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前編① 望みし平和の日々

※本作は前作「Ambrosia Knight 〜 遠き日の約束 〜」の後日談にあたる作品となっております。登場人物や設定の解説は省いておりますので、前作をお読みいただけるとよりお楽しみいただけるかと思います。


 ハッピーバースデートゥユー


 ハッピーバースデートゥユー


 ハッピーバースデーディア…………



 歌い終わると同時にケーキが踏み潰される。飛び散ったクリーム、崩れたスポンジ、潰れる苺。これから世界はこのケーキのようになる。


 生誕を祝う歌は終わった。


「ハッピーバースデー平和。そして醜く死ね、平和。次に生まれるのは戦争だ」

 自らの腕に彫られた、髑髏を住処とする蛇を指先で撫でる。側にあった箱から、黒い砂のような物を掬い上げる。

 弾薬ガンパウダー。香ばしい香り、甘い舌触り、突き刺すような苦味。ただただ甘さしかないケーキよりも好ましかった。

 自分達を従えていた頭目の男は8年前に失踪。残った仲間達は片手で数えるほどしか残らず、機動兵器を使うどころか維持することすら出来なかった。出来ることといえば戦地跡からガラクタを掘り出し、同業者に使えるものを子供の駄賃程の金に変えること。


 だが唯一の食い扶持だった戦争も終結。銃と機動兵器の使い方しかまともに知らなかった傭兵達にとって、自由で平和な世界はゆっくり首を絞めてくる悪魔と化した。

 各地で小規模なテロを起こしても、政府軍にすぐさま踏み潰される。仲間や同業者の拠点を吐かされ、また潰される。奴等は武力で世界を変えようとする反乱分子を根絶やしにしようとしているのだ。

「大したものだ。力や暴力に訴えるしかない弱者を、力と暴力で捩じ伏せる、それが平和というわけか」

 だが考え方は理解出来る。共感も出来る。


 だから、彼は力と暴力で世界に再び戦争をもたらそうとしている。その為にこの8年間、あらゆる準備を進めてきたのだ。

 これから作戦開始に向けての演説を行う。士気を高める為のものだ、立派なスピーチ原稿など必要ない。


 血が染み付いた白髪を搔きあげ、男は愛銃で夜空を撃ち抜いた。


「開戦だ」






 ── 戦争終結より8年後 ──



「ゼナ大尉、月末に行われる一般公開軍事演習の資料が出来ました。確認のほどよろしくお願いいたします」

「分かりました」

 資料の山がもう一つ増える。目眩がしそうになるが堪え、退出するまで待つ。

 部屋を出て行き、足音が遠のいた事を確認する。ゼナの口から重い溜息が吐き出された。

「資料の確認、判子、資料の確認、判子……ぁぁぁ……」

 決して仕事が遅い訳ではない。これ以外にもやらねばならない事が山程ある。この後は自分の部隊の指導があり、先程の一般公開軍事演習の打ち合わせ、新型機の視察が控えている。

 だが前任者だったティノンは戦争の最中、この激務をこなしていたのだ。彼女の立場を引き継いだ以上、それに劣った働きなど出来ない。

 机の写真に目を移す。1年程前に旅行へ行った時の写真だ。ゼナ、ティノン、エリス、ツキミ、エルシディアの姿が写っている。少し画面がぶれているのは、エルシディアの娘であるシオンが一生懸命に撮った為である。


「楽しかった……はぁ、可愛かったなぁ、シオンちゃん」


 などと思い出に逃避していると、扉がノックされる。慌てて居住まいを正すと、来客を迎え入れる。

「どうぞ」

「失礼致します、隊長」

 部屋を訪れたのは、若い青年だった。短く揃えたダークグリーンの髪、真面目さを感じさせる目。

 ライス・ビルマスタッツ。現在ゼナの隊で副隊長を務める男性である。かつてはアルギネア軍に所属しており、あの戦争を生き抜いた数少ない兵の1人でもある。

「一般公開軍事演習の打ち合わせの報せは届いていますでしょうか?」

「はい。この後でしたね」

「自分も出席いたします。それと今回の打ち合わせなのですが」

 ここで、ライスは小さく笑う。

「ティノン・ハスト殿もいらっしゃるそうです」

「……あの、中尉? それはわざわざ報告する必要が?」

「重要です、はい。何せ今回の軍事演習にて、我が軍の新型も公開予定ですので」

「はぁ。何か他意がある気がしてならないのですが」

 過度な追及は逆に自分の墓穴を掘りかねない。ゼナはさっさと話を打ち切り、ライスと共に部屋を出る。


 戦争終結より8年。ここ新政府軍の本拠地は、かつてアルギネアの首都ロンギールだった場所に存在している。ゼナの隣を過ぎていく者達は故郷が違う。アルギネア、グシオス、グリモアール。昔は殺し合った敵達と、今はこうして共に平和を維持する為に動いている。


 と、ここで真正面から近づいて来る影。煙草の煙に皆の目が集まっているのを見て気がついた。

「フブキ……特殊部隊長」

「ん? おう」

 片手を上げ、彼女はそのまま通り過ぎようとする。

「禁煙ですよ」

「っせーな、1本くらい良いだろ」

「ここにいる間くらい軍規を守って下さい」

 その時、フブキの傍にいた少女がゼナの胸ぐらに掴みかかる。

 紫色の髪を雑に一つに纏め、眼帯を右目にかけている。左目は空色、破れた軍服から覗く手や足には蜥蜴の刺繍が彫られている。

「お前、いっつも姐さんに喧嘩売りやがって!」

「リコベー准尉、別に喧嘩は売っていません。落ち着きなさい」

「なぁにが落ち着けだ! すました顔しやがって……いた、いたた!?」

 と、ここでフブキに髪を引っ張られ、無理やり引き戻される。

「悪い、ちゃんと躾し直しておくわ」

「いや、指導もですが煙草……」

「じゃーな」

 フブキは早々に話を打ち切り、リコベーを引っ張って行ってしまった。彼女らが通って来た通路は煙だらけ。通りがかる者達は皆複雑な表情だった。

「はぁ……」

「特殊部隊にはあまり関わらない方が賢明かと。我々とは指揮系統が違いますので」

「分かっています。ただ言うべき事は言わねばと」

 僅かに振り返り、フブキを見る。指揮系統は違うかもしれない。しかし自分と彼女は、同じ背を追いかけている。

 そして、まだ追いつけていない事も同じだ。



 数十分後、少し狭い会議室に全員が集まる。

「これで、全員でしょうか?」

 ゼナは改めて、今回の会議に集まった人物達を確認する。

 まず1人目、名をナドー・セノア。黒髪で左目を隠した男性で、元はグシオスの兵器会社、セノア社の次期社長と噂されている人物である。濃紺色のスーツに黒のネクタイという至って普通の服装だが、鋭い碧眼と微笑が同居した顔から、只者ではない事が分かる。

 2人目、アブレッジ・ヘング。共和国連邦と名を変えた政府の大統領である。旧アルギネア、グシオスの大統領は既に辞任し、両国の国民に選挙によって選ばれた人物。何でも25年前の戦争にも参加していたらしい。ゼナも数度会話をした事があったが、その時は優しい壮年男性、といった雰囲気であった。

 3人目、ティノン・ハスト。現在の兵器開発会社、「セノア・ハスト」所属、政府軍と会社間の交渉、経営を行なっている女性である。彼女は戦争時代、ゼナの所属する部隊の隊長だった。今もなお尊敬している人物である。

 4人目は自分、ゼナ・マディオン。この場にいる人物としては些か不釣り合いだが、これでもそれなりに功績は上げてきたつもりではある。

「さて、この4人で来月の一般公開軍事演習について打ち合わせをするわけですが……」

 大統領から切り出した。

「えー、ティノンさん、ナドーさん、あなた方が開発した新型もこの場で公開したいとの話でしたが」

「はい。残りも最終稼働試験だけです。必ず間に合うかと」

 ティノンが淡々と進捗を伝えると、ナドーが何処か誇らしげに追記する。

「性能は現在軍で運用されているガルッフの1.2倍程と出ています。セノアとハストの力が合わされば、それくらいは容易いですが」

「ただ量産に際して、何処かしらをコストダウンする可能性があります。正式な資料は後日送付いたしますが、あまり過度な期待はなさらないで下さい」

 しかしティノンは冷静に返す。これは大統領だけでなく、ナドーを諫めている様に聞こえた。それを察したのか、ナドーは苦笑いで誤魔化す。

「あなた方には全幅の信頼を寄せていますので別に心配は。問題は……」

 大統領の視線がゼナの方を向いた。

「はい。現在テロ活動を行っている集団は、昨年に比べて2割減少しています。しかし……」

「やはり何か、懸念事項が?」

「特殊部隊からの報告ですと、最近では様々な集団が合流し始めているそうです。テロリストを尋問して得た情報との事で、信憑性はあまりありませんが……」

「留意事項に入れておこう。当日は警備面も強化せねばならんな」

 大統領は戦争を経験している。どんなに小さな事でも引っかかるのだろう。


 軍事演習についての議論が進んでいく中、ティノンは妙な胸騒ぎがしていた。

(つい昨日、アルトリウスのアップデートがあったが……何かの前兆を感じたわけじゃ、ないよな)

 彼は妙に勘が鋭い。こんな時に当たって欲しくはないものだ。





「おぉい、生きてるか……?」

「死にそうになってるの、ベレッタだけだよ」

「あーはいはい、そうすか……」

 地下深くに造られた機体保管室。そこは開発段階の機動兵器や、廃棄を待つ試作機が眠る場所。

 同時にここは、王が眠る場所でもある。その王様の新たな装備のテストが昨日、ようやく終了したのである。そして恨み言を呟く整備士は、妻に付き合わされて5日程の徹夜をしていた。

「ノルンは元気なのにね。整備が終わったら子供達の面倒見て、仕事して」

「お前も似たようなもんだろ……」

「でもそっちは2人じゃないか。少しやんちゃだし」

「お前んとこみたいに大人しけりゃ、俺もこんなじゃなかったかなー」

 座り込むベレッタ。だがすぐに次の仕事がやって来る。

「お父ちゃん! 玩具が壊れた!!」

「お父ちゃん! お人形が、お人形が!!」

「見つかった!」

 ベレッタがそのから離れると同時に、それを追いかけていく幼い男の子と女の子が通り過ぎる。名前はアンセットとミカ。どちらも甘え盛り遊び盛りな歳である。

 そして、

「あれ? すみません、アンセットとミカ知りません?」

「ベレッタを追いかけ回してるよ」

「また……もう子供が4人いるみたいなもんですよこれじゃ」

 すっかり母親の雰囲気を醸し出しているノルン。背には今年産まれた3人目の赤ん坊が静かに眠っている。

「もうすっかりお母さんだ」

「貴方のお嫁さんが綺麗すぎるだけですー。本当に子持ち妻なんですか?」

 問いに対して、左薬指の指輪を見せて答える。ノルンは小さく笑い、子供達に追い回されるベレッタに目を向ける。

「あーあ、貴方と結婚するべきだったかなー? あーんな頼りない旦那に嫁ぐくらいだったら」

「子供が3人もいてそれは流石に白々しい」

「それこそ、そっちがまだ子供1人しかいない事の方が信じられません。奥さんは欲しがらないんです?」

「…………」

 突然黙り込んでしまった。その顔には苦笑いが仮面のように張り付いていた。

「あー……こりゃ隙あらば絞られてるって感じです?」

「僕もう定時だから帰るね」

「図星だった」

 慌てて立ち上がり、格納庫を去ろうとする。ノルンはそれ以上聞かないでやることにした。

「そうそう、忘れる所でした」

 忘れかけていた一言を贈って。


「今度の一般公開軍事演習、奥さんと娘さん呼んであげて下さいね、ビャクヤさん!」

「はいはい」


 少しだけ振り返ったビャクヤは、手を振って別れを告げた。




「ただいま」

 家の扉を開くと、ビャクヤを出迎える様に玄関に光がついた。遅れて小さな声が迎える。

「…………おかえり」

 本を抱えたシオン。顔は相変わらず無表情だが、小さく身体が上下しているのは嬉しがっている証だ。

 流石に抱き上げられるのは恥ずかしがる歳なので、ビャクヤは頭を優しく撫でる。

「ママは?」

「寝てる。机で」

「うーん……またか」

「シオンはちゃんと、ベッドで寝てって言った」

「流石。困ったママだ」

 リビングを覗くと、案の定パソコンを開いたまま机で突っ伏して寝ている姿が。

「エル、エル、ここで寝たら身体痛めるよ」

「…………んん、ん?」

 ビャクヤが肩を揺らすと、閉じられていた目蓋に隙間が出来る。大きく伸びをすると、寝ぼけているのか首を右左に動かす。

「今、何時……? え、ビャクヤ、いつ帰ったの?」

「今は午後6時。で、さっき帰って来た。ただいま」

「6時……6……っ!?」

 エルシディアは息を呑んだかと思うと、血の気が引き始めた。

「ご飯支度……!! シオン、4時にママを起こしてって……!」

「起こしたけど、また寝ちゃってたもん」

「またそんな事言って……! 急いで作るから、シオンも手伝ってね!」

「えー、パパいるんだから、パパに作って欲しい。ママいつもカレーかお鍋しか作らないし」

 頬を膨らませながら火花を散らす妻と娘。似ているからなのか、最近はこうしてライバル意識を持ち初めている。

「じゃあパパとママで作ろうか」

「う、ん。それだったら」

「ならシオンも手伝う」

「……」

 またしても火花が。何故か修羅場の渦中に立っている様で、ビャクヤは冷や汗が止まらなかった。


 しかしその後は夕食、入浴を済ませるまで穏便に進み、

「シオン、おやすみなさい」

「…………」

「……はいはい」

 ビャクヤのハグとエルシディアのキスを受け取り、シオンはようやく寝室へ向かった。

 夫婦2人きり。これからは大人同士の大切な話が待っている。

「エル、今度の一般公開軍事演習なんだけど……ん?」

 話を切り出したビャクヤをソファーに連行すると座らせ、エルシディアは自分の手を絡め始めた。

 始まった。ビャクヤは内心戦慄しながら話を続けた。

「エルとシオンも来て欲しいってさ。来週なんだけど、大丈夫?」

「うん」

「僕は新型機で演習出なきゃならないから、一緒には行けない。シオンの事、お願い」

「うん」

「…………本当に聞いてる?」

「聞いてる」

 そうは言いながらも、エルシディアの手は徐々にビャクヤの身体へ迫っている。

「そういえば締め切りは……」

「今日原稿を送って、お昼に受領のメールが来た。しばらくはフリー」

「ふ、ふーん……頑張ったね?」

「どうしてだと思う?」

 口元に浮かぶ小さな笑み。普段なら愛おしくて堪らないのだが、時間と雰囲気が恐怖心を煽るものへと変えている。

「僕、徹夜続きで眠いからもう……」

 そう言いかけた時には既に遅かった。身体に細い腕が巻かれ、全体重を掛けられてソファへ倒されてしまう。

「シオンがね、欲しいって」

「…………何を?」

「弟か、妹」

「何でまた……」

「クレア君がお兄さんっぽいから、きっと憧れてるんだと思う。甘え盛りはそろそろ卒業しちゃうかも」

「でも急ぐ必要もな、〜っ!?」

 問答無用、と言わんばかりに塞がれてしまう唇。小説家になった今は戦いとは無縁な彼女だが、それでも容易に押し返されないような抱きつき方は常人には出来ないだろう。

 毎度家へ帰る度に求められては、シオンに弟か妹が出来るのも時間の問題だ。しかしビャクヤには抵抗する術は無い。

 愛する妻の猛攻を、耐え忍ぶしかない。

「誰か助けてぇぇぇ……」



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