それでも出てこない。すでにアカウントを削除してしまったのか。いや、他には……
鍵か⁉
俺は検索ワードを変えた。幾度目かの検索で、見覚えのあるアカウントに辿り着く。それは、香奈のアカウントだった。フォロー欄に目を通すと、鍵のマークとともに見知ったアイコンが目についた。やはり……。詩織のアカウントを発見する。俺は辺りを見回した。客観的に見れば、非常に気持ちの悪い行為だと気づいたからだ。しかし、眼前の亮介のぼーっとした顔以外には捉えられていなかった。
鍵がかかっている以上、履歴を確認することはできない。しかし、収穫はあった。まだ、香奈とは連絡を取り合っているだろうこと。アカウントを削除していない以上、修復の望みはあること。それに、大里拓馬とアカウント交換をしている可能性があることだった。
その時、チャイムが鳴った。この授業の後は体育が控えている。俺は天啓にも似たそのチャンスに賭けることにした。
俺は素早くジャージに着替えると、大里の元へ駆け寄った。
「話があるんだが、聞いてくれないか……」
校庭へ向かう道すがら、俺は声を抑えながら大里へ現状を説明した。男女別の体育だからこそ、千絵の目を盗んで話しかける好機だった。
「そんな事になってたんだ」
大里は無感動に言った。
「でも、僕にできる事はないかもね。それだけ大袈裟になっちゃってたら、入り込む余地はないよ」
唖然とした。確かに、大里には非は全くない。だが、責任はあるはずだ。
「クラスメイトが困ってるんだ。お前にとっても、悪いことにはならないと思うぞ。変に拗れる前に、ファンクラブなんかができて上手くまとめてくれるだろうし」
「でも、それは予想でしょ。下手に僕が出張っても、余計に火に油を注ぐたけだよ」
俺は焦った。ここまで非協力的だとは予想していなかった。
「SNSで少し言うだけでいいんだ。誹謗中傷はやめろ、って。頼む!」
「無理だよ。SNSとかやってないもん」
信じられない。個人の主義主張をどうこう言うべきではないが、大里から出る言葉は否定ばかりだ。こいつは本当に何もする気がない。沸々と湧いてくる怒りを押し留める。
「やり方は教える。簡単だ。十分も掛からない。クラスメイトの人生がかかってるんだ! 頼む!」
「はっきり言うけどね、迷惑だよ。勝手に投稿して、勝手に自爆してるんだろう。自己責任だよ。僕が危険を冒す理由にはならない。それに……」
俺の怒りは頂点に達していた。
しかし、その後の言葉が俺の頭を、一気に北極の氷塊の奈落へ突き落とした。
「僕は千絵の事が好きなんだ。それ以外の人からの好意は迷惑だよ。一応、お付き合いで公平を装って話してはいるけど、本当はずっと二人でいたいんだよ」
それを言われると、ぐうの音も出ない。俺にとっては、千絵についても、詩織についても、今一番聞きたくない言葉だった。久しぶりの吐き気が襲ってくる。
「それだけなら行ってもいい? 君も遅れないようにね……」
俺は声が出せなかった。言うべき言葉を持っていなかった。離れていく大里の背中を、呆然と見送っていた。
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