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 森にこぼれる陽の光といっしょに、子どもの声がキラキラと木の葉をゆらしています。

 フキの寝そべる木の葉の寝床からも、駆け回る子どもたちの頭があちらこちらに見えました。


「ほら、みんな遊びはおしまい!」


 手を叩いて子どもたちを呼びあつめるのは、ひとりの女です。髪に白いものの混じる女は、いつか森に倒れていた子どもでした。

 おとなりさんに拾われたあのちいさな子どもがすっかり大人になったのだな、とフキは彼女を眺めます。


「フキの主、お加減いかがですか」


 子どもたちを引き連れて女が近寄ってきました。


「良くはない。だが、こんなものだろう」


 答えて、フキはひざに眠るおとなりさんの髪を手のひらに遊ばせます。

 おとなりさんの長い髪はすっかり白くなり、かつて彼女が魔女と呼ばれる所以になった髪色はもう残っていません。


「……ずいぶん、時が経ちましたね。あのとき見つけてもらえなかったら死んでいたなんて、嘘みたい」


 眠るおとなりさんを見つめながら、女がつぶやきます。


「そうだな」


 あいづちを打ちながら、フキも今日までの日を思い返しました。

 あのとき、薬草を抱えて町に向かったおとなりさんは山ほどの薬草を持って帰ってきました。長い髪を泥まみれにして、粗末な衣服のあちこちに穴を開けて帰ってきました。

 魔女の毒草なんて要らないんですって、と笑った彼女の顔は恐ろしいものでした。この子どもを治療して、薬草の効果を認めさせてやるわ! と叫んだ彼女は魔女と呼んで差し支えありませんでした。

 あのときフキは、すべての命を見送ることのほかにも恐ろしいことがあるのだと知ったのです。


「あなたがたが救ってくれたから、今日があるのです。私にも、この子たちにも」


 病が癒えた後、町のひとの目も気にせず森を訪れたときにも女はそう言いました。それから何度も、森へやってきてはおとなりさんの世話を焼きフキに話しかけるようになったのです。

 そこにときおり、町の者がついて来ることもあったし、町の者からの品だと食べ物や服などを抱えて来ることもありました。

 そこに、おとなりさんとフキに助けられた者の子が加わるようになったのはいつごろからだったか、フキはもう覚えていません。

 はじめは早く帰れと言っていたおとなりさんが、彼女らの来るのを楽しみにしはじめたのはいつだったか。フキはもう思い出せないけれど、思い出せることもたくさんありました。


「子どもがわんさとやってきたときには驚いた。よじ登られるとくすぐったいことも、川に飛び込むと水の中があんなにきらめいていることも知らなかった」

「あ、あの、その節はご迷惑をおかけして……」


 子どもたちと過ごした思い出を振り返るフキに、女はどうしてか汗をかいています。迷惑とはなんだろう、と首をかしげたフキのひざで、身動ぐものがありました。


「ふふ、びしょぬれになったあなたは見ものだったわね……」


 うっすらと目をあけたおとなりさんが、かつてと変わらぬ憎まれぐちを叩いています。

 それに笑った女は「失礼しますね」と静かにその場を離れていきました。

 おとなりさんの変わらないことばがうれしくて、けれどすっかり年老いたその姿が悲しくて、フキは何も言えません。

 それなのに、おとなりさんはフキのひざのうえでくすくすと笑うのです。


「今更、死ぬ前に姿を消せなんて言われても、もう無理よ」

「……わかっている」


 足腰が弱るどころか、自力で起き上がることも難しくなってしまったおとなりさんにそんなことを言うつもりはフキにだってありませんでした。

 それでも、こうなるまでに彼女とさようならを済ませられなかったことが悔やまれてならないのです。

 何度も伝えました。おとなりさんの死を見送るのは辛いから、と伝えました。けれどそのたび彼女に言いくるめられてしまって、とうとうおとなりさんが動けなくなるまでそばに置いてしまいました。

 こんなにも長いことそばにいたというのに、おとなりさんの命が終わるときも、フキは連れて行ってはもらえません。またひとりきり、森のなかに取り残されることが悲しくて、恐ろしくてたまりません。

 そんな気持ちが顔に出ていたのでしょうか。

 おとなりさんが動きのにぶった腕をゆっくり持ち上げて、枯れ枝のようになってしまった指でフキのほほをなでました。


「ふふ。また、悲しい未来を思ってるでしょう」

「ああ。おとなりさんのいない未来は悲しすぎる」


 ぽたり、とフキのほほを伝った雫がおとなりさんのほほを濡らします。


「あなた、本当に泣き虫ねえ」


 困ったように言ったおとなりさんは、濁ってしまった目を閉じました。そうして、フキのほほをなでながら歌うようにことばをつむぎはじめたのです。


「未来にあたしがいなくても、あなたはもうあたしを思い出せるでしょう。出会ったばかりのあたしはちいさくて愛らしかったでしょう。あなたを連れて森を歩くあたしは、きっと女王のように美しかったはずよ。あなたのくれた野いちごをつまむあたしを覚えている? きっと、また野いちごをつみに行きたくてたまらなくなったはずだわ。町のひとたちに感謝されるあなたの横にもずっとあたしはいたでしょう。あたしが居なくなっても、町のひとたちはあなたをたずねるわ。あなたはそのたび、新しい思い出を見つけるの。そのたび、あたしのことも思い出せばいいのだわ」


 おとなりさんの語る未来をフキは思い描くことができました。そのせいで涙はよけいにあふれて、止まりません。

 ぼたぼたとこぼれて落ちる涙に濡れながら、おとなりさんが笑います。


「あなたはこれから先もずうっと、誰かと思い出を作って生きていくの。死なせてなんてやらないわ。あたしは魔女よ、これは魔女の呪いよ。あなたがあたしのことを思って泣いて、誰かと過ごして笑って、ずっとずっと幸せに生きるように、魔女が呪いをかけてやったんだから」

「ああ、ああ」


 フキはおとなりさんを抱きしめました。壊さないようにそっと、けれど離さないとばかりにしっかりと。


「なんて呪いだ」


 泣きながら笑って、フキはまたおとなりさんとの思い出が増えたと涙をこぼします。


「ずっと生き続けて、今そこにいる子どもたちのその子どもとも、そのまた子どもとも思い出を作るだろう。その思い出に触れて、おとなりさんを思い出すだろう」


 ありがとう、ありがとう、とフキは泣きました。

 フキはおとなりさんを思い出して何度も泣くでしょう。たくさん笑うでしょう。

 おとなりさんが遺してくれた呪いが、フキの心を生かすでしょう。

 永遠の命を持つ不帰(フキ)の主は、その森の奥でずっとずっと生きていくのです。

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