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罪を精算することは限りない善行なのだ

結局何も変わらないのです。

どうあがいても仕組みは変わらず、エラーを是正するか見送るかの違いで。


「……ネージュさん」


ぽつりとフォルが呟く。

いつでも見守っていると言った。塔の維持を担う精霊の権限で何処にだって現れることができると言っていた。

だったらこの本の中でも問題なくやって来られるはず。


「見ているんでしょう? 来てください」


見ているなら来られるはず。

縋るように呟いたフォルの視界の端に金色の光がきらめいた。

金色の光に包まれた白とも水色ともつかぬ精霊。氷の精霊。個につけた名はネージュ。


「呼ンダ?」

「……ひとつ、聞きたいことがあって」

「エェ、ドウゾ」


知りたいのなら答えよう。

ネージュは質問を受け付ける態度をとってフォルを見る。

呪われし子。可愛い子。無垢で健気で愚かで無知で。あぁ、その無垢で真っ白な体が今から真実の刃に切り刻まれる。

そう思うと笑いが止まらなくて、吊り上がる口元が見えないように手でそっと隠した


「言ッテオクケド、本ノ内容ハ本当ヨ。映像モ、文字モネ」


そこに偽りはない。騙しや虚偽もない。ただありのまま、真実だけを提示した。

そこを疑うのはまったくの無駄。『そう』なのだから『そう』なのだ。

その上でいったい何を知りたいというのか。まぁ、どんな質問だろうが『前週』で既出なのだが。


「あなたは……わたしの味方ですよね……?」


震える声で問うフォルを高いところから見下ろし、見下し、ネージュはそっと目を細めた。

これまでの『週』であった数々の質問の中で、その質問は一番大好きな質問だ。

なぜなら、縋る手を振り払って絶望に落とせるから。その期待を裏切るのがとても楽しい。


「エェ、ワタシハ味方ヨ?」


せっかく好いた男をその手で殺すことを強いられて、だが受け入れられなくて、どうにかしようと考えている。

だから精霊の権能か何かで、この浄罪の輪廻を逃れる術を授けてくれるのではないかと期待している。

その期待を裏切ることはなんと楽しいだろうか。愉悦で心が躍る。


「ダカラアナタガ苦シマナイ方法ヲ教エテアゲル。……塔ノ頂上ニ登リナサイ」

「それは……!!」


塔の頂上に登ったら、その時は。

それでは本末転倒ではないか。その結末を避けるための手段を聞いているのに。

言い募るフォルに、ネージュはゆっくりと首を振る。


何を迷うことがあるのだろう。

一瞬の苦痛を我慢して身ぎれいになった方がずっと楽だ。


「大丈夫ヨ。『次週』ニナッタラ、全部忘レテルカラ」


その可愛らしい恋心もだ。

そもそも罪を犯したその原因も、いつぞやの到達者への恋慕だった。

巫女としての権能しか持たずにろくな自我のない少女に世界を教えて認知を与え、そうして自己として目覚めたことをきっかけに恋をした。

好いた男を『鍵』などにはできないと、殺すことはできないと言って拒否したのが始まりだ。

その恋心などすっかり『忘れて』、今は昴とかいう別の男にすり寄っている。

それと同じことだ。どうせ『次週』になったらすべて忘れる記憶だ。


「そんな……それは……」

「拒否スル? イイワヨ、ソレデモ」


それはそれで結構。

折れたのならこの『週』は失敗、やり直して『次週』に期待しようと言うだけだ。

結局どうあがいても結末は変わらない。話は『する・しない』ではなく『いつ』やるかだ。

浄罪をすることは決定事項。避けられないことなのだ。あとはその実行のタイミングの話だ。


「わたしの味方じゃないんですか……!!」


まったく的はずれなその糾弾さえも愛しい。

味方だとも。だから浄罪を勧めるのだ。気持ちが引き潰れようとも、どうせ覚えてはいやしないのだから実質デメリットなど何もない。


「泣キナサイ。ドウセ何モ変ワリハシナイノヨ」


それこそ世界が壊れない限り。


***


「ビックリシタ?」

「うわっ!?」


本の紙面を見つめて押し黙っていたら、いつの間にか精霊が横にいた。

昴の肩に肘をついて、じっと昴のことを眺めている。目線が合うと、はぁい、と可愛らしく片手を挙げた。

どうやら精霊峠から遊びにやってきた精霊のひとつのようだ。そろそろ昴たちが真実に至るだろうと考え、その顔を見に来たのだろう。


「アナタニダケ、教エテアゲル真実ヨ」


塔の頂上には『扉』があり、それをくぐるためには『鍵』が必要だ。

その『鍵』の正体は到達物の肉体。肉体を巫女が加工して鍵とする。


「到達者ガ入ル箱ガアルノ、ソコニ入ッテネ……」


果実から果汁を絞る手順と同じだ。巫女は機構を起動させるだけ。

あとは勝手に肉体が『鍵』となってくれる。


魂は肉体に宿るもの。魂を高次元の世界に連れて行くには肉体から引き剥がさなければならない。

半端な損壊では肉体から引き剥がせない。だから徹底的に破損させる。

そうして宿る肉体を失った魂を捕まえて高次元の世界に招くのだ。

絵面は残酷だが、必要なステップだ。悪趣味であることは否定しない。


「……『いいこと』ってさ、絶対それだけじゃないよな?」


願いが叶うなんていうのは欺瞞だ。この悪趣味さなら絶対何か裏がある。

問う昴に精霊はぱちぱちと目を瞬かせる。


「ソウネェ、ソウカモ」


願いが叶うというのは本当だ。神が紡ぎ直した世界で自由に願いを叶えられる。

無限に旅をしたければ無限に旅ができるようにするし、世界の真実が知りたければすべての知を集めた書庫を作ってあげる。

到達者の褒賞として神と同列の存在になれるのだから、何だって願いは叶えられる。

そこに嘘はない。あとはそれをどう受け取るかだ。無限に旅をしたければ一箇所に留まれぬ運命を仕組んであげるし、世界の真実が知りたければ発狂しようとも教えてあげよう。


「前の到達者だっているんだろ? そいつらはどうしてるんだ?」

「アァ、ソレ?」


確か前の到達者はどうだったろうか。

巫女のせいで何度も繰り返しすぎて遠い記憶になってしまったが、なんとか記憶を掘り返して思い出す。


「1人ハコノ世界ニ留マッテ世界ヲ見ルコトヲ選ンダワ」


今は黒衣と名乗っているが。

召喚の際に縁深い武具を与えたらうっかり不死になってしまったので、世界に出すわけにはいかないと閉じ込めたともいうが。

彼女の探索はとても楽しかった。何をしようとも武具が発動しなくて、まるで役立たずだった。武具が使えない代わりに格闘術を学んで探索に着いていった。頂上に到達した時に初めて武具が発動して不死となった。

まぁそれも遠い話だ。それよりももっと古い話、もっと以前の到達者はどうだったか。


「記憶ガ消サレルナラ、記録ヲ残スッテイウ子モイタシ……」


そうしてこれほどまでに見事な書庫を作り上げた。

箱庭の駒から運営側に成り上がった見事な蛇の子だった。


他にも、この塔のシステムの不備を指摘し、誰もやらないなら自分がやると言ってマネジメントする側に回った到達者もいた。

人を管理するのが得意な性分だったので今の役目を楽しんでやっている。

あの娘がダレカに呑まれた時はどうなったかと思ったが、無事に引き上げられたようで何よりだ。


「モチロン新シイ世界デ過ゴス子モイルワヨ?」


もう何も考えたくない、ただ眠っていたい。

そう願ったイルスという男は海を守護する竜となって海底で眠っている。

あちらの世界では時々息継ぎのために海上に顔を出すだけの幻の存在となっているのだとか。


皆、それぞれの形で願いを叶えている。

そう、どんな形にしろ願いは叶っているのだ。望みは果たされている。

だから塔の頂上に至ることはとても『いいこと』なのだ。


傲慢な神の顔で、精霊はうっそりと笑った。

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