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後編③ 理想郷は何処に

 

「…………」

「シ、シオンちゃん……どうかしたの、お外ばっかり見て」

 エルシディアが目覚めたのも束の間、再び眠ってしまってから、シオンは2人の呼びかけにも答えず外を見ていた。

 エリスとツキミも窓から外を見るが、空は変わらず群青の渦がアンブロシアツリーに吸い込まれる神秘的な光景があるのみ。

「どうしちゃったのかな……」

「心配ないわ」

「えっ……?」

 エリスとツキミの横を通り過ぎ、シオンの隣に立つ人物。彼女が屈むと、それまで無言だったシオンが口を開いた。

「エリーザ……お姉さん……」

「綺麗だよね、あの光。目が離せないよね」

「……ん。でも、怖い……」

「そう。あれはとても怖い光。……でも、シオンちゃんとクレアだけは、知っていて欲しい」


 更にエリスとツキミの間をクレアが通り過ぎる。振り返り、2人へ深くお辞儀をして。


「あの光は、過去からの願い。その願いを未来に繋ぐかどうかは、これからのあなた達が決めるのよ」


 彼女の言葉は、かつてEAという願いの欠片に乗っていたエリスやツキミにも理解出来た。

 シオンも言葉は理解出来ずとも、その思いは感じ取ったのだろう。再び空に目を移す。


 不安、恐怖、好奇心、安心。幼い心には無数の蠢く感情を受け入れ難く、涙が浮かぶ。

「大丈夫」

 小さな手が、それよりもほんの少し大きな、小さい手に包まれる。いつもならば驚き、反射的に手を引っ込めただろう。しかし今のクレアの手は自分の父親と同じ温かさを含んでいた。

 シオンはクレアの手を、そっと握り返した。



 王が抜いた聖剣は、邪竜が放つ結晶の群れを一薙ぎで消滅させていく。その度に聖剣は長さ、厚さ、硬度を増し、より多くの結晶を吸収していく。

「何が起きてやがる……一体、何が起きてんだよぉ!?」

「もうそのEAはお前の手には負えない。こんな結末、迎えたくなんかなかったが……」

「はっ、何勝った気でいやがる!! そんな棒っきれ1本でEAを ──」

 アクトニウムの刃に紛れ、デスワームの爪が襲い掛かる。しかしアルトリウスが聖剣を振るうと切断、塵と化した。ここまではヴァランにも予想がついている。アクトニウムはまだ大量にあるのだから新たに作り直せばいい。

 だがヴァランの計画は崩れることとなる。切断された腕に再びアクトニウムが集う事はなかったのだ。

「っ!! 再生が出来ねぇ!? ぅぐぇあっ!!?」

 デスワームの胸部が切り裂かれる。分厚く積み重なったアクトニウムですら聖剣の刃を受け止めきれず、コクピットの中が露わとなった。

 ヴァランの体は結晶に覆い尽くされ、目から上のみが辛うじて確認出来る。血走った眼球は、アルトリウス越しにビャクヤを睨みつける。

「そんなに強いのに……なんで戦いを拒むんだ……? なんで世界を変えようとしねぇんだ…………」

「世界を変えるのはお前でも、俺でも、戦争でもない。これからを紡いでいくのは、戦いのない世界で生きる人達だ」


 言葉と共に振り下ろされる聖剣。白銀と蒼炎に彩られた騎士王の威光を前に、ヴァランは笑顔ではなく、怨念と憎悪を込めた視線を返した。



「何が平和だ……地獄に、堕ちろ、偽善者…………!!」



 聖剣はデスワームの頭から胴体を両断。残骸は四散することなく、少しずつその身を天へ還していく。

 立ち尽くすアルトリウスは怒りを鎮めるように蒼炎を吐くのをやめ、項垂れた。オーバーヒートを起こし、動けなくなったのだ。しかしその姿は、あらゆる命を無差別に喰らった竜に対し黙祷を捧げているようだった。

「……おい、テストパイロット」

 通信機から聞こえた声は、戦争が終わった後に知り合った人物のもの。振り返ると、ヴォイドガルッフが立っていた。

「終わったのか?」

「あぁ……まぁ、ね」

「機体がそんなんじゃ帰るまでに日が暮れる。乗りなよ」

 アルトリウスを自動操縦へ変更、目的地を地下の格納庫へ設定する。差し出されたマニピュレータに移り、コクピットに乗り込んだ。

「しかし、本当に単機でEAを倒すなんて。さすが、元アルギネアのエース」

「そんなんじゃない。ただ、あいつの相手は誰にも譲りたくなかった」

「……意外と頑固なんだ。いつもへら~っと笑ってるだけだと思ってた」

「君はもっと笑ってもいいと思う。怖い顔してるのはもったいないよ」

 ビャクヤの顔はフブキが見慣れた、いつもの笑顔に戻っていた。憎たらしいとは感じつつも、ティノンから聞いていた通り嫌いにはなれない顔だった。

 同時にそれが、彼の心からの笑みではないことも気付いている。

「お前こそな。どんなにカスみたいな希望しかない世界でも、笑ってなきゃ平和は来ない」

「笑ってなきゃ、平和は来ない……か」

「形だけの笑いじゃない。戦いで笑うやつは、心が笑っていない。お前ならもう分かってるんじゃないか、テストパイロット?」

「……そうだね。でも僕は……戦うことから、離れられない。きっとこれからも……」

「でもガキと嫁の前じゃ、ちゃんと笑えてる。だったらそれで十分だろ。戦いでどれだけ汚れようが、本当の笑顔が守れるなら」

 彼女の言葉にビャクヤは目を丸くした。自身でも似合わないと分かっているのか、誤魔化す様にフブキはそっぽを向く。重い、しかし重圧から解放されたような息をビャクヤは吐いた。

「確かに、君の言う通りだ」

「はぁ……話し疲れた。大将潰した報告はお前が入れろ。いくら一般人殺した外道共でも降伏はする」

「了解です、隊長殿」

「ちっ……」

 やはりこの男は苦手だ。フブキは事実を再認識し、操縦へ専念するのだった。



「…………そうか」

 通信を切ったティノン。ラックへ向き直り、今先ほど届いた真実を伝えた。

「EA及びそのパイロットを排除。アクトニウムミサイルは機能の一切を停止。ここまで言えば分かるな?」

「……まだだ、まだ俺達は…………」

「ここまで諦めが悪いと、むしろ褒められるべきだな。対談……と言っていいかは分かりませんが、これで終わりだ」

 ナドーは心底呆れた様な口調で笑い、自身の通信機を繋ぐ。外で待機させていた兵士を呼び、ラックを取り押さえる為に。

「もう仲間の大半は降伏している。投降しろ。お前達の罪は許されるものじゃないが、それでも生涯をかけて償うべきだ」

「お前達に俺達を裁く権利があるのか」

「ある訳がない。お前達を裁くのは法だ。戦争の最低限のルールすら破った罰を受けろ」

「…………そうだな」

 ラックの手がポケットに入る。その妙な動きに目が行ったナドーは、直後目を見開いた。

 現れた銃口が、ティノンの眉間に向けられる。


「ならお前も罰を受けるべきだ!!!」


 空気が炸裂する。宙を血飛沫が舞う。ティノンを助けようと銃の引き金を引こうとしていたナドーは、信じられない光景を目の当たりにして呆然とする。

「ぁ……!?」

 ラックの銃は絨毯に落ち、遅れて彼の人差し指が落下。半ばから切断された指に視線が行くが、自分の身に起きた出来事を何一つ理解出来なかった。

 ティノンの手に握られた銃。金属の口から吐く煙と、ティノンの口から吐く電子タバコの煙が交差する。

「足りなかったな」

「っ…………!!!」

 完全な敗北。それを味わったラックは痛みによる絶叫を上げることすら出来ない。部屋に現れた兵士に連行されている間も、ラックの視線は何処を見ているのか分からなかった。


「分かっていたのですか、あの男が銃を抜くことを」

「少しは貴方を信じていた方が良かったですか? あの距離なら貴方が撃つより早かったので」

「…………申し訳ない。何の力にもなれなかった」

「こんな事の為に力を貸して欲しくなんてありません。貴方には貴方の出来る事がある。それにさえ協力してくれれば」

 部屋を去り行くティノンの後を、ナドーは急いで追う。自分達の本当の仕事はこれからなのだ。



 デスワームが撃破されて間もなく、降伏勧告が出され、反政府側のほとんどが降伏。一部抵抗を見せた機体も間もなく殲滅された。政府軍側の損害は小さくなかったが、EAを相手にしたと考えるとマシなのだろうと皆が考えていた。

「あー、後片付けだりー!」

「機体ぶっ壊したんだからそれくらいやれ」

「そーよそーよ。へたっぴパイロットのリコべーちゃん、クスクス」

「ほんとありえない。ドールジン使って負けるとか」

「こんの……バッタ女どもがぁ!!」

「……」

 仕事の中で早速取っ組み合いを始める部下を見て、フブキは煙草を思い切り吹かした。リコべーのドールジンは爆発四散したものの、特殊部隊に目立った被害はなかった。彼女達の活躍も少しは讃えなければならないのかもしれない。

「ふぅ……なぁ。少しは変われたと思うか?」

 群青の渦の中に問う。


 返答はなかった。だがそれでいい。いつか自分がそこへ行ったときに答えてくれれば。


「精々長生きして土産話増やしておくよ。……だからしばらく待っててくれ、シュラン」



 病院の中を走るなど許される行為ではない。しかし彼にはどうしても行かなければならない場所がある。

「何をしているんです!? 怪我人なんだから安静に……!!」

「いらないです!! 他の人にベッドを譲ってください!」

 自身の怪我も、本来なら早急に行わなければならない報告も後回しにして。少しでいい、一目でいい、一言だけでいい。会いたい人達がいる。

「あ、ビャクヤさん! 今エルシディアさんが……」

「ごめんツキミちゃんあとでまたお礼するから!!」

「ぷぇっ!!?」

 ビャクヤはツキミにぶつからず躱したのだが、驚いた彼女はよろめいて壁に頭を強打。目を回すのだった。


 扉が開かれる。駆けだそうとしたところで、目の前からしがみついてきた小さな影に阻まれた。

「あ……」

「遅い……パパの馬鹿……遅いよ……!」

「そんなこと言わない。パパだって急いで帰ってきたんだから」

 何を投げ出してでも聞きたかった2人の声がビャクヤの耳で重なる。思わず溢しかけた涙を押さえ、ビャクヤは愛する娘を抱きかかえた。

 そして、目を覚ましていたもう一人の愛する人の元へ。

「お仕事お疲れ様」

「……」

 普段よりも更に小さく、掠れてしまった声。娘を間に挟み、華奢な妻の体を抱きしめた。


「「おかえりなさい」」

「ただいま」


 ビャクヤが浮かべた笑顔は本物だった。



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