記憶と記録の流れる場所
そうして20階へと転移して、まっすぐ上を目指す。25階の書架を越えて、そして26階へ。
26階。
――記憶と記録の流れる場所。
「ここは……」
見覚えがある。真実を見せるとか言って本の中に呑み込まれた先だ。
成程、本の中に呑み込まれたのではなく、1階上に転送されていたのか。
壁一面に映画のスクリーンのように映像が映し出され、空間の両端には25階への階段と27階への階段がそれぞれある。
スクリーンは映し出されている映像は、前見たものと同じだ。『前週』の光景だ。
巫女がその役割を拒否し、それから浄罪がなされるまでの繰り返しを記録した映像。その罪を咎めるように、何度も反復して映像が再生されている。
「胸糞悪いな」
「あぁ、まったくだね」
リーゼロッテが吐き捨てた言葉に同意が返ってきた。昴やサイハのものではない。
声がした方を見てみれば、まるで舞台を客席から鑑賞するかのようにスクリーンを見つめるネツァーラグがいた。
「また何かちょっかいかけに来たのか」
「そうだとも。面白いものを見せてあげようと思ってね。ついてきなよ」
従わなくても強制的に連れて行くのだが。
ネツァーラグが腰から提げたチェーンに触れる。銀色にきらめくそれは武具だ。
「乱暴を許しておくれよ」
強制転移。ネツァーラグは呟いた。
がくんと落とし穴に落ちるような感覚がして、反射的につぶってしまった目を開ける。
先程いた空間とは違う場所だ。
塔の1階層ほどの空間を5階分ほどぶち抜いた吹き抜けの空間。円筒形の何らかの建物の中に転送されていた。
「ここは塔の地下さ」
この塔は土神の眷属ドラヴァキアの背中の上に盛られた土の上に建っている。
かつて人間が世界の構造を想像した絵で、象や亀が大地を支えるものがあるがちょうどそんな感じだ。
ここは塔の直下、その大地の部分にあたる。
通常では行くことはできない。探索者もそうだし、スカベンジャーズでもだ。何でも知っている司書も誰もだ。
精霊が特別に許さなければ入れない場所だ。完全に封印され閉鎖され隔絶された空間なので、ほぼ異次元といってもいいかもしれない。
場所の説明はいいだろう。それよりもこの空間に封じられているものの方の説明が必要だ。
そう言ってネツァーラグは背後を振り返る。昴たちが凝視しているその異形の『何か』を見上げる。
『それ』は、あまりにもおぞましいものだった。
基本の形はヒトの上半身に似ている。頭らしき突起があり、胴らしき塊から手らしきものが生えている。
それが人間の形といえない理由は、手らしきものが頭らしき突起の真下にあることだ。人間の身体でいえば、顎から両腕が生えている。
ふたつの手らしきものの間には口らしき空洞があり、唇のように淵が盛り上がっている。そこから舌をだらりと垂らすように、眼球で埋め尽くされた触手が生えている。
その手らしきものだって手の形をしていない。根本を肩と仮定した場合、肘にあたるだろう関節があり、その先に手首にあたる関節と指にあたる関節があるというだけで。
関節から関節までの長さの比率もヒトのものとは違う。ヒトのものならば肩と肘、肘と手首の長さは等しいはず。だが"それ"の肩らしき関節から肘らしき関節までの距離は異様に長く、肘らしき関節から手首らしき関節までの距離は短い。
そして頭らしき突起には顔らしきものはなく、つるりとした表面に縦に裂けた瞼があり、眼球がある。目だけでヒトの身丈を3人ぶんほど越える。眉も睫毛もない。
その赤い瞳孔は上下左右に激しく動き回り、まるで無限に跳ね続ける玉のようだった。
胴らしき塊の背中にあたる部分には翼が存在している。存在はしてはいるものの、よく見ればその表面を覆っているのは羽毛ではなくヒトの手だ。腕が連なり絡み合い、翼の形をなしている。
あまりにもおぞましい怪物。しかもそれはまるで生物が呼吸するようにわずかに上下している。
「これが『破壊神』さ」
『全消去』される時、世界を壊すもの。作り直しやすいように世界を更地にするためだけに存在する怪物だ。
「破壊神メタノイア。美しく醜い化物さ」
かつては神すら殺す兵器として生み出されたものである。
その破壊力を評価され、『全消去』をこなすための駒として神によってこの世界に召喚された。
そんな記録の話は些事だ。本筋には関係ない。
重要なのは、破壊神メタノイアが起動寸前ということだ。
それはつまりどういうことか。破滅へのカウントダウンが近いということだ。
この破壊神メタノイアがどういう理由で起動されるのかは昴たちにかかっている。
もはやルッカのうちの残り5パーティなんてあってないようなものだ。すべての運命は昴たちへと集約された。巫女が浄罪をなすか、なさないか。
「早くしないとタイムアップだ。神は見切りをつけて『今週』を終わらせる」
たとえ心折れなくとも、だらだらと時間をかけていれば飽きて作り直しだ。
つまらない話は打ち切るに限る。冗長な話で終始してしまった話は打ち切って、新しくシナリオを書き直した方がずっと早い。
「だからさっさと終わらせなよ。思い残すことのないようにさ」
「……どうしてそんなことを?」
なぜ、応援するような真似をするのだろう。
言語崩壊しながら真実を語り、嗤ってきたネツァーラグがどうして今更になって味方のように背中を押すのか。
「あぁ、単純さ。親切だよ。どうせ終わるなら笑えるエンドがいいだろう?」
こんなはずでなかったと叫んで終わる話はもう飽きた。
役者たちには全力で演じきって満足しながら舞台を降りてほしいのだ。
やりきった、後悔はないという姿を笑顔で見送ろう。
単純なバッドエンドよりもメリーバッドエンドを。
そっちの方がずっと面白い。笑える終末の方が飽きない。
その言葉はさすがに哀れが過ぎるので飲み込んだが。
「……さて、あまり長く近くにいるとメタノイアが早起きしてしまうからね。帰ろうか」
強制転移。また腰のチェーンに魔力を込める。発動させ、26階へと戻る。
ただし自分だけば別の場所へ。26階には昴たちだけを送る。
昴たちは転移特有の落下の感覚で26階へと戻される。
気がつけば元の場所。スクリーンには相変わらず繰り返し映像が映し出されている。
「何なんだあいつは……」
本当に不快なやつだ。親切な口ぶりで語っていたが、絶対にそんな意図ではない。
物語の鍵を握る重要人物のつもりか。リーゼロッテは心底不快だと吐き捨てる。
だが、やり残しがないようにという言葉には一理ある。
昴が何か隠している。
図書館に行く前は悲劇のヒーローぶった顔をしていたが、今はそれがいくらか和らいでいる。
それはそれでいいことなのだが、だが時々深刻そうな顔をする。
なにか重要な悩みがあって悲劇のヒーローぶっていたところに司書から解決方法を知り、それを隠れて実行しようという顔だ。
いったい何を隠しているのだろう。
頂上に至る前に聞き出さなければ、何かとんでもないことの予感がした。




