2. 白雲の森
1/3 誤字等修正
霧で霞み、森がどこまで続いているのか全く分からない。うっすらと遥か先に見える稜線…………あそこまで、いや…………あのずっと先も森が続いているんだろうか?
全貌が掴めずに想像が膨らむ。白雲の森はとても広大で、神秘的だった。ここまで来た甲斐があったというものだ。
「立ち入り禁止」「引き返せ」等の看板が景観の邪魔ではあるが…………。
木の板が転がっていたので、座布団代わりにして腰を下ろす。荷物も下ろし、バルの葉の包みを取り出した。
包みにはイモと一緒に甘辛く煮た一角鹿の肉も入っていた。
一角鹿は王国全土に広く生息し、家畜化もされている人間にとって身近な動物だ。
その名の通り、オスの額には大きな一本の鋭い角が生えていて、時には人を襲う事もあった。だが、非常に有用な動物でもある。
その角、毛皮、それに肉…………。
一角鹿の肉を口の中に放り込む。奥歯で噛むと、中からじんわりと脂が染み出してきた。臭みがなく、美味い。イモは塩も振っていない全くの無味だったが、濃いめの味付けの鹿肉とよく合った。
「ハ~ッ!! 美味ぇ~!!」
そんなわけで食はドンドン進み…………あっと言う間に食べ終わってしまった。満腹になると壮大な景色を見渡して、しばしまどろんだ。
「だけど、あんまりゆっくりもしてられないか!」
立ちあがると、座布団代わりにしていた木片を何気なく足で裏返す。木の板には文字が書かれていた。
”絶対に下に”
看板の切れ端だったようだ。その後は何て書いてあったんだろう?
「絶対に下に…………降りろ……かな?」
そう呟くと、俺は眼下に広がる白雲の森へと降りて行った。
降りるのは登るのに比べれば随分と楽だった。降りるというより、時々落下もしたが…………。
上で見た際は壮大で美しかった白雲の森も降りてみれば何の変哲もない森だった。確かに霧は濃いのだが、神秘的でも、かと言って不気味でもない。
ただ、近隣の村の人間も冒険者も寄せ付けないということは貴重な薬草等が手付かずで残っている事が期待できる。しかもかなり広大だ。
「奥に行きすぎるのは危険だけど…………」
時々は周囲の地形を観察し、引き返す時に目印になりそうな特徴的な形の岩、希少種の木などを覚えておく。
探索するとすぐに高価、もしくは有用な野草、薬草が見つかった。次々と採取していく。
俺は冒険者の中でもかなり野草、薬草に関する知識がある方だ。こういった知識が、独りで冒険者稼業をやっている俺の生命線なのだ。
「豊作、豊作! この野草はうまいぞ~!」
近くにある赤茶けた岩を上機嫌でペチペチと叩く。岩肌はつるつるとしていて、良い音が鳴った。
しかし…………しばらく採取を続けていると霧が随分と濃くなってきた。
「まずいな」
慌てて、戻ることにした。
「さっきペチペチした赤茶けた岩は………………あった!」
岩肌をバチバチと叩く。手触りが先ほどと少し違う気がする。だが、大きさや色からして往路でペチペチしたのと別の岩ということはないだろう。
だが…………どうした。いつまで経っても次の目印は現れない。方向は本当に合っているのだろうか。というか、さっきの岩は本当に往路にあった物と同じだったのか?
「ヤバい…………」
その間も霧はどんどん濃くなっていく。やがて視界のほぼ全部が白で覆われた。
噂通りと言うか、その名に違わずと言うか…………雲の中を歩いたらこんなかんじだろう。
暫くは暗闇の中を手探りするように進んでいたのだが、これ以上は危険と判断し、腰を下ろす。
そして…………膝を抱え、うつむいた。
「ううっ、グスッ………………なんてな」
勿論、泣き真似だ。ふざけるくらいの余裕はある。
俺は目の前に垂れ下がっていた木のツルを切った。切断面から水がポタポタと滴り落ちるのを口の中に入れた。
飲み水も問題ない。カバンの中には干した鹿肉等、保存食も十分だ。
正直言って、少し心をときめかせている自分もいる。何しろ…………迷子は俺の趣味なのだ。
※勝手にランキングに登録しています。
本作品を面白いと思った方は、ページ下部の『小説家になろう 勝手にランキングに投票』のクリックをお願いします。
クリックするだけで投票は終わります。(投票後は『勝手にランキング』に自動で移動します)