中編④ 虚空に消える信念
もう少し。
もう少し耐えさえすれば、ヴァランや仲間達が敵を押し戻すだろう。発射までの時間を稼ぎ切れば勝ちだ。
そう頭で反復しながら、残されたレイブニルの左手にハンドアックスを握る。
「距離さえ!」
蛇行しながらヴォイドガルッフが潜む物陰へ突撃。銃弾で出来た横殴りの雨が降りかかるが、気にしない。本命の弾が放たれるのを集中して待つ。
やがて発射炎、遅れて轟音。ジップは音ではなく光を見てレイブニルをドリフト、弾丸を回避する。
「この距離じゃご自慢のライフルも当てられんな!」
「こいつさては軍人崩れか? 戦い方にビビリが感じられない」
左手に携えたハンドアックスで斬りかかる。ヴォイドガルッフも滑るようにして回避するが、胸部の機関砲を放ちながらレイブニルは押し込んでいく。
「ライフルハンマーは……って、あんなアホな兵器使いたくないんだけど……」
「あの妙な兵器も変形の隙さえ与えなければ」
「ま、やりようなんていくらでもあるけど」
背部のアサルトライフルを乱射。この程度で止まるようなパイロットではない事を既に見抜いていたフブキは、逆にそれを利用することにした。
「っ、まずい、このままだと脚が!」
アサルトライフルはレイブニルの生命線である脚部を集中して狙われている事に気づく。避ける事に気を取られ、無理に機体の軌道を逸らそうとする。
「ほら、単純になった」
そこへヒュドラを発砲。吹き飛ばされ、腹部に風穴が通る。
「ぐっ、腹を貫かれた!」
急ぎ瓦礫の陰に隠れる。同時にヴォイドガルッフの反応も消失。レーダーの範囲外に逃げられたらしい。
既に右腕や脚部、腹部の装甲に穴が穿たれ、火花が流れ出している。潜んでいるスナイパーを追い立てる筈が、逆にスナイパーに追い立てられる結果となってしまった。
「だがこいつの機動性なら……逆転の芽はある……!」
ジップは自らの頬を叩いて覚悟を決め、影から飛び出した。離れた場所から銃口の輝きが見えた。間も無く狙撃が始まる。
「死ぬ覚悟などではない! 敵を打ち倒す、覚悟!」
「へぇ、覚悟決めたんだ。だったら私も応えてやらないと」
狙撃が止む。弾丸の装填をしているのだと、ジップがレイブニルを加速させた時だった。
「っ、何ぃっ!?」
ヴォイドガルッフがレイブニルの目の前に躍り出た。跳躍した姿勢のまま、両機は激突。レイブニルが足蹴にされる形で滑っていく。
機体が地面と擦れ合い、装甲が剥げながらコクピットを揺らす。だがそれだけで終わりではなかった。
ライフルがハンマーモードへ切り替わったかと思うと、執拗に胴体を殴りつけ始めた。金属が潰れる耳障りな爆音とコクピットが潰れる異音が混ざって響く。
「まだだっ!」
諦める気などない。ジップはコクピットの隙間から脱出すると、共に引っ張り上げた対機動兵器用ロケットランチャーを構える。
「カメラの一つで……も…………」
ジップの目の前に広がったのは、黒い穴。先の見えない暗い穴だった。
「ばいばーい」
ヴォイドガルッフの指が引かれた後に残ったのは、命と機体が霧散する音だけだった。
乱戦の様相を呈してきた戦場。
弾丸が飛び交う中を躍り狂うリコべーのロードプレッシャーが、何機目かも分からない敵を切り裂いた。
「くっ、はっ、だっるい! どんだけいんだよ雑魚のくせに!」
『雑魚だから群がるんだろ。うちの政府軍も同じさ』
「マリーネ、お前早くこっち救援に来いよ!」
『行ってるから待ってろって』
両腕の回転丸鋸の刃をパージ、肘から新たな刃が装填される。しかしユニットの弾薬やミサイルは空になってしまった。
「つーか燃料もやべーんだけど。一旦帰る」
『帰れんの? そっちにめっちゃ敵来てるけど』
「は?」
次の瞬間、敵機の反応を感知したレーダーがけたたましく鳴り響く。
背後からグリーブガノンが3機、前方からゼファーガノンが3機。挟み撃ちの形で襲い来る。
「ふざけんなよ雑魚コラァッ!」
突き出した丸鋸が前方2機の腕を切り裂く。しかし背後からゼファーガノンにスレッジハンマーを叩きつけられ、両肩ごと破壊された。
「ぐっ、うへぇあっ!? クソ、クソ、クソ! なめやがっ、て……?」
ここで悲劇は重なる。ロードプレッシャーの燃料が底をつき、抵抗すら出来なくなってしまったのだ。コクピットの内壁が徐々に迫ってくる。
「いやいやいやいや、死ねるわけねぇだろボケナスがぁっ!!」
リコべーは緊急脱出装置のレバーを蹴り上げ、潰されるより早く脱出。気づかぬまま無人のロードプレッシャーは集中砲火にさらされ、爆散する。
爆風に背中を煽られながら、対機動兵器用のロケットランチャーを担いでリコべーは走る。
「マリーネ! マリーネ早く出ろ! マジでこれは死にかねないから早く出ろ!」
『しつこい、1回コールすりゃ出るって』
「ロードプレッシャーが爆散したから私を回収しろ! 座標は今送ったから!」
『はぁ? お前また姐さんにしばかれるぞ』
「しばかれるのなんかいつもの事だから早く来い!」
敵味方の弾丸が地を穿つ戦場。単身疾走するリコべーなど近くに着弾しただけで四散してしまう。更に機動兵器には対人用の機銃も標準搭載されている。
そして案の定、1機のグリフィアに目をつけられた。
「ざっけんなよ、私アルギネア出身なのにこんな事あるか!?」
肩の機銃が狙いをつけようと動き出す。しかしただ撃ち抜かれて終わるほどリコべーは潔くない。
グリフィアの頭部目掛けてロケットランチャーを発射。小さな炸裂弾は巨大な爆発となってグリフィアの頭部装甲を焼き尽くす。
しかし人工筋肉とカメラが剥き出しになった不気味な顔のままリコべーを睨んでいた。
「ぬがぁぁぁこの、あ、っと、バカァァァ!!」
最後の足掻き、罵倒すら言葉が思いつかず、無情にも撃ち抜かれようとしたときだった。
2本の巨大アームがグリフィアを掴み上げたかと思うと、4本の銛が胴体を串刺しにした。
『へーい到着。早く乗りなリコべーちゃん』
「おっせぇ! 早く乗せろ!」
マリーネがハッチを開けると同時に無理矢理身体をねじ込む。
「狭っ! つーか何で水着!?」
「仕方ねぇだろうがよ。あ、シートベルトないから頑張れ」
襲い掛かってきたゼファーガノンのスレッジハンマーを奪い取り、アームごと首元へ突っ込む。細身の胴体は破裂する様に破壊される。
「なぁマリーネ、そういやお前何処出身だっけ?」
「あー? グシオスだけど?」
「抵抗ない?」
「いや別に。つーか今って私ら共和国連邦人じゃね? 関係ないくね?」
「そういやそうだったわ」
4本のアームがグリーブガノンの四肢を引き千切り、身体にそれを突き立てた。
「戦い方が乱暴すぎますよあの人達」
ライスは中距離からライフルで味方を援護しつつ、特殊部隊の戦い振りを観察していた。
「乱暴でも何でも構いません。前線が下がってきている、私達が少しでも押し戻さないと」
ゼナのラタトリスの両腕から榴弾が発射。装甲を貫通するには足りないが、装甲や武装を焼くには十分な威力を持つ。数機が火器を焼かれ、暴発して腕を破壊される。
「隊長、一度戻られては?」
「まだ弾薬も足りてますし、燃料は十分。その必要はありません」
「私は一度戻りたいんですが……ラタトリスはガルッフより稼働時間が長いのですか?」
「いえ? 同じくらいだった筈です」
長く戦えている理由は至極単純。ゼナは最低限の動きと弾で敵を撃破しつつ、部隊へ指示を出している為である。
そうしている間にもラタトリスが放ったバズーカが敵を撃ち砕いた。これで予備の弾を撃ち尽くし、砲身を投げ捨てる。武装プラットフォームからライフルを取り出し、再び戦線へ戻った。
「中尉、何機かを連れて側面へ回り込んで下さい。引き付けている今なら出来るはず。補給艦を派遣しますからそこで燃料や弾薬を」
「了解、やってみせましょう」
ライスは数機のガルッフを引き連れて一度戦線を離脱。入れ替わるように補給を終えた部隊が現れる。
飛び出したのは3機のガルッフ。互いに軌道を交差させるように移動し、敵陣の中央へ向かう。
先頭の1機がライフルで態勢を崩し、2機目が対艦刀を腹へ叩きつける。3機目は後ろを向きながら滑る様に牽制の弾丸をばら撒き、2機をカバー。
次の目標に向かう最中、ゼナのラタトリスへグッドサインを送る余裕ぶりを見せつける。思わずゼナは呆れの溜息を吐き出してしまった。
「遊びじゃないのに、あの人達は……」
しかし彼等の到着は好機。一気に流れをもっていくため、ゼナは率先して前へと出るのだった。
続く




