ランク0探索者ですが、何か?
ともかく、ここで立って話していても埒が明かない。話し合うならそれなりに腰を落ち着けたい。
時刻は昼をかなり過ぎたあたり。遅い遅い昼食ついでに相談しようではないか。
「今から食べると晩御飯食べられませんよね、軽食があるところ……」
どこか喫茶店に行こう。そう言って、刷り込まれた知識から適当な店を選んで行くことにした。
***
そういう流れで歩き始めたのが少し前。
冗談じゃない。げんなりとした様子で昴は肩を落とす。どこもかしこも入店と同時にランクを聞かれる。人数よりも先にランクだ。そしてランク0とわかるや否や、やんわりと入店拒否。
遠回しに婉曲的に案内をする店員の言葉をものすごくストレートに訳すと、ランク0の未探索未収入探索者ではたった1食分の食事代でさえ払えるかどうか怪しいので入ってくるな、だ。
特に何かを提示するわけでもなくただ口で言うだけならと、試しにランク1と偽ってみたが疑わしそうな顔をされてしまった。
昴たちを案内しようとランクを聞いてきた店員は長年の接客業で培った勘があるのか見ただけでだいたいのランクがわかるらしく、そのセンサーに引っかかってしまったようだ。
本当にランク1かどうか問答が繰り広げられそうな雰囲気になってしまったので、気まずくなって退散した。
あんな気分になってまで食事はしたくない。仮に偽りが成功してまともな席とまともな食事にありつけたとしても店員の視線に耐えかねる。
本当に切羽詰まったらまた別の店でランクを偽ってみよう。
そういうわけで気疲れしてしまったのでそのあたりの屋台でパンを買って適当な広場の邪魔にならなさそうな場所に座って今に至る。
これがランク0か。厳しいな。そう思いつつ味のしないパンを口に放る。
「頭の中の知識によると」
いちいちこの前置きをしないといけないのが煩雑だ。
だがそうやって切り分けないと自分の中の何かが別のものに差し替えられる気がした。
「探索者の評価はランクだけじゃないでしょう?」
後付けされた知識によれば、ランク以外にも探索者を評価するものがある。レベルの概念がそれだ。
ランクが踏破率を示すならレベルは探索深度だ。広さと深さと言い換えてもいい。
先に進めばランクは上がる。そこに加え、その階層の情報をどれだけ集められたか、探索を密にできたかに応じてレベルが付与される。ランク0のレベル0よりランク0のレベル1の方が評価される。
ランクが上げられなくなった今、上げるべきはレベルだ。ランクが0だとしてもレベルが高ければきちんと評価されるはずだ。
レベルが高ければ、探索に出ない臆病者ではなく、わけあって昇格の手続きができていない探索者なのだと示すことができる。
少しでもレベルが上がればそれは探索に踏み込んだという証拠だ。探索に踏み込んだということはランク1の条件を満たしたことと同義。
編成所が消えたことはもう知らない人はいないだろうから、レベルが1でもあるならそれはランク1と同じ扱いをされてもいいはずだ。
そしてそのレベルの上昇は編成所ではなく別の施設で行う。その施設へ続く道を指す。
「まずは行ってみましょう。絶望するのはそれからでも遅くないもの」
***
道を行くすがら通行人の噂話に耳を傾けてみると、やはり話題は編成所が消えたことで占められていた。
消失の原因はあの無謀な馬鹿野郎が帰還者に挑みかかり返り討ちにあった際に『何か』が起きて編成所が巻き込まれたとみるのがよさそうだとか、復旧にはしばらくかかることだとか、手続きだけでもどこか建物を借りてできないか検討しているだとか。
「早いところ復帰するといいなぁ」
「新人探索者がランク0のままってのはつらいだろうな」
今まさにその状態です、とは通行人に言えず。お互い目を見合せて肩を竦めながら昴たちは石畳の道を行く。
殺風景な石畳の通りを真っ直ぐ進んだ先、石でできた大きな建物がある。
「ここが……えっと、図書館?」
ランクは編成所、レベルは図書館。その知識に従って来てみたが。
皆考えることは同じなのか人でごった返している。図書館という静かなイメージが喧噪で塗り潰されてしまっている。
シレア図書館。古い言葉で『よく知る』という意味があるのだそうだ。この図書館は探索者が得た情報を集積して保存するための施設だ。
探索者が持ち帰った情報を保存するためのところで、持ち帰った情報の質と量によってレベルが上がる。
探索者としてどの程度塔に詳しいのかを数値化したものがレベルなので、ランクと違って上限はない。ランク1レベル10の探索者とランク2レベル1の探索者では、社会的に評価されるのは後者だが塔の攻略という点では下層の知識が深い前者が勝つ。
「はぁーい、並んで並んで~!! 整理券取って~!」
「56番の札をお持ちの方~!! 9番窓口にどうぞ~!」
受付が大声で指示をする中、番号札を受け取って順番を待つ。人が多い分待たされるかと思ったが意外とすぐに番号が呼ばれた。指示された窓口に行く。
「あの、さっき呼ばれた146番ですけど……」
「はいはい! レベルアップのお手続きですね! 今のランクはいくつですか?」
「0です」
ぴたりと一瞬受付の手が止まる。和気あいあいとした雰囲気から一転、無機質で事務的な表情になった。
態度が露骨すぎねぇかとリーゼロッテが舌打ちをひとつ。確かに受付からしたらこちらがこの世界に来たばかりの新人探索者なのか、何日も怠惰に踏みとどまっている臆病者か区別がつかないだろう。
だからといってこの態度はあまりにも決めつけすぎてはいないだろうか。
「……手続きをする前に編成所があぁなっちゃって……」
「ふぅーん、あっそ。あ、はい。ここの欄。書いて。向こうの机移動しなくていいから。ここで」
慌ててフォルが言いつのるが、態度の冷やかさは変わらない。とんとん、とペンの先で用紙の欄を指す。
態度の悪さに眉を寄せつつ昴たちが言われた通りに名前とランクを記入すると、奪い取るように取り上げる。取り上げた用紙を折り曲げてその上に判子を押し、折り目から半分に切って投げ捨てるように昴たちに返す。
「あっちの扉に入って。失礼のないように。それじゃ行って。邪魔」
指でなくペンで指された。なんて態度の悪い奴だ。後で絶対クレーム入れてやるからなと決意する昴を先頭にして言われた場所へ向かう。
受付の横、薄暗い雰囲気が漂っている廊下だ。最低限の明かりしかなく暗いせいか、どことなく空気が冷たい。
雑な態度の次はろくな設備もなさそうな部屋かとリーゼロッテが不満をにじませる。同じようにレベルアップの手続きをしに来ただろう他の探索者は明るく整えられた廊下に通されている。どこまで粗末に扱う気なのやら。だがこの待遇が『ランク0』なのだ。
「露骨よね。困ったわ」
「そうですね……」
何も悪くないのに冷淡に扱われると心にくるものがある。サイハが溜息を吐いてフォルが肩を落とす。次に会う人間の態度によっては殴るかとリーゼロッテが拳の骨を鳴らし始めて昴が慌てて止める。
そんなやりとりをしている間に扉に着いてしまった。重厚な樫の扉だ。ノックをしてみると、どうぞ、と中から女性の声がする。
「失礼しまーす……」
また冷淡に扱われたらどうしよう。そんな緊張を胸にそっと樫の扉を開けた。
ぎぃ、と軋んで開いた扉の先には小さな待合室のような部屋があった。冷たい雰囲気の廊下と違って明かりがあって明るく暖かい。だが少し埃っぽい。詰めかけた探索者たちの手続きのために普段使わない部屋を解放したのだろうか。
そんな小さな部屋の奥にはまた扉があった。その先に進むべきなのだろうか迷っていると、ゆっくりと奥の扉が開く。
緩いウェーブの赤毛の女性が顔を覗かせ、一同を見てから室内に入ってきた。
「ようこそ。この図書館の司書のヴェルダよ」
よろしく、と彼女はゆるりと頭を下げた。
「ごめんなさい、きっと受付の態度が悪かったでしょう」
「あぁ、殴りたくなるくらいな」
「リーゼロッテさん!」
心底申し訳なさそうな司書に上から吐き捨てるリーゼロッテをフォルがたしなめる。
不快だったのは確かだが、真摯に謝る相手にその態度で返すのはどうかと思う。
「ランクが社会的地位に直結する場所だから……と言い訳させていただくわ、本当にごめんなさい」
「あ、いや……まぁ、その話はもういいんで、えーっと」
真摯に謝られたら折れざるを得ない。受付の態度の話はここまでにして本題といこう。レベルアップの話だ。
もう一度話を整理すると、探索者を評価するポイントは2つある。ランクとレベルだ。
ランクが低くてもレベルが高ければ塔に詳しい人物として評価される。
そしてレベルを上げることができるのがこの図書館だ。ここで自分が探索で得た情報をおさめることでレベルを上げることができる。
編成所が消えてランクの変動ができなくなった今、社会的ステータスを示す基準はレベルになるだろう。だから図書館に探索者がつめかけた。
「えぇ。その認識で合っています」
たとえランク0でもおさめる知識さえあればレベルが上がるのだ。
おさめる知識は町の中で得る情報ではいけない。きちんと3階以上の迷宮に出なければならない。
迷宮に出たということはランク1への昇格条件を満たしたことでもあるため、ステータス上はランク0でもランク1とみなされるはずだという推測も相違ない。
「じゃぁ、さっさと情報を提出……って、どうやるんだ?」
後付けされた知識は漠然と図書館に行くことを教えてくれたが、具体的に図書館で何をするかまでは教えてくれない。情報を提出するといってもどうすれば。報告書か何かを書くのだろうか。
首を傾げる昴に、いいえ、と司書のヴェルダは首を振る。それでは書きものが苦手な人が正確な情報を提出できずに経験値の無駄が出る。
「平たく言うと、探索者の記憶を一部だけ複写します。……しくみは秘密ですので答えられませんよ」
特殊な方法で引き出した記憶を複写して特殊な紙に写し取る。こうすれば探索者が得た情報をそっくりそのまま何も損なうことなく情報を提出できる。表現のために言葉を削る必要もなければ付け足す必要もなく、語彙が足りずに類似の言葉で済ませて内容が歪むこともない。
「提出は奥の部屋で、1人ずつお願いします。先に行って準備していますので、順番にどうぞ」




