第二話/巣立ちの日②
幼馴染の彼女と同じ大学への進学が決まり、国宝級イケメン高校生、爽哉の人生は順風満帆だった。卒業式を迎えたその日、第二ボタンはおろか、袖のボタンからネクタイに至るまで、全て取られるモテ男ぶりを如何なく発揮する。自らが築き上げた学園ハーレムの総括とでも言わんばかりに、爽哉の周辺は華やかさに満ちていた。
しかし、そんな彼を神は祝福しなかった……
彼女のストーカーに襲撃され命を落とした爽哉は、稀代のブサメンとして高校生活をやり直す現実を強いられる。学園の抱える問題、断ち切れない因縁、消化不良な想い……。ブサメンの自らと向き合う覚悟を決めた爽哉は、果たして絆を取り戻すことができるのか――
今、試練の扉が開かれる。
【登場人物】
中間爽哉 国宝級イケメン高校生
藤川千絵 爽哉の幼馴染にして彼女
木崎優子 第三十六代生徒会長。図書委員
小澤詩織 攻守両立のコミュニケーションお化け
本八幡香奈 大手健康器具メーカーの社長令嬢
宮永遥 陸上部。インターハイ優勝経験者
皆川結衣 第三十七代生徒会長
本条鈴音 第三十五代生徒会長。爽哉の姉的存在
中間涼香 爽哉の妹
内藤亮介 爽哉の親友
「卒業生答辞! 代表、木崎優子!」
進行係のアナウンスに応じて、はい、と透き通る声が響く。
木崎優子は前・生徒会長だ。俺とともに、第三十六期生徒会を全うした。俺は優子に、多大な負担をかけてしまった。思い返すたびに、心が抉られる。しかも、結局、目的は果たされなかった。そんな中でも顔色ひとつ変えることなく、揺るぎない信念を貫き通した彼女を、心の底から尊敬している。
静かに席を立った優子は、凛とした佇まいでステージへ向かった。正面に据えられた階段を昇ると、壇上で待っていた結衣と相対し、マイクへ向かってゆっくりと語りはじめた。
「本日は私達、第六十五期卒業生のために、このような心のこもった式典を挙げていただき、まことに有難うございます……」
優子は諭すような語り口で、ゆっくりと言葉を紡いでいった。終盤に差し掛かった頃、その異常は起こった。あの冷静で穏やかな優子が、言葉を詰まらせたのだ。感情を押し殺すように俯く優子の、微かな嗚咽だけがマイクを通じて響き渡る。
「私も……、本当にありがとう。皆川さん、君たちの生徒会も、私の宝物です。最後の最後に、ごめんね。これじゃ、締まらないね……」
優子はハンカチを取り出して、溢れる涙を拭ったように見えた。こちらからは優子の後ろ姿しか見えない。その背中は小さく震えていて、寂しさの影が差していた。生徒会長としての優子はいつも毅然としていて、生徒の前でこんなに弱い姿を見せたことはなかった。会場からは、あちらこちらからすすり泣きが洩れ聞こえている。
壇上の結衣も例外ではなく、講堂の天井を見上げて、歯を食いしばり涙を堪えていた。しかし突然、壇上を駆け出すと、優子に縋るように抱きついて、声を上げて泣きはじめた。会場は水を打ったように静まり返ったが、葬式のような冷ややかさはない。むしろ、溢れ出す温かさに包まれている。不意に優子が小さく耳打ちすると、結衣は頷いて壇上へ戻った。その顔は涙でぐちゃぐちゃになっていたが、晴れやかなものだった。
「失礼しました。本日は、本当にありがとうございました! 卒業生代表! 木崎優子」
ゆっくりと一礼した優子へ対し、会場からは割れんばかりの拍手が降りそそぐ。振り向いた優子はいつもの冷静さを取り戻している。しかし、寂しさを断ち切るようなぎこちない笑顔が印象的だった。幾度か恭しく礼をすると、自席へとしっかりした足取りで戻っていった。
俺は自分の頬が濡れているのに気付いた。同時に、目頭がジワリと熱くなるのを感じる。とめどなく涙が溢れてくる。止められない。
嫌だ! 卒業したくない! ずっと、ずっとここにいたい!
冷静を身上とする俺にとっては、認めたくない本心だった。俺は戸惑っていた。こんなに後ろ向きで感傷的な感情が、自らの内に秘められていたとは。我ながら驚いた。懐に手を差し入れまさぐるも、あるべきはずの物がない。そうか。隣の亮介を見た。
「ほらよ」
紺色チェックのハンカチが差し出される。
「お前にもちゃんと人としての感情があったんだな」
当たり前だ。
だが、気恥ずかしくて何も言えない。ハンカチを受け取ると涙を拭った。亮介は赤ん坊をあやすように、背中をポンポンと叩いてくれた。あ、亮介の鼻水……。まぁ、いっか。俺はハンカチを折り返すように畳みなおすと、懐へしまった。
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