中編① 呪いの破片
「情けねえ。自爆なんてよぉ」
「これでも努力した方だ。新型1機を潰した結果も見てほしいな。……にしても、機動兵器に乗らないなんてらしくなかったな、ヴァラン」
白髪の青年、ヴァランはその言葉を聞いて苦笑する。舌先で弾丸を弄ぶ様は、長年共に戦ってきたジップでさえ冷や汗を掻く彼の癖だった。
「たまには良いだろ。そうしねえと、人を殺してるって事を忘れちまう」
「殊勝な心がけ……違うな、お前のはただの悪趣味か」
「おぉい、人を気狂いみたいに言うな……ってのは無理があるかぁ?」
魔女のような引き笑いをするヴァラン。自身を狂っていると言い切ってしまう彼は、ある意味この集団の中で最もまともなのかもしれない。
「ヴァラン、ジップ、あの兵器の調整が終わった。あとは機動兵器を揃えるだけだ」
2人の前に、髭面の屈強な男が現れる。名をラック・バンプ。元アルギネア軍人だった者である。
「新型は俺達の手元に来そうか?」
「無理に決まってる。奴等もバレない確証があったから軍事演習に俺達を手引きしたんだ。もっとも、そんな上手く隠し通せる程新政府だって間抜けじゃない。今頃ガサ入れでも入れられてるだろうな。俺達の居場所もバレるだろう」
「何でも良い。結局俺達と同じで戦争が恋しい連中だ。平和な世界のおかげで飯が食えなくなった企業もな。また戦争が始まれば解決する」
「だが旧型ばかりじゃ憂いがあるのも確かだ。かつてのEAのような兵器があれば……」
「その為の、俺の機体だろうが」
ヴァランは親指を立て、後ろに立っている機動兵器を指した。
闇夜に溶ける漆黒の装甲、3つの赤い目、鉤爪の様に鋭いマニピュレーター。飾り気のない機体の側には、これから搭載されるであろう装備が吊り下げられている。
「デスワーム……完成したのか」
その名を口にしたラックの声は、畏れから僅かに震えていた。かつて近くでEAの驚異的な力を見てきた彼にしか分からない想いがあるのだろう。
「亡命したアクトニウム研究者達をこき使ったおかげで再現出来た。8年も隠しとくのは苦労したぜ」
「それでいい。欠陥品作って暴発、また砂漠を作ったんじゃ戦争の再燃どころじゃない」
「都市部をやるのは戦略兵器でいい。あくまでコイツは、機動兵器を潰すのが仕事だ」
ヴァランは浮き足だった様子で機体に近づく。友の肩を叩く様に、装甲に平手で触れた。
「なぁ…………楽しみだよなぁ。戦争を終わらせたなんて言われてるEAが、また世界に火を放つんだぜ? 聞いてるかー神様ー!!」
叫ぶ声。その先には、今なお夜空に美しい群青の渦を巻きながら世界を浄化する、アンブロシアツリーがあった。
「作戦決行までは?」
「2週間です。それまでに間に合いますか?」
「無理無理の無理ですぅぅぅ!」
地下の格納庫に奇声が響く。
ビャクヤの前にいるのは、表舞台から姿を消した2人。アーバインとギーブルだった。奇声を発しているのは言うまでもなくギーブルである。
「アルトリウスのアップデートはこの前しましたしぃ、これ以上はちょっとぉ、時間が足りねっすわー!!」
「そこを何とか頼めませんか」
「…………いやね。本当の事言うと出来ないことはないんですよ。ただ……これ以上、やる意味が無い」
ギーブルの言葉に、アーバインも同意するように頷く。
「アルトリウスは既に完成された機体なんだ。定期的に装甲やフレーム、動力を最新にアップデートはしている。だがこれ以上の追加武装は機体バランスを崩しかねない」
「それはあくまで防衛をするとしたらの話です」
「ははぁん、流石に設計に携わった以上は承知していましたか。まぁそうですね、仕掛ける事を前提にした改修なら可能です」
ニヤリと不気味な笑みを浮かべたギーブル。だがそれを諫める様にアーバインは言葉を重ねる。
「だがそれは君の本意でない筈。確かにエルシディアの件で業を煮やすのは理解出来る。しかしアルトリウスの本来の製造目的を見失うのは……」
「良いでしょう。貴方がどれだけ本気か分かりました。どちらにしろ、今の我々に君の要求を拒む資格も理由もない」
「ギーブル……」
憂う様なアーバインを尻目に、ギーブルは作業を行う整備士達の場所へ向かう。
「皆さぁぁぁん、これから2週間は交代で寝ずの作業なのでぇ、今のうちに休んどきましょうねぇ!」
「ありがとうございます」
「……了解した。私も出来る限りの武装プランを組み立てよう」
アーバインとギーブルは自らの持ち場へと戻っていく。ビャクヤが息を吐くと、背後から肩を叩く影が現れた。
「相変わらず無茶しようとしてんな、お前」
「ゼオンさん……」
今も義肢の調整で世話になっているゼオンだった。
「エルの手術、ありがとうございました。一命を取り止められたのも貴方のおかげです」
「今更だろうよ。シオンもクレアも取りあげたのは俺だぞ? ……まぁただ、今回に関しては本当に危なかった」
「……はい」
僅かに声が震えた理由に気づかないゼオンではない。ビャクヤの背を撫でると、軽く押した。
「死ぬのだけは無し。俺から言えるのはこれだけだぞ」
振り向いたビャクヤの顔は、微笑んでいた。無理をしたものであることを感じつつ、ゼオンも笑顔を返した。
『もしもーし、エリーザの方はどう?』
「割と早く吐いてくれた。今から押収したデータを転送するから、ティノンさん達にも送って。フブキの方は?」
『部下がやらかして1人おかしくなったけど、ちゃんと場所は吐かせた。……にしても、あんた子供いるのにこんな危険な仕事続ける気なの?』
「こっちは副業。本業は喫茶店の方だから」
『へー。まぁ何でも良いけど死ぬなよ。親がいないガキの最後なんてろくなもんじゃないし』
「分かってる」
そこで通話は途切れる。
エリーザの副業とは、政府内機関の調査員。詳細に言うならば、身内に裏切り者がいるかを調査する仕事である。
今回の一件から身内に裏切り者がいる事を疑ったティノンが、フブキを通して調査を依頼したのだ。
エリーザが調査を開始したこの日、フブキが数人の政府関係者が密かに集まっている情報を掴んだ。そしてその会合場所に侵入すると、丁度資料を処分しようとしている現場に遭遇。問い詰める手間もなく犯人を暴く事に成功したのだった。銃で抵抗しようとはしたが、元軍人に対して何の戦闘訓練も受けていない者達が太刀打ち出来るはずもなく。
「ん、んぉぉ……!!」
「片付けが遅いのよ。子供の頃教わらなかった?」
縛り上げられ、口に布を巻かれた議員達を尻目に作業を進める。紙の資料はスキャン、電子データは端末にコピーして転送していく。
「強気に攻めてきた訳だわ。機動兵器や兵だけじゃなくて戦略兵器まで……」
そしてデータを転送し終える直前、ある文字が目に入った。エリーザの目が見開かれる。
「E、A……!?」
あの兵器が、造られてしまった。その事実はデータの中に記されているのかも知れなかったが、エリーザは直接聞く事を選んだ。議員の1人の口から布を外し、代わりに眉間へナイフを突きつける。
「何処からEAのデータを持ち出した!?」
「わ、私達じゃない!! 持ち出したのはアクトニウム研究施設の奴等なんだぁ!」
「造る為の人材は!?」
「グ、グシオスでアナザーナンバーの開発に携わっていた者達……だったと、聞いている……」
「…………っ」
手を離し、再び口を縛る。エリーザの中には戸惑いと怒りが入り混じった感情が巡っていた。
EA。その名を思い出すと彼の事を思い出す。片時も忘れた事などないが、これは嫌な思いも引き揚げる単語だった。
世界を滅ぼしかけ、世界を救った機体。クラウソラス家の運命を狂わせ、そして呪縛を解いた機体。
かつて自らも乗っていた呪いと祝福の名が、この世界に再び産まれてしまったのだ。
「…………」
エリーザは転送が終わった端末を開き、ある人物へ連絡を入れた。
「もしもし、ビャクヤくん。エリーザよ。どうしても今すぐ貴方に伝えなきゃならない事があるの」