エピローグ 久遠
「本当、よくもやってくれましたねぇ」
連行された科学者たちの前で足を踏み鳴らすギーブル。口調こそいつもとあまり変わりないが、声色の重さが明らかに異なっている。監視役としてフブキがついているが、科学者たちが暴れないようにというよりも、ギーブルの行動を監視するという側面が強い。
「あのEA……デスワーム、でしたっけ? あれを不備しかない設備で作り上げたことは褒めるべきことです。ですがね、貴方達は優秀すぎるが故に……8年前の呪いを復元してしまった」
彼の言葉に、フブキは目を伏せた。
「なんでしたっけ……グシオスの科学者の中に、私が8年前に削除したはずのデータを持ち出した方がいらっしゃるようですね。……この場にいないのは、何故です?」
「デスワーム完成と同時に、ヴァランとかいう反政府側の主犯格に殺されたらしいぞ。EAは俺だけのものだとか言ってな」
震え、咽び泣くばかりの科学者の代わりにフブキが答える。
「あ~、2人が生きていたらぶち殺してやりたかったんですがねぇ。ま、もうどうでもいいですが。……それでですね、何でわざわざ貴方達をここに呼び出したか、なんですが……」
ギーブルの目が見開かれ、科学者の一人の眼前まで迫った。
「残るEAは何機、ですか?」
「は、はぁ……?」
「いやいやいやいや、何とぼけちゃってるんです? デスワームを完成させるのにぶっつけ一発生産とか、不可能ですよ不可能!! EA舐めんなよお馬鹿さん!!」
鼻に指を突っ込み、引っ張り上げる。科学者が苦悶の表情を浮かべるが、ギーブルは指を押し込んでいく。
「試作機!! あるはずですよ、無きゃおかしいんですよ!! ほら隠し事しないで早く言いなさい!!」
「あが、ご、ご、ご……!!」
「おいそのくらいにしておけ」
見かねたフブキが科学者の首を引っ張り、指から解放する。
「試作機に関しては私達の方でも調査中だ。だがそもそも存在するかすら分からない奴を探すってのは……」
「まぁ確かに、存在しなきゃそれでいいんですよ。でもね、私はこの人達と同類だから分かる。まだ何かを隠しているってね」
ギーブルは笑う。自身を嘲る様に。
「あれに憑りつかれなければ、完成させるなんて苦行出来るわけがない。フブキさん、私が生んだ全ての技術をこの世から消すこと。それが貴女達が目指す平和な世界の実現と、私が生涯をかけて行う償いなんですよ」
「知るか。……けど、EAの試作機の話は無視できない。尋問と捜索はこっちでやる。お前は自分の仕事に戻れ」
「はーい。じゃあそのおじさん達は任せましたよ」
「お前もおっさんだろ」
数名の兵士と共に、フブキは科学者達を連行していった。再び静寂が戻った部屋の中、ギーブルは光のない部屋でコンピュータを起動する。
「なら私は私の仕事をしますよ。さぁて、次のアルトリウスのアップデートプランは……うん、安定の徹夜連続確定! あーたのしーなー!!」
目の前の地下格納庫で自身を睨むアルトリウスを、一切臆することなく見つめ返す。
「平和な世界の為、これからもよろしくお願いしますよ、騎士王様?」
光の届かない地下室。ここでは世に放たれることが決してない凶悪な犯罪者が、尋問のプロフェッショナル達によって持ちうる全ての情報を吐かされる。
テロが横行する時代、この部屋が空き部屋になることはない。今日もまた過酷な尋問が行われる。
「マリーネの尋問長くね? 早く変われって」
「リコべーの尋問なんて殴る蹴るの虐待でしょ。品のない脳みそ筋肉、ふふふ」
「リコべーにはお似合いでしょ。笑わないのホッパー」
「ふん、お前らの変態趣味よか何億倍もマシだっての!」
暴力で痛めつけるリコべー、執拗に嬲って壊れるまで追い詰めるグラスとホッパー。双方では情報を引き出すより早く対象が使い物にならなくなってしまう。だからこそフブキはメンバーの中で最もまとも且つ尋問が上手いマリーネに託したのだ。
テロの中心人物の生き残り、ラックの尋問を。
「もうこっちも疲れてきてな。いい加減何か知ってる事を話してくれないか?」
「…………」
「私達の方はいくら長引いても構わない。好きな時に休憩できるし、好きな時に飯だって食える。お前はどうだ? 話さなきゃ椅子から離してもらえないし、こんなかび臭い場所で飯を食わなきゃならない。どっちが互いの為だと思う?」
「…………」
「仲間の為に喋らない? 立派だと言いたいけど、お前が喋らないからって仲間が自由になるわけじゃない。いや、むしろ仲間が暇してる奴等の玩具にされるかもしれない」
マリーネの言葉と同時に、グラスとホッパーの囁くような笑い声がドアの隙間から漏れる。
(ねぇグラス、私達の番が来たら何する―?)
(薬は飽きた。代わりにこれ、アルコールを注射するの)
(何それ、超面白そー。おじさんべろべろになっちゃうよー、ウフフ)
「……とまぁ、意地を張るのはお勧めしない」
ここでラックの顔が僅かに上がった。ようやく話す気になったかと耳を近づけた。
「悪魔どもが……騒いだところで……」
「話す気はない。聞き飽きてんだよその文句は。何度だって聞いてやる。試作型のEAは何処にある?」
ラックはマリーネの言葉を聞いて笑う。憔悴しきったその顔は既にあらゆる物事を諦め、目的も思想も放棄したように弱っていた。
「ない。そんなものは、ない……」
「これで9回目の嘘だ。嘘吐きは舌を抜かれるってママから教わらなかったのか?」
「俺達には、あれを完成させるので精一杯だった……不備のあるパーツは……どうしたんだったか…………?」
「パーツだと?」
有益な情報の匂いを嗅ぎ取り、マリーネは質問を畳みかける。
「デスワームとかいうEAのパーツか、何処にやったんだ?」
「あれを欲しがる奴は多くてなぁ……高く売れた。だから完成させられたんだ……デスワームは、俺達の最後の希望を作ってくれた……」
彼の眼はもう、マリーネを、目の前の現実を見ていない。譫言のように真実を溢していく。
「売った、同じようなテロ組織にか。面倒くせぇ……!!」
「安心しろ。特別な科学者がいなきゃ、EAは出来ない。そんな事も知らずに奴等、喜んで大金を……」
「呑気な語りはありがたいから続けて欲しいが、お前の言う通りに事は進まない。コアや電子頭脳ならまだしも、パーツや武器なら既存の機動兵器に流用出来るからな」
全てフブキからの受け売りだが、マリーネはラックに現実を突きつける。だがラックは笑う余裕を見せる。正確には余裕などなく、現実から逃げる笑顔なのだが。
「いいや……EAは、俺達とお前達しか作れない……喜べよ、お前達の天下はまだ続く…………俺達は、負けたんだから…………」
「誰に売った? それだけでいいから答えろ」
「忘れたよ…………俺達に協力しない、裏切り者共なんか……もう…………覚えて、ない……」
「…………そうか。お疲れさん」
マリーネは顔を離し、ラックの側から去る。
「さぁ交代だ。どっちがやるんだ?」
「はいはい! 私とグラスがやるわ!」
「いつもの道具セットよし。行こう、ホッパー」
「おい、私の分残しとけよ!」
憔悴したラックに加虐心の塊3つを放り込み、マリーネは得た情報を尊敬する姐に託すべく電話を取り出すのだった。
「…………そうか。あとはこっちで考えとく」
通話を切る。喫茶店を満たすクラシックに耳を傾けながら、注文の品を待つ。自分の趣味ではないが、こうして聞いてみるとこちらはこちらで趣がある。
「彼氏からの電話?」
喫茶店の店主がからかうように尋ねる。昔ならばムキになっていたのだろうが、もう一々怒る気力もない。
「良い相手がいりゃ、そうだったかもな」
「お互い、見つからないものね」
「お前はそもそも探す気ないだろ。……ってか、早くコーヒー出せエリーザ。客待たせんな」
「はいはい。クレア、その怖いお姉さんにこれ」
「はい」
程なくしてトレイにカップを乗せたクレアがフブキの側に立ち、慣れた手つきで提供した。
「…………」
「どうかしたか……あぁ」
クレアの目線が何度か、自分の背中に向いている事に気づく。背中が大きく開いたトップスから覗く、5つの頭と腕を持つ巨人の刺繍。これが珍しいのだろう。
「何見てんだよ、エロガキ」
「えっ!? ご、ごめんなさい、そんなつもりじゃ……!」
「おいおい、教育に悪いだろそんな格好」
店のドアが開く音と鈴の音が、新たな来訪者を知らせる。コートとジーンズを履いたティノンだった。
「いらっしゃい。注文は?」
「カプチーノを」
「何しに来たんだよ」
「ここに来る理由はみんな同じだ。なぁ、クレアくん?」
「は、はい。いつもありがとうございます」
恭しく一礼し、カウンターへ引っ込む。それを見送るティノンの目は穏やかだった。
「あんなに礼儀正しい子、見た事ない。私やフブキとは正反対だな」
「あぁ、よっぽど親の教育がいいと見た、エリーザ?」
「えぇ。ティノンさんはともかく、貴女みたいにはなって欲しくないもの」
意地悪な笑みと共に言い返すエリーザ。フブキはそっぽを向いて知らん振りをする。
「大人ぶりやがってまぁ」
「お前も随分大人になってる。舌の方は知らないが」
「ほっとけ」
クリームが山のように盛られたウインナーコーヒーをかき混ぜ、フブキはカップに口をつける。するとまたドアの鈴が鳴った。
「お、今日は見知った顔が沢山いるね」
「いらっしゃい」
「おいおい親子連れが来ちまった」
ビャクヤとエルシディア、そして間に挟まるシオン。更にその後ろには、
「あちゃー、今日いっぱいだねゼナちゃん」
「……え、ティノンさんとフブキ隊長、ここで何を?」
「まだ席空いてます?」
買い物帰りと思われるエリス、ゼナ、ツキミの3人が入店。小さな喫茶店はたちまち大盛況となる。
「ありますよ、こちらへどうぞ」
「随分繁盛してるな」
「ありがとう。あ、クレア、あとはお母さんがやるから休んでていいよ」
「じゃあちょっと休憩する」
「エリーザ、私達は持ち帰りで……あっ」
エルシディアの言葉を待たず、シオンは本を抱えたまま窓際の席へ座る。そのままページを開いてしまった。
「シオン、おうちに帰ってから……」
「ついでだし、僕達もちょっと休憩してから行こうか。お姉さんのお土産も買って」
「……そうね」
エルシディアも仕方がなさそうに笑い、カウンターの方へ座る。シオンは読書を邪魔されるのが嫌いなのだ。
隣りに座ろうとしたビャクヤの目に、あるものが飛び込んだ。カウンターの端で仁王立ちするプラモデル。
側を通ったクレアの肩を叩き、尋ねる。
「クレアくん、あれは……」
「あれですか? 昔お父さんが乗ってた機動兵器です。お母さんから写真で見せてもらって、自分で改造して作りました!」
ネヴァーエンド。クレアの父と戦場を駆け抜けた、呪いであり、願い。
爪やサブアーム、テールバインダーは無く、所々オリジナルの意匠が組み込まれてはいるが、確かにあの黒いEAだった。
だがそれからは陰鬱さも悲哀も感じない。むしろ勇ましく、この場にいるものを守るべく存在しているように見える。きっと、理由はクレアが父に抱いている想いが現れている為だ。
「あれ、お母さん名前を覚えてないって教えてくれないんです。知ってますか?」
「…………僕も知らないな。ごめんね」
「そうですか……彼奴の名前、どうしよう」
ビャクヤの言葉に嘘はない。ネヴァーエンドと、今あそこにある機動兵器は別物なのだから。
「クレアくんが考えたらいいと思うな。お父さんも喜んでくれると思う」
「……はい! 立派な名前、考えます!」
そう言ってクレアは去って行った。
「嘘ついたらダメって、シオンに言ってなかった?」
「さぁ? 本当に知らないから」
微笑みながらかけられたエルシディアの問いを、ビャクヤはのらりくらり回避するのだった。
名前を考えるべく、クレアは自室へ戻ろうとする。本で顔が隠れたシオンに目がいくが、没頭している彼女の前には如何なる言葉も通用しない。そのまま通り過ぎようとした時だった。
「…………ありがと」
「へ? 何で?」
突然の言葉。唐突な礼。クレアは思わず足を止め、本から目を離さないシオンに釘付けとなる。
「あの時、手を握ってくれて」
「あ、あぁ、あの時か……別に俺はただ……」
「だから、お礼」
シオンが指差した先にあったのは、あのプラモデル。
「あれの名前、一緒に考えよ?」
コバルトグリーンの瞳に見つめられ、クレアの心は揺らめく。
血の繋がりは薄いかもしれない。だが彼女は、シオンは、自分にとって妹の様に大切な存在なのだと。頭ではなく、もっと別の深い場所で理解した。
「……うん。お願い」
「ん。隣り、いいよ」
程なくして、プラモデルのEAには新たな名が与えられた。
ゼロ・フューチャー。原点から久遠の時を経て築かれていく、未来という名前が。




