第十六話/混濁③
幼馴染の彼女と同じ大学への進学が決まり、国宝級イケメン高校生、爽哉の人生は順風満帆だった。卒業式を迎えたその日、第二ボタンはおろか、袖のボタンからネクタイに至るまで、全て取られるモテ男ぶりを如何なく発揮する。自らが築き上げた学園ハーレムの総括とでも言わんばかりに、爽哉の周辺は華やかさに満ちていた。
しかし、そんな彼を神は祝福しなかった……
彼女のストーカーに襲撃され命を落とした爽哉は、稀代のブサメンとして高校生活をやり直す現実を強いられる。学園の抱える問題、断ち切れない因縁、消化不良な想い……。ブサメンの自らと向き合う覚悟を決めた爽哉は、果たして絆を取り戻すことができるのか――
今、試練の扉が開かれる。
【登場人物】
中間爽哉 イケメン高校生→ブサメン高校生
藤川千絵 爽哉の幼馴染
木崎優子 第三十六代生徒会長。図書委員
小澤詩織 攻守両立のコミュニケーションお化け
本八幡香奈 大手健康器具メーカーの社長令嬢
宮永遥 陸上部。インターハイ優勝候補
皆川結衣 第三十七代生徒会長
本条鈴音 第三十五代生徒会長。爽哉の姉的存在
中間涼香 爽哉の妹
内藤亮介 爽哉の親友
大里拓馬 ブサメン高校生→イケメン高校生
気付くと、屋上にいた。これじゃ、入学式には間に合わないな……。他人事のようにそう考えていた。広い屋上のど真ん中に膝から崩れ落ちる。
本当に悔しい時は涙すら出ない。
俺の今までの悔しさたちを否定するような教訓が、胸に染み渡った。
風が吹き、冷静の帳が降りた頃、俺の頭の中はさっきの千絵の顔で埋め尽くされていた。不安、嫌悪、軽蔑。負の感情の贅沢詰め合わせセットが、俺の頭と心を堂々巡りに蝕んだ。
眠っていたようだ。それとも失神か……。俺はゆっくりと瞼を開いた。空は朱に燃えている。うつ伏せたまま、スマホを取り出す。たっぷりと八時間くらいは意識を失っていた。やはり、スマホの暗い画面に映るのは、醜男の顔だった。
死のう……
俺はゆっくりと立ち上がった。これ以上、千絵の平穏を奪ってはいけない。そして何よりも、俺自身から奪われたくなかった。これ以上、何かを奪われてしまったら、俺の心が死ぬ。そんな残酷を俺は許容できない。
「おい……」
ふらつくように屋上の転落防止柵まで歩み寄ると、靴を脱いだ。
なんで靴を脱ぐんだろう。何の意味があるんだ? 少し疑問が残ってはいたが、そんなことはどうでも良かった。俺は素直に礼儀作法に従うことにした。
「おい、ってば!」
呼ぶ声に振り返ると、屋上に設えられた貯水タンクの上に、一人の少女が立っている。その超俗的な雰囲気に、息を呑んだ。
「死神か……」
「そんな半端な存在ではない」
少女は貯水タンクから足を踏み出した。自由落下を否定するようにゆっくりと、少女の身体が屋上の床へ降り立つ。俺は目を瞠った。床から十五センチほどの距離を残して、少女は宙に浮いていた。信じられない光景に頭を抱える。
「……俺の頭もいよいよ限界、だな」
「そうではない。お前を取り巻く状況は非常に切迫しているが、目の当たりにしているのは現実だ」
「お前は、何者なんだ……」
「私は、黄昏の魔女。審判者である」
ここにきて、ようやく俺は少女の観察を始めた。
非常に小柄だ。小学生高学年くらいの背丈だろう。上半身を覆う焦げ茶のマントとフードを目深に被り、顔のおおよそは見えない。わずかに覗く口元は歪な笑みを浮かべている。おかっぱに切り揃えられた髪がフードの隙間からたなびいていた。黒いタイツに、血を思わせる赤黒いスカートが風に翻っている。手には古ぼけた木の杖を携えていた。
「で、魔女が、なんだって?」
魔女という、普段はおおよそ使わない言葉を口から吐き出して気づいた。そういえば、学校の七不思議にあったな。黄昏の魔女……。合わせ鏡の前で三時間、待ちぼうけさせられた……。結局、暴けなかった最後の一つ。それが今、目の前に姿を現しているという。
「中間爽哉。お前は今、審判のさ中にある。それを伝えておこうと思ってな」
魔女の言葉に、俺の意識が覚醒した。
「この状況! お前が何かを知っているのか!」
「お前の魂は今、六道の狭間、冥府にある。審判は、その魂の重さによって成される。天秤の片側には被告であるお前の魂、もう片側には原告である大里拓馬の魂が囚われている」
「冥府? 魂? いきなり胡散臭くなってきたぞ……。そんなのは宗教の勧誘か、三流科学雑誌の特集だけにしてくれ」
「お前を取り巻く今の状況を、自らの言葉で説明できるのであればそうするんだな」
「……」
俺は何も言い返せなかった。
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