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1. はじまり

2020/1/3 誤字等修正

 その森のことを初めて聞いたのは、山の中にある小さな村の宿でだった。


「白雲の森に行くつもりじゃないだろう?」


 カウンターごしに問い掛けられた俺は夕食のスープをすすりながら、主人の顔を見上げた。


「ハクウンの森?」


「いや……知らないなら、いいんだ」


 宿屋の客室は二階にあり、一階は食堂になっていた。村には他に食事を出す店はない…………というよりも、店が他には雑貨屋くらいしか無かった。それだけ小さな村だ。


「ガハハハハハ!」

「おいおいおい! 何言ってんだお前は~!」


 大きな笑い声に首だけ後ろを振り返る。そこには何脚かテープルが並んでいて、村の男たち数組が騒ぎながら酒を楽しんでいた。


「うるさいだろ? 悪いね。酒を飲もうと思ったらこの村じゃ、ここに来るしかないんだ。だから村の若いのが集まって毎晩こんな調子さ」


 食堂に集まった男達は二十代から四十代、中には六十近く見える者もいた。だが年老いた宿屋の主人にすれば彼等も若者扱いのようだ。


「うるさいってほどじゃないかな。少なくとも不愉快ってことはない」


 普段の俺の夕食は、焚火の前で独り干し肉を齧るということが多い。聴こえてくるのは風が木々を揺らす音や、虫の声、獣の遠吠え――――

 人付き合いが煩わしくて単独ソロの冒険者をやっているが、時々寂しくなったり心細くなったりすることはある。


 こんな夕食もたまには良いもんだ。俺は目を閉じて、しばし男達の笑い声をぼんやりと聞いた。この喧騒がBGMとして心地良い。


「ところでお客さん……名前はヤマトさん? で良いんだっけ? 珍しい名前だけど、本名かい?」


「いや、少し前に占い師に言われたんだ…………ヤマトってのは前世で俺が住んでいた国の名前らしいんだけど……響きが気に入ってさ」


 俺が答えると、主人は人の良さそうな顔をやや歪めた。


「なに? そりゃインチキだな。そんな国の名前、聞いたこともない」


「よく当たるって評判だったんだけど…………まぁ、俺も本気で信じちゃいないさ」


 そうは言ったが…………最近、森の中で夜空を眺めながら、考える事があった。


 星空のもっと向こうには別の世界があって、前世の俺はそこに住んでいたんじゃないか…………

 だとしたら、ヤマトという国に住んでいた俺はどんなヤツだったんだろう。案外、前世の俺も今とあまり変わらかったのかも…………。

 黒髪の男で独りぼっちが好きな…………もしそんなヤツだったら面白い。


「お客さん、どうしたんだ? ボーっとして」


「いや、なんでもない。で、何の話だっけ?」


「何でこんな何も無い村まで来たんだ? って話さ。アンタ、なかなかの冒険者だろう?」


 主人の目に、俺は”なかなか”の冒険者に見えるらしい。


 俺は体格が特別良いわけではないので、腕っぷしが強そうには見えないだろう。ハッキリ言って自分でも自信がない。

 この王国では黒髪は珍しいので俺の頭は結構目立つのだが、それ以外にコレと言った外見的特徴は無かった。


「”なかなか”の冒険者に見えるかい? まぁ…………自分でも”そこそこ”の冒険者だとは思うけどね」


「若い割にはなかなか良い装備してるからさ。それにアンタ、ソロだろう?」


 この主人からすれば五十歳でも若者扱いになってしまいそうだが…………俺は自分でも、まだまだ若いと思っているし、なかなかの装備もしている。

 

 単独ソロの冒険者は利益を独占できる代わりに、その分危険だ。わざわざ独りでこの稼業をやるのは身の程知らずの無謀な者…………或いは身の程をわきまえた”なかなか”に優秀な者のどちらかになる。


「なるほどね」


 俺は後者というわけだ。腕っぷしには自信がないが、チョットした趣味(・・)のおかげで”なかなか”に稼いではいた。


「納得したかい? それで、何でこんな村に?」 


「ホントはアッサムに行くつもりだったんだけど…………」


「アッサム? アッサムなんてもっと東だろう? それにこんな山の中じゃない。お客さん相当な方向音痴だな!」


「まぁ、迷子は俺のチョットした趣味(・・)でね」


 そう言うと主人は呆れた顔をした…………が、しばしの沈黙の後にカウンターを挟んで俺達二人は笑い合った。


「ハハハハハッ! 迷子が趣味か! こりゃ参ったな」


 迷子が趣味(・・)なんて話は当然、冗談に聞こえるだうが…………実は結構本気だったりする。俺は道に迷うことも悪いことばかりじゃないと思っていた。

 

 迷い込んだ先で高価な薬草の群生地を見つけることもあったし、非常に珍しい鉱石を拾ったこともあった。

 

 勿論、何の成果も得られないこともあるのだが、どうせ独りだ…………誰かに咎められる事もない。そうやって俺は並みの冒険者より多くの収入を得ることが出来ていた。


 知らない町に辿り着き、知らない人に出会う。時には思いがけない話を聞いて、儲け話に繋がることもある。それが冒険者の醍醐味じゃないか? 俺は自然と真剣な顔になった。


「ところで親父さん、さっき言ってたよな。ハクウンの森って…………」


 宿屋の主人は顔を曇らせる。


「あぁ……迷子が趣味のアンタには天国みたいな所かもなぁ」


 そう言ってはぐらかそうとしたが…………俺の真剣な表情に気圧されたのか、主人はハクウンの森について渋々といった様子で語り始めた。


 そこは雲のように霧が立ち込める森らしい。濃霧に視界を奪われて、一度入ったら出られる保証はなく、誰も近付かないと言う。


「十年以上前だが…………」


 白髪の頭を撫でながら、主人は続けた。


 二人組の冒険者が止めるのも聞かず、森に入ったらしい。それから十日以上経って、冒険者達が北の林道で衰弱して倒れているのを見つけたそうだ。

 彼らは森をずっと、さ迷った挙句に一角鹿に襲われ…………一人は大怪我をしながらも何とか助かったが、もう一人は命を落とすことになったと言う。


「強引にでも止めてたらなぁ~……そう思うと寝付きが悪くてね」

 

 俺は少々、大袈裟なくらい顔を歪めて不満を露わにしたのだが……


「……だからどんなに頼んでも場所は教えられないよ。アンタも一角鹿にケツを刺されたくないだろう?」




 翌朝…………

 あたりはまだ薄暗く、肌寒い。


 結局、森の場所は教えてくれなかったが、それ以外は親切な親父だった。見送りの際、ふかしたイモをバルの葉で包んだ物を持たせてくれた。

 その分だけ背負ったカバンが重い。いつもより肩に食い込んでいるように感じる。


ピピピーーッ!


 一角鹿が遠くで鳴いている。泣き声の方向を眺めながら山道を下っていると、林の中に草が禿げて地面が露出している箇所があった。


「道…………か?」


 白雲の森から逃げ帰った冒険者は北の林道で倒れていたと言っていたような…………。道らしい痕跡は北側に続いている。


「行ってみるか…………」


 と暫く進んでみたものの…………道らしい痕跡はすっかり消えてしまった。


「なんだ………………たまたま草が禿げていただけか」


 つぶやいて引き返そうとした時、斜面にロープが張ってあるのを見つけた。白雲の森に続いているかは分からないが、やっぱりここは道らしい。


 俺はロープを掴んで体を引き揚げるように登る。だが…………上に行くにつれロープは腐食し、再び道の痕跡は完全に消え失せた。それでも、そのまま登り続ける。


「折角ここまで来たんだし…………」


 道楽で登山に来たつもりで頂上を目指すことにした。


 上に進めば、いずれは頂上に着く…………そう単純に考えていたが、道なき道を進むのは思いのほか苦労した。

 足場が悪すぎたり深い藪が邪魔したりで、時には進める場所を探すために引き返すこともあった。


 どれくらいの時間が経っただろうか。やがて…………斜面のずっと先に頂上が見えるようになってきた。


「はぁはぁ……ゴールは近い」


 急な斜面を這うように登り続ける。やがて太ももがパンパンに張り…………四つん這いのまま、顔を上げる気力さえ無くなった。それでも地面だけを見詰め、前進する。

 溢れ出した汗が、頬を通って顎から滴り落ちる。流れる汗の感触がくすぐったいが拭う余裕も無く、ただ「ぜぇぜぇ」と息を切らせることしか出来なかった。


 フワッ…………と不意に風が前方から吹いてくるのを感じた。


 なんだ? ……と思ったのは一瞬で…………顔をあげると、いつの間にか斜面を登り切っていた。


「はぁ、はぁはぁ……………………ようやく…………ようやく着いた」


 頂上…………そこからは鬱蒼としげる森が何処までも続いているのが見えた。眼下に広がる森の木々の隙間からは霧が立ち登り、揺らめいている。深い緑と白のコントラストが美しい。


「これが…………白雲の森…………」

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