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人権なしのランク0。よくわからないけど、塔、登ります  作者: つくたん
オワリに向かって
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たとえ自分がどうなろうとも、この思いだけは

スティーブは自分のことを歴史強姦者と自称する。


神秘学。世界を読み解くための学問だ。

真実は美しい氷の中に閉ざされている。しかし神秘学者はその氷を剥ぎ、むごたらしく晒すのだ。

閉じ込めた真実を暴く行為は強姦に似る。真実を暴く行為は真実を司る氷神を犯すことと同義でもある。

というのがスティーブの持論だ。


「そこに快楽を見出だすのが神秘学者というものでね。わかるかい、バルドル」

「オメーだけだろ、この理性的変態」

「失礼な」


秘密を暴く僕のどこが変態なんだか。

チェイニーやらバルドルやら、あげくにはヴィリにまで言われているけどそこは否定したい。


そう溜息を吐いて、バルドルに笑われたのはいったい『いつ』『どこ』の話だったろうか?


***


全消去。前週。それらのことを語る昴たちの口は重かった。

チェイニーとスティーブは相槌を打ちつつ情報を記録していく。


「『前週』の記憶を継ぐ人物か……"黒衣"がそう語ったんだね?」

「うん」


スティーブやチェイニーに話せるのはそこまでだ。

黒衣が不死だったとか、巫女が誰だとか罪が何だとか、そういうことは言えはしなかった。

だって、どん詰まりなのだ。いくら世界の真実を求めて調べて究めても消えてしまう。


それに、うろ覚えだが、書架で見せられた映像の中にチェイニーによく似た男の姿があった。

権能を取り上げられてヒトに堕ちた巫女がその浄罪のために使う駒として選ばれた一行にいたうちの1人だった。

探索者になった理由は世界の真実を追い求めるためだと言った彼は書架で発狂し、発狂の末に仲間を手にかけて自殺した。そうして駒が潰えたので『全消去』が行われた。


あの映像の男が『前週』のチェイニーだったのかは確証が持てないが、もしそうなら、書架であったあれこれを教えるのはまずい気がする。

スティーブも同様だ。彼に似た人物もまた映像の中に含まれていた気がする。


それにおそらく、25階で得た情報を未到達者に伝えることは図書館の規則に反するだろう。

レベルに応じた情報の規制だったか。なんかそんなような言葉を小難しい文言で言ったものだ。

要するに、ネタバレはするなということだ。


そういえば、チェイニーは大丈夫なのだろうか。

探索者でもない彼が世界の真実を知ると言ってあれこれと情報を得るのは、その規定に引っかかっていないのだろうか。


「……聞いてるか?」

「あ……っ、ごめん、何?」


規制の心配をしていたら話がすっかり頭から抜けてしまった。

チェイニーに呼びかけられ、昴は慌てて思考を引き戻す。聞いてなかったのかと言いたげな溜息が聞こえた。


「そろそろ日も暮れてきたし、寝床貸してやるから泊まってけって言ったんだよ」

「あー……ありがとう、お邪魔します」

「おう、女どもはあっちの別室な。そんでえーっと……」


***


どうしても眠れなくて、そろりと寝床を脱した。


体が冷えないように上着を羽織って、そのままそっとバルコニーに出た。

窓の外は暗闇。ガラス越しの夜空はただの暗い石天井だった。

精霊曰く、昼夜感を出すため、町は時間帯に合わせて明暗をつけているのだそうだ。石の塔の中ではあれど、まるで日光の下のように昼は明るく、夜は暗く。天井さえ見なければ外と遜色ない明るさにしているのだとか。

そんなことを教えられたこともあったなとぼんやりと夜空代わりの暗い石天井を見つめていると、背後に気配がした。


「昴、どうかしたかい?」

「まぁ……うん……」

「いいねぇ、眠れないくらい悩むなんて青春じゃないか。僕くらい歳を食うとそういうこともなくて。まったく羨ましい」


28歳なので言うほど歳を取ってもいないのだが。そもそもこの世界では年月など関係のない話だし、年齢も同様だ。

茶化して空気を和ませるためなのでそのあたりの細かい話は無視してもらうとして。

バルコニーの手すりに肘をつき、スティーブは昴の顔色を窺う。昼に呼び止めた時よりは多少ましになっている。

やはり思い悩む時には寒さと暗さと空腹と肉体的疲労は避けるべきだ。空腹と肉体的疲労を取り除いたおかげでずいぶん見られる表情になった。


「……たとえば、だけど」

「うん?」

「好きな子のために自分が死ななければならなかったら……どうする?」


スティーブはどうするのだろう。

昴の1.5倍は年上の大人なら、いったいどうするのだろう。


「例えが下手だね。それじゃぁ25階で何があったか言っているようなものだよ」


その悩みでおおよその話が推測できてしまう。

そしてひとつ言っておきたいのだが、大人だからといって、立派な人物でもないし聡明な人物でもないのだ。

肩を竦めつつも、思い悩む青少年の悩みに答えてやることにした。


「これは僕の元の世界での記憶の話だけど」


もはや遠いことで、詳細は覚えていない。

自分たちは何かの集団に追われていた。強盗集団か犯罪集団か、まぁそんなような悪辣な集団にだ。

捕まった者から殺されていった。ひとり、またひとりと欠けていきながらひたすら逃げた。

最初は何十人かいたはずだったのに、やがて片手で数えられるくらいにまで減ってしまった。


「そして、バルドルが足止めになった」


その逃亡のことは忘れない。

どうか逃げ延びろと言って、バルドルは身を挺して隠し通路の扉を閉じた。

その時にバルドルは死んだと記憶しているのだが、その彼が今どうしてこの世界で元気に生きているのかはわからない。

話が逸れた。そうしてバルドルが足止めとなって死んで、次は自分が足止め役にならねばと思ったのだ。


「結局その時は来なかったけれどね。……けれどその覚悟は緩んでいない」


必要なら身を挺する覚悟だ。だからこの世界で盾役としての役割を授けられたのだろう。

そう思いながら、結局何が言いたいかと言うと、と話を続ける。


「トータルで見て得をする方を選ぶと良い。特に心の話だ」


物ではなく、心の話だ。要するに最終的に後悔しない方を選ぶといいと言いたいのだ。

どうも歳を取ると説教臭くなって困る。もっと物事を簡潔に伝えられればいいのだが。嘆息しつつ話を締めくくる。


「それで皆が笑えるなら、自分の犠牲は決して無駄ではない。もし明日死ぬと決まっても、今日を楽しく生きよう。それなら犠牲の瞬間だって笑っていられる。……僕はそう思うよ」

「犠牲の瞬間……」


スティーブが言った言葉を心の中で反復する。

それで皆が笑えるなら、自分の犠牲は決して無駄ではない。もし明日死ぬと決まっても、今日を楽しく生きよう。それなら犠牲の瞬間だって笑っていられる。


うん。それでいい。それがいい。おかげで心が決まった。

もう迷わない。後悔しないようにやり遂げよう。


――頂上に着いた時の願いは、フォルが巫女の役目から降ろされるようにと。


巫女ではなく、ただの少女として。役目とか使命とか、そんなものから解放されてただの人間として過ごせるように。

『今週』はつらいかもしれない。けれど記憶はリセットされて覚えていないのだ。だから大丈夫。

そして次でもっと良い人にめぐり会えばいい。


幸せになれるように、俺は彼女のための礎となる。


自分の想いが成されなくても、それでいい。

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