第二十二話/中間涼香②
幼馴染の彼女と同じ大学への進学が決まり、国宝級イケメン高校生、爽哉の人生は順風満帆だった。卒業式を迎えたその日、第二ボタンはおろか、袖のボタンからネクタイに至るまで、全て取られるモテ男ぶりを如何なく発揮する。自らが築き上げた学園ハーレムの総括とでも言わんばかりに、爽哉の周辺は華やかさに満ちていた。
しかし、そんな彼を神は祝福しなかった……
彼女のストーカーに襲撃され命を落とした爽哉は、稀代のブサメンとして高校生活をやり直す現実を強いられる。学園の抱える問題、断ち切れない因縁、消化不良な想い……。ブサメンの自らと向き合う覚悟を決めた爽哉は、果たして絆を取り戻すことができるのか――
今、試練の扉が開かれる。
【登場人物】
中間爽哉 イケメン高校生→ブサメン高校生
藤川千絵 爽哉の幼馴染
木崎優子 第三十六代生徒会長。図書委員
小澤詩織 攻守両立のコミュニケーションお化け
本八幡香奈 大手健康器具メーカーの社長令嬢
宮永遥 陸上部。インターハイ優勝候補
皆川結衣 第三十七代生徒会長
本条鈴音 第三十五代生徒会長。爽哉の姉的存在
中間涼香 爽哉の妹
内藤亮介 爽哉の親友
大里拓馬 ブサメン高校生→イケメン高校生
クリームパンと食材を買い込んだ俺は、一目散に自宅へ向かった。今日は両親ともに、帰宅が遅い日だった。夕食を千絵が作りに来ることはないだろう。今までこっちの俺たちはどうしていただろう。おそらく、出来合いか、涼香が作っていたか……。
以前の俺であれば、頼りきっていたことだろう。だが、これからは俺が作る。なんとしても愚兄を卒業したい。その一念が俺を台所へ向かわせた。
たどたどしい手つきで野菜の皮を剥き、まちまちの大きさに切った。スマホと睨めっこして、焦がさないようにだけ気をつける。もうすぐ涼香が塾から帰ってくる時間だ。俺の焦りはパニックへと変わり、息も絶え絶えに料理を完成させた。
次の瞬間、玄関の扉が開く音が響く。涼香が帰ってきたのだ。なんとか間に合った……。俺が台所を出た所で、居間へ入ってきた涼香と相対した。二人きりで顔を合わせるのは、あの夜以来だった。
「おかえり、涼香。それで、あの……」
涼香は一瞥をくれると、鞄をソファへ置いた。
「カレー……?」
振り返った涼香の顔に驚きの色が浮かぶ。
「あぁ、俺が作ったんだ。味は保証できないけど……」
涼香は信じられないものを見るような表情で固まっていた。
「それで、あの、ごめん! 本当に迷惑を掛けた。俺がおかしかったんだ。もう二度と困らせない。で、これは、お詫びの印!」
俺は早口で捲し立て、目を瞑ってクリームパンの入った茶色い紙袋を突き出した。
「カレー、気持ち悪かったら、食べなくていいんだ。クリームパンを食べてくれ!」
口走って目を恐る恐る開くと、笑いを堪える涼香の姿があった。
「……食べるよ。なに、そんなに焦ってんの?」
そう言って、紙袋を掠め取った。
「これは明日の朝ごはん」
「許してくれるのか?」
「気にしすぎだってば」
涼香は澄ました顔でそっぽを向くと、
「それは、私も同じか……」
小さく呟いた。
「さぁ、食べよ。お腹すいちゃった」
そう言って、涼香は台所へカレーの様子を見に行った。鍋に満ちるカレーと散らかった流し台、それに俺の顔をかわるがわる交互に見て、苦笑いを浮かべた。そして、何かに気づいたように言った。
「ばか兄貴……」
駆け寄ってみると、涼香が炊飯器の蓋を開いている。中は空っぽだった。
久しぶりに味のある食事をした気がする。満腹感が心地いい。自室のベッドに寝転がって、俺は今日一日を振り返っていた。
以前の俺は何でも一人で決めて、人に頼るなんてしなかった。必要に駆られて頼み事をする事はあっても、心の底からお願いするなんて自らの格を下げるナンセンスな行為だと思っていた。それが普通だった。信用することはあっても、信頼することはなかったのだ。
鈴音は俺の心の叫びに応えてくれた。無条件で与えてくれた。そして、涼香へのあの電話は、紛れもない『信頼』そのものだった。鈴音の慈愛を目の当たりにして、俺の胸には熱いものが込み上げた。その時、魂を輝かせるヒントの一端を掴んだ気がしていた。
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