モノガタリが終わる時まで
いつかの誰かの幻影に見送られて29階。30階。そして31階。
――モノガタリが終わる時まで。
ここからが上層、至難の層だ。下層から中層に上がる時と同じく、ここには町がある。
町というよりはレストエリアだ。住む住民もいないので家もなく、町もない。1階まるまるレストエリアになっているだけだ。
その31階ではいくつかのパーティが野営をしていた。
いかにも使えと言わんばかりの小屋を適当に使いやすいように改装しつつ、この先に待ち受けるものへの準備を整えていた。
準備をするだけなら転移装置を用いていったん町に行けばいい。だが、それをしないのは真実を知って世界の白々しさを知ってしまったが故。
もはや自分たちは既定路線を行うための予備なのだと知っているルッカたちは、哀れみとも何とも言えぬ目で昴たちを見た。
「あれが『巫女』か……」
呟いた声は誰のものだろう。
彼らは遠巻きに昴たちを見、ひそひそと話し合っている。
もし昴たちが何らかの事故で進行不能となった場合、フォルだけが31階に帰されて適当なパーティを連れて再び頂上へと行く。
できなければ『全消去』だ。つまり自分たちはただの予備。物語を牽引する主人公でも、それを彩る端役ですらない。
その事実を知り、昴たちを抜いた5パーティのうち2パーティが挫折した。
もはや予備としての資格すらないと精霊によって『消去』された。
残るは3パーティ。昴たちが到着して4パーティ。
「行けよ。……こんなろくでもない世界、終わらせてくれ」
力なくうなだれていた男が顔を上げ、顎でしゃくって上り階段を指す。
自分たちは予備。メインを差し置いて頂上に行くことはできない。行けないように上り階段には結界がなされている。
さっさと頂上に行って終わらせてくれ。この物語を。もはや願いなどそれしかない。
終わらせて。終わらせて終わらせて。終わらせて。
終焉を。終端を。成し遂げて。仕上げて。成し終えて。完了を。完成を。閉幕を。終結を。
何を。
――この物語を。
***
終わらせて。終わらせて終わらせて。終わらせて。
終焉を。終端を。成し遂げて。仕上げて。成し終えて。完了を。完成を。閉幕を。終結を。
何を。
――神の命を。
神を葬る。その手法は塔の地下にある。
破壊神メタノイア。おぞましい容姿の怪物は『全消去』の時に世界を終わらせるモノだ。
このメタノイアの自我を乗っ取り、そして神を殺す。
この破壊神と同じものを黒衣は知っている。元の世界で見たことがあるものだった。
おそらく、世界を壊すという役割のために黒衣がいた世界から神が召喚したのだろう。召喚し、そして塔のシステムの一部として組み込んだ。
そうするほどに強力な兵器だったのだ。いくつかの生物をより合わせた神殺しの怪物は世界の脅威だった。だからこそ、神はその力を利用しようとしたのだろう。
だったら、それを奪い返し、神殺しの兵器とする。
それはいつかの日の応用だ。黒衣の知る神殺しの怪物は繋ぎ合わされた生物の反発で常に自壊し続けていた。それを補助するために何回も生物が継ぎ足されたのだが、自壊する方が早かった。
無限に自壊するのなら、無限の命を継ぎ足そう。そうして実験により生まれた不死の女が怪物と融合したことで完全体となった。
その事の顛末をここで再現する。
黒衣の体は不死だ。破壊神メタノイアに融合し、自我を乗っ取り自分の手足とする。
そうすれば神殺しの兵器の力で神が殺せる。この世界を完膚なきまでに壊すことができる。
神がいるから無限に繰り返すのだ。では神がいなくなれば。
選定などという高慢な視点で作られたこの世界は消えてなくなる。
神や精霊の興味は巫女の浄罪に釘付けだ。そして『今』は過去これまでないほどに良い状態で進んでいる。神殺しの兵器を利用する絶好の機会だ。
そう、殺す。殺してやる。終わらせる。
そうして、黒衣は塔の地下へと向かった。
破壊神メタノイアが封印されている地下は通常の方法では行くことができない閉鎖空間だ。
だが、スカベンジャーズの権限を使えばそれらはパスできる。
スカベンジャーズはその権限により、探索者が一度踏み込んだ場所に現れることができる。
ネツァーラグに連れられて昴たちが地下に来た。
昴たちが踏み込んだことで経路がつながった。よって黒衣はその場所に行くことができる。
ざり、と土を踏む。スカベンジャーズの権限を使用して地下へと踏み込む。
黒衣が元の世界で見た神殺しの怪物と同じものがそこにいた。
空間内に無造作に置かれているだけで、封印する楔も侵入者を撃退する仕掛けもない。
「……これも仕向けたのか?」
「そうだとも。でなければあんな道案内なんかしないよ、黒衣」
メタノイアの影に隠れていたものに問いかければ、返答とともにネツァーラグが現れた。
彼の傍らには、彼に協力する氷の精霊が漂っている。
どうやら自分の企みは精霊に知れていたらしい。だというのに何も対策せず、それを見過ごすということはこれもまた既定路線のうちのひとつなのだ。
どうせ神は殺せないと決めてかかっているからこそ、あえてやらせて絶望させようというのだ。
「巫女たちを連れて来れば君が必ずそれを使ってここに来るとみてね。合っていて何よりだ」
「そうか。それで貴様は?」
黒衣をメタノイアに接触させる。それを仕組んだところでネツァーラグに何のメリットがある。
問う黒衣にネツァーラグはあっさりと返す。
「この世界の終わらせ方を選んでいるだけさ」
結局破滅は逃れられない。決められるのは、どう終わらせるかだ。
だったらより面白い方を選ぶ。より面白くなるように手を加える。それだけだ。
台本の筋書きにほんの少し脚色をするだけ。
「君の簪で派手に壊してほしいのさ」
簪。その由来は神座しに由来する。神を降ろし神床に座す。
いつかの日に黒衣が持ち、そして成した技能だ。本来ならばヒトに従うどころかヒトを格下と見下す神を召喚し、自分の目的のために使役した。
だからこそネツァーラグはお膳立てしたのだ。かつて神を使役したことのある黒衣ならば、神殺しの兵器を扱えるのではないかと。
「神座しの話を知っているとは……何者だ?」
「かつて君と同じ時代に生きた者だよ」
敵として立ちはだかったことがあるのだが覚えていないのか。
まぁいい。過去のことは些事だ。今は黒衣がメタノイアを起動できるかどうかが肝要だ。
肉体が自壊し続けるメタノイアと融合し、不死の肉体を持って完全体とする。そして自我を乗っ取り、操る。
操れたら頂上目指して駆け上る。そして神を殺す。
「食い散らかしてしまいなよ。君の簪で派手に壊れれば、それはとても見事だろうよ」
「あぁ」
融合を始め、混ざりあった肉体が安定するまで数時間ほどかかると予想されている。
その間に昴たちは頂上にたどり着くだろう。時間は十分。
「どうかご存分に。クロエ・キロ・エンシェント」
黒衣とは仮の名。真名はクロエという。
手を振って立ち去ったネツァーラグを見送り、黒衣は改めて頭上のそれを見上げた。
「……始めようか、メタノイア」
そして、天井から垂れ下がった手に触れた。




