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人権なしのランク0。よくわからないけど、塔、登ります  作者: つくたん
オワリに向かって
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この思いだけは変わらないから

どうしても眠れなくて、そろりと寝床を脱した。


キッチンから飲み水を汲み、夜の暗闇の中、じっとコップの水面を見つめる。

この運命も、この思いも。あぁ。どうしてだろうか。


「眠れないのか」

「え…………はい……」


不意にかけられた言葉に、びくりと肩を震わせて振り返る。

暗闇の中、フォルが目をこらすとチェイニーが立っていた。


「すみません、水を飲んだらすぐ戻ります……」

「いや。資料に触らなければ好きにしてくれ。……いや、触れても問題ないな」


なにせ書架にたどり着いて、真実を知ってしまったのだから。

チェイニーの本棚におさまっている情報よりも詳しいことをフォルは知っている。


「……なぁ、そうだろう? 巫女?」

「え?」


なぜそれを。そんなこと一言も言っていないのに。

驚くフォルに、チェイニーはふるりと首を振る。


「俺も到達者だからさ」


真実を知って発狂し、そして『全消去』を受けてまっさらに消されて使い回された駒。

それがいつかの『週』についに到達者となった。

その時、世界がこんな真実のはずがない、もっと他に何か裏があるはずだ。知りたい、調べたいと願った。

その結果がこれだ。『全消去』のたびに記録も記憶もリセットされ、『毎週』世界の真実を調べ続ける学者になった。忘れれば、何度だって情報を調べて真実を追い求め続けるという行為ができるから。

すべてのルッカ(頂上候補)が25階に到達し、全員等しく真実を知るとそのタイミングですべての記録と記憶が思い出される。そのようなものになり果ててしまった。


だから知っているのだ。否、思い出したというべきか。

フォルが何で、何のために塔を登るのか。塔とは何か。もはやすべてをチェイニーは観測してしまった。


「わたし……は……」

「お前が罪を精算しようがしなかろうが、俺はいつまでもこの役割だ」


役割は立場は変わらない。

『全消去』のたびに記録も記憶もリセットされて、何も知らない状態で、ただ世界の真実を追い求める。その過程で数多くのルッカたちと接触し、情報と知識を共有し合う仲になる。

そしてルッカが全員25階に到達すれば、記録も記憶も思い出し、粛々とルッカを頂上へと見送る立場になる。

フォルがどうだろうと、その役割に何ら変わりはない。


「好きにしろ。お前が誰を好きだろうと俺は知らん」


だから精霊たちのように浄罪をしろと勧めることもしない。

だからその恋心を止めることもしない。チェイニーには関係のない話だ。


「あとは当人同士で話し合えよ」


場は貸してやる。

廊下で突っ立っている昴を見やり、チェイニーはそっと暗闇に消えていった。


あとにはキッチンに佇むフォルと、廊下で突っ立ったままの昴。

いつから立っていたのだろう。話を聞いていたのか。だとしたら相当恥ずかしいのでは。いや、でも。


「……と、とにかく……廊下に立ってないでこっちに来たらどうですか……」

「あ、うん……そうする……」


ぎくしゃくと隣に座って、それきり、沈黙。

しん、とした静寂の中、ややあって、フォルは口を開いた。


「わたし、好きな人をその手で殺すと言われました」


あの本でのことだ。1人ずつ別々の空間に引っ張り込まれ、その中で提示された真実。

その言葉の意味はわからないが、頂上でやらなければいけない巫女の役目のことを指しているのだろう。

役目としてて手にかけるか、それとも殺すことを拒否して『全消去』か。『全消去』になれば、それは役目を拒否したフォルに原因があるということになり、間接的にその手で殺したといえるだろう。


そのフォルの告白を聞きながら、あぁ、と昴は納得する。

『鍵』は到達者の肉体。『扉』を開けるために巫女は到達者の肉体を『鍵』に加工しなければならない。

過程は果実から果汁を絞り出す工程に似るという。成程その残虐な光景は殺すという表現にふさわしい。


これは昴だけの話ではない。サイハもリーゼロッテも、頂上に至れば同様に『鍵』となる。

そう、フォルが殺さねばならないのは昴ひとりだけではないのだ。


「でも……わたし、それでも……」

「ストップ!」

「へっ?」


急に声を張り上げるからびっくりしてしまった。

驚いて固まるフォルに、昴はゆるりと首を振る。


「そういうの、女の子から言わせたら男がすたるだろ?」


愛の告白を女の子側から言わせるなんて男の沽券に関わる。

だからこういうのは男から言うべきなのだ。


「   」


大丈夫。あらゆる苦痛も使命も取り払ってやる。

フォルは絶対に幸せにする。


――ただ最終的に隣にいる相手が自分でないだけで。


***


「まずい方向に背中を押したな、お前」

「はは。言ったろう? トータルで見てどちらが得をするか考えてるって」


『今週』で精算できそうなチャンスができたから外堀を埋めただけだ。

しれっとそうスティーブは返す。


まったく、記憶が戻る瞬間はいつでも慣れない。

『毎週』自分はこれを経験しているというのだから我ながら驚く。

最初は発狂したものだ。もうそんな正気など擦り切れてしまったが。


そう。自分もまた到達者だ。記憶が戻るタイミングがチェイニーより少し遅れてしまったが、今夜、寝床に入る寸前にすべて思い出した。

今頃ヴィリやバルドルもゼフィルも思い出している頃だろう。彼らとまた冒険がしたいと願ってしまったために3人巻き込んでしまった。彼らには本当に悪いことをした。


「面白い願いを抱えさせただろう? そんなこと、"蛇の魔女"くらいにしかできないだろうに」

「そいつはもう帰還者になって消えただろ」


古い名を出すものだ。いったいいつの話だか。

嘆息しつつチェイニーは本棚を見やる。記録も記憶もリセットされて何も知らない自分が一生懸命集めた資料だ。今ではとんだ茶番の産物でしかない。


「まぁ健全な青少年が青臭い恋愛をするのは構わん」

「羨ましいよね。僕らとっくにそんなこと忘れちゃったんだから」

「お前は今でも再現可能だろうが」


ヴィリがいるだろうに。スティーブの左手の薬指にはまった金色の指輪を指す。

あれは武具ではなく装飾品だ。左手の薬指などという部位に指輪をする意味など1つしかない。

伴侶がいるのだから青臭い恋愛の真似事などいつでもできるだろうに。チェイニーは嘆息する。何とは言わないが爆発しろ。


「思い出しちゃったらもうだめだよ。お互い感情が擦り切れた理性的異常者さ」


伴侶と仲間という執着しか残っていない。自分の願いのために無限ループに組み込まれてしまった魂だ。

いや、もう本人たちの魂はあの時『扉』の向こうに行ってしまって、ここにいるのはスティーブの投影を受けただけの虚ろな影なのかもしれない。


「理性的変態がついに理性的異常者か」

「誰が変態だって?」

「お前の精通が神話の文献の挿絵だったという話だ」

「いったいいつの話だか」


そこは『全消去』のついでに忘れて欲しい記憶なのだが。スティーブは肩を竦める。

そういえばチェイニーは一瞬見ただけで文献の内容を丸暗記できるほど記憶力がいいのだった。


「お前の恥部は全部記録も記憶もしてやるからな」

「やめてくれないかい」

「職業病だ、諦めろ」


この下らない軽口も、いったい何回目だろうか。

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