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3. 姉妹

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「フィーナ、こっちはもう終わったよ?」


「もうちょっと待ってて。こっちもすぐ終わるから」


 フィーナと呼びかけられたその少女は振り向いて答えると、胸元まで伸びた金色の髪を頭の後ろで結んだ。


 彼女の着ている服はくすんだ色をしていた。少女の透き通るような白い肌と対比すると、一層くすんで見える。質の悪そうな素材だ。


 作りも簡素で、まるで麻袋に首と両腕を通す穴を三つ開けただけ…………そんな代物だ。胸元に赤い糸で刺繍がされている以外に装飾らしいものも無い。

 腰には皮で出来た紐を結んで帯にしている。


 彼女は束ねられた草を解き、地面に放り投げた。そのたびに、質素な服の下にある豊かな胸がみずみずしく揺れた。


 全ての草を地面に放り投げると、メスの一角鹿が鼻息荒くついばみ始める。金髪の少女はその様子を微笑みながら見つめ、鼻先を優しく撫でた。


「ねぇ! ナナト様に早く行こ」


「ちょっと、エリン! 待って」


 彼女は腕を引っ張る相手を抑えて、立ち止まらせる。


「エリン、こっち向いて」


 胸を揺らしながら、しゃがみこむと、薄い水色の髪をした少女の顔を見つめた。

 額に巻いたバンダナが緩み、真っ白い耳が片方だけ髪の外に大きく飛び出している。

 バンダナを解くと両耳を左右に引っ張った。


「痛ッ! イテテ…………」


「エリン! こんなに耳を出してたら、人間に見つかって食べられちゃうよ!?」


 二人はこの森で暮らすエルフの姉妹だった。


 金髪のエルフの少女は妹のバンダナを結び直すと、その中に大きな耳を収めてやった。ついでに裾や肩の部分を引っ張り、服も整える。

 エリンと呼ばれた少女も、金髪の少女フィーナと同じような服装をしていた。


「ねぇ、フィーナ。ニンゲンは本当にエルフを食べるの?」


「本当だよ」


 金色髪のエルフは真剣な顔をして答える。


「じゃぁ、他の物は食べないの? 魚とか?」


「えっと、それは食べない……かな? 多分だけど…………」


「え~!? あんなに美味しいのに食べないんだ!」


「ウ~ン……実は私もよくわからない。今度リダさんに聞いてみて!」


 会話をしながら、少女達は森の中を歩いた。


「やっと着いた!」


 水色髪の少女は元気よく言った。


 少女達が登った高台の上には小さな石像がいくつか並んでいた。中央の一体の周りを、その他の石像が囲んでいるような格好だ。石像はそれほど精巧なものではなく、大きさは腰ほどの高さしかない。

 なかなかの年代物らしく、どの像にも結構な量の苔が生えていた。特に中央の像の肩にはこんもりとした緑色の苔、頭は黒カビだらけだ。


 二人は道中で摘んだ花を、中央の像に供えると跪いた。胸の前で手を組み、膝立ちになった姿勢で水色髪の少女は隣の姉に語りかける。


「十日間、毎日お供えをすれば願いが一つ叶うんだよ?」


「え!? そんなこと誰に……」


 金色髪の少女は「誰に聞いたの?」という言葉を飲み込んだ。妹に教えたのはおそらく自分だったからだ。

 もし十日間、毎日供え物をすれば願いが叶う……本当に叶ったらいいのに…………そんな想いから彼女が作り上げた話だった。


 少女は思い出す……………………


 私も…………エリンぐらいの歳の頃、毎日のように花を供えに来た…………でもあの時は…………




「オッドさん、ナナト様の所に行こ!」


「え? 今日も? ナナト様って…………あの石像のことだろう?」


 白髪混じりの初老の女は顔をしかめた。


「しょうがないね。でも…………ちょっと待ってて」


 初老の女はそう言うと、目の前で横になっている金髪の女の襟を開き胸に手をかざした。手元でオレンジ色の光が弱々しく明滅する。


「あれ? 今日は随分と光が弱いね。ゴメン、もう一度やるから…………」


 金髪の女は襟元を正すと、体を起こした。


「オッド、大丈夫……随分楽になったわ。今日はこれで大丈夫だから…………」


「ホント? でも余り無理しない方がいいよ。今日はずっと横になっておいた方がいいかもね」


「ありがとう…………でも、大丈夫!」


 金髪の女は立ち上がった。


「さぁ、フィーナ! ナナト様の所に行きましょうか?」


「チョット……アンタは休んどきなよ。私が行くから…………」


 初老の女は心配そうな顔で金髪の女を見上げた。


「たまには外の空気も吸いたいし。だから…………エリンを暫く見ておいもらえる?」


 視線の先には水色髪の少女が寝息を立てている。


「それはいいけど…………あまり無理はするんじゃないよ?」


「わかってる。じゃあ、お願いね」


 金色髪のエルフの親子は手を繋いで家を出て行った。



「ねぇ、フィーナ? ここ最近、毎日ナナト様の所に行ってるでしょ?」


「うん、そうだよ。今日で九日目……かな」


「ええ!? こんな所まで何で毎日来てるの?」


 親子の目にも、高台の上に並ぶ石像の影が見えてきた。


「十日間、毎日ナナト様にお供えすれば、願いが一つ叶うの」


 金色髪の少女は路傍に咲く花を一輪摘んだ。


「そんなこと、誰に聞いたの?」


「え!? 誰からも聞いてない…………自分で決めたの」


 目的地に着くと少女は早速、石像の前に花を供えて、跪いた。彼女は童顔で年齢より更に幼く見えるのだが、その真剣な顔はどこか大人びていた。

 母親は気付かないうちに随分と成長した娘を嬉しく思っているのか優しい表情で少女の横顔を見つめる。


「何をお願いしてるの?」


「え? …………病気が……お母さんの病気が早く良くなりますようにって……」


 少女は恥ずかしそうに言った。


「フフ……ありがとう。じゃあ、私もナナト様にお願いしようかな」


 母親のエルフは膝立ちの姿勢になると、胸の前で手を組んだ。しかし…………


「お母さん!…………大丈夫?」


「大丈夫、少しフラッとしただけ…………」


 少女は母親の体を支えるように抱きかかえた。


「もう…………はぁはぁ、大丈夫だから…………」


 答えるが、かなり息苦しそうだ。少女は心配しながらも母親の体を起こした。


「はぁはぁ……十日間か…………私には無理かもね…………」


「そんな事、言わないで! すぐ良くなるからッ!」


 女は娘の抗議を微笑んで聞くと、脇に差したナイフを抜いた。


「え!?…………どうしたの?」


 女は背中まで伸びていた自分の長い髪を、掴むと躊躇い無く刃を入れた。ザクリという音とともに金色の美しい髪を切り落とす。

 そして…………それを像の前に供えた。


「はぁ、はぁ……私は…………もう、ここに来る事が出来ないだろうから…………花をお供えするだけじゃナナト様もお願いを聞いてくれないでしょ?」


 そこまで言うと、手から力が抜けたのかナイフが地面に落ちる。


「お母さん!」


 再度、体勢を崩したため娘が体を抱きかかえた。


「大丈夫!? ねぇ! しっかりして!」


 少女は自分の膝の上に母親の頭を乗せ横にさせた。母親の目は焦点が合っていなかった。


「ナナト…………我ら亡郷の民を……はぁはぁ……森の恵に導きしナナト様…………私の金色の髪、気に入って貰えましたか?」


 やがて…………彼女の目から少しずつ光が失われて行く。


「何の取り柄も無い私ですけど……唯一の自慢なんです…………美しい髪でしょう?」


「お母さん…………ねぇ! ねぇっ! しっかりして!!」


 静かな森の中に少女の悲痛な声が響き渡った。


「私の願いを……どうか、私の一番大切なものを…………娘達をずっと守って…………」


「お母さん! お母さん!! 目を開けて! ねぇ! お母さん!!」




 悲しみの記憶は色褪せることなく、少女の脳裏にべったりとこびり付いていた。当時となんら変化の無い素朴な石像の顔を眺める度に、思い出が鮮明に蘇るのだった。


 金色髪の少女は悲しみが湧きあがるのを止めるように、固く目をつむった。そして…………霧深い森に囲まれた高台の上で……額を地面につけ、石像に祈る。


「……我ら亡郷の民を森の恵に導きしナナトよ…………どうか、私たち姉妹をお守りください」

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