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愛と金

 両親を祝う話をしましたが、今度は私の誕生日のお祝いの話をしましょう。

 それは唐突で、今の私を成すうえで大きな影響を与える出来事でした。母が、

「そういえば、今日はそばかすを産んだ日だわ。」

と呟き、ソファで寝転んでいた父が餌にありつく犬のように体を起こしました。

「誕生日祝いをしよう。」

幼い頃の私と妹は同時に訊きました。

「誕生日祝いってなあに?」

それには暇そうに椅子に腰かけて脚を揺らしていた母が答えました。

「その人の生まれた日を、皆でお祝いすることよ。」

妹は「素敵!」と笑って「そうだろう、そうだろう」と父に抱きかかえられはしゃいでいました。

「具体的には?」

食器を洗いながら私は母に尋ねました。

「欲しいものを買ってもらったり、大きなケーキを作って皆で分けたり……誕生日を祝う歌を歌うことね。」

私が思ったのは、なんてお金がかかるんだろう、ということ一つでした。

「祝わなくていい。そんなお金ないよ。」

「大丈夫、村に行けばなんとかなる。」

布を売りに行っている私にしか分からないことでしたが、両親は村で罪人扱いされていました。村から追放された存在だったのです。学校にも、子どもが罪を犯したわけではない、という村長の恩情で通わせてもらっていたのです。両親の金銭感覚は少し変わっていて、必要になったときには自然と湧き出てくるかのように思っていたようです。それはおそらく二人が裕福な家の子どもだったからなのでしょうが……。

 とにかく、お金はありませんでしたし、村に行ったところで持ち帰られるのは失望と不満ぐらいのものでしょう。私は正面から罪人扱いされる両親を見たくなくて繰り返しました。

「いいよ、祝わないで。」

その時、部屋全体に緊張が走りました。私は何がいけなかったのか分からなくて、すぐに理由を探し始めました。母は、

「お金がなくたって祝えるのよ」

と言い、父は、

「この程度の出費、痛くもかゆくもない」

と眉を顰めました。ここまで聞いたら分かるでしょう、私は両親のプライドを傷つけたのです。ですが私は父や母が石で打たれるのを見たくなかっただけなのです。どうしてこんなことに、と悔やみました。私は怯えながら一言、ごめんなさい、と呟きました。

「そうやって他人の好意を踏みにじるのはやめなさい」

父にもう一度ごめんなさい、と謝罪しました。怖くて顔が見れませんでした。

「お前だって和美の誕生日だったら祝いたいだろう。」

咄嗟に私は、ケーキの材料やプレゼントの費用を二人分一年の出費として計算しました。それはつましい中で最低限生きている今の状態を崩すには十分すぎるほどの金額でした。そして私は、即答できなかった自分に気付きました。父にもそれは伝わってしまったようです。

「お前はどうして、『ただ愛する』ということができないんだ。」

愛よりも金を優先させてしまった負い目が暗雲となってたちこめていきました。このまま私は卑しい人でなしになるのではないかと心から恐怖しました。

「いいの、私、和香姉様好きだから。姉様が祝えないというのならそうなのよ。」

妹の性格上、これは嫌味でもおべっかでもなく本音でした。ああ、これが「ただ愛する」ということか……。嫉妬の稲妻が私の心を焼きました。燃え上がった嫉妬心は私の心から、「ただ愛する」という心までも焼き払おうとしていました。実際そんな心があったのかは別として。

 それ以降です。妹の誕生日祝いのために睡眠時間を削って、寒い中でも布を売る際に頭を下げて値段を少しでも高く売り……。私の第二のあだ名ができました。「乞食」です。ケーキを作るのも私の仕事でした。妹の誕生日にはいつもの仕事を早く終わらせ、スポンジ生地を焼いている間生クリームを腕がもげそうなほど痛むまでかき混ぜて、山で採った木の実をトッピングして。日頃の仕事で裂けた傷口からケーキには私の血が混じりました。ケーキを作っている最中、「私は祝ってもらえないのに、なぜ妹の誕生日を祝う準備を私がしているんだろう」と考えなかったと言えば嘘になります。しかし二人分祝うとなると生活していけなくなります。一人ならなんとかなりました。祝うときにこんな意地汚い計算をして、私はつくづく「乞食」だと泣きたくなるときもありました。

「和香姉様、ありがとう。」

私の罪を許してくれたのは妹だけでした。両親にはもう私の誕生日を祝う気は一切ないようで、誕生日祝いの間は私など視界に入れず、三人で楽しんでいました。私がいてもいなくても同じでした。私の言葉は無視され、祝福は無下にされました。私が妹の誕生日を祝うことは当然のことで、その準備を両親ではなく私がすることになったのも疑問を抱くこと自体許されることではありませんでした。すべて「ただ愛する」ができないからです。「ただ愛する」ことはなんと難しいことでしょう。ニセモノの愛情で祝われても腹を立てない妹の無垢に、顔を引き裂きたくなりました。涙をこぼす眼を抉りたくなりました。妹のように「ただ愛し」たかった。しかし、私にも昔そんなことがあった気がするのです。

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