戦いってこうやるんだよ
「やってみな」
つい、と指差した先には迷い出たように浮遊する薄紫色の結晶。色は違うようだが、先程伯珂が倒したものと同種のようだ。
1体だけの敵だ。そう強くもない。戦い方は頭に入っているしお手本は今見せた。だったら伯珂たちが手を出すことも口を挟むこともない。道を譲るように後ろに下がって観戦に回る。
「戦えって言ったって……」
「とにかくやりましょうか」
武具を用いた戦闘なら慣れている。本来の知識と相違ないならなおさらだ。
戸惑うフォルより前に出て、サイハがカードを手にする。このカードは元々サイハの持ち物ではない。この世界に来た時に持っていたものだ。だがどう使えばいいのかは『知っている』。
「"歩み始める者"……起動」
銀のカードに魔力を流す。水車に水を流すイメージでカードに意識を集中させる。それだけで武具は起動する。何の資格も素質も要らず、ただ力の集中だけで魔法が起動できる。
複雑な魔法を簡単に発動できる装置にしたものが武具なのだ。
「さぁて、何を作ろうかしら」
これは固有の能力を持たない。持ち主によって能力が変わる武具だ。カードに刻まれた文言から想像した内容が能力となる。
後付けされた知識をなぞってサイハはカードをひらめかせる。あまり長く考えている暇もないので、お試しついでに簡単なものを。
「"隠者による百識"」
カードに刻まれた文言から想像して能力を創造する。まずは敵を知るところから。
文言は"隠者による百識"。知識ということならば、とサイハが文言から連想した能力は、敵の状態がわかるというものだった。
浮遊する結晶の周囲に光る文字が浮かび上がる。サンダーエレメンタル。たったそれだけの短い言葉だった。どうやらあの結晶の名前のようだ。
「さらに詳しく知るには何度かやる必要があるかしらね」
そういう細かいところまでは想像と創造が及ばなかった。しまったとサイハは肩を竦める。
もう一度使えば名前以外のこともわかるだろう。やってみようとしたサイハの前で結晶が回転する。歯車が回転してエネルギーを生み出すように、電光が周囲に散った。
まずい。攻撃が来る。察知するが攻撃を防ぐ手段がない。避けられない。直撃する。新しい文言から新しい能力を創造している時間はない。こうしている間にも来る。
「サイハ!」
「ちっ……!!」
舌打ちしてリーゼロッテが割り込む。後付けされた知識によるならば、自分は盾役。敵の攻撃を引き付けて引き受けるのが役目。だったらこの電光を受けるのは自分でなくてはならない。
そして、攻撃を引き付けて引き受ける手段を自分は持っている。持っているものは使わなければ。
「来い!!」
魔法? 冗談じゃない。魔法だなんて空想上のおとぎ話じゃないか。だというのにこのおとぎ話は現実だという。信じられない。おとぎ話が本物だというなら顕現してみせろ。万物不侵の盾よ。
挑発するようにリーゼロッテが叫ぶ。一瞬だけ、左手首の腕輪の存在を強く意識する。そうして脳裏にひらめいた名前を呼ぶ。
「"エイジス"!」
左手首の腕輪が一瞬輝いて、光になって消える。それと入れ替わるように身の丈よりも大きな盾がリーゼロッテの前に現れた。
地面に突き刺さるように立ちはだかった盾はサンダーエレメンタルが放った電光を跳ね返す。標的を失った電光は壁にぶつかって散った。
だが、それで終わったわけじゃない。サイハが敵を知り、リーゼロッテが攻撃を防いだだけ。当然だが、攻撃をしなければ倒せない。そしてその攻撃をする役に振り分けられているのは昴だ。昴がやらなきゃ倒せない。
「やってやるさ! いいとこ見せなきゃ男じゃないもんな!」
たぶん年上だろうが女の子が戦った。それで後ろで見ていられるほど昴は腰抜けでもない。前に立って戦わなければ男がすたる。
昴はおよそ戦闘というものをしたことがない。喧嘩で殴り合いをしたことはあるが、武器を握ることなど初めてだ。だがどうすればいいのかはわかっている。どうすればいいのかはわかっているのなら、その通りに行動するだけ。後付けされた知識に従ってそれを手にする。
言っていたじゃないか。頭の中の知識に従って行動しろ。何事も経験だ。だから躊躇しない。『やれる』のだから『できる』のだ。
さぁ戦うのだ、生きるために!
「"ファルクス"!」
脳裏にひらめいた名を呼ぶと、右手のブレスレットが消えて片刃の剣が手に握られた。まっすぐな刀身は鎌の名前の通り、どんなものでも斬れそうなほどに鋭い。
剣を握ったことなどないが、使い方は頭の中にある。どう振り回せばいいか理解しているのだから、その通りに身体を動かせばいい。充電のためか再び回転を始めた結晶へと強く踏み込む。また電光が飛んでくる前に決着をつけてやる。
「砕けろ!」
伯珂の動きをなぞるように剣を振り下ろす。
一閃。空気ごと断ち切るように降り下ろされた刃は結晶の中央を両断した。
がしゃん、と結晶が砕けて地面に落ちた。結晶の輝きが消える。
「はっ……やったのか……?」
昴が肩で息をしながら結晶を見下ろす。
剣先でつついてみても結晶が再び浮遊する気配はない。まるで、ただの鉱石になったようだ。
***
「お、一発」
「やるじゃん」
「すっごいなぁってリリムは思うよぉ~!」
観戦に回っていた伯珂たちが手を叩く。
一発で砕くとはなかなかだ。砕くのに手間取って何度か切りつけると思っていたのに。才能があると素直に称賛する。
「すごい……わたし、何もする暇がなかった……」
補助役なのに補助がいらなかった。強いなぁ、とフォルが呟く。
何もできなかった。電光が飛んでくると察して身体を硬直させて縮こまっていただけだ。
「ま、新人はそんなもんさ」
むしろすぐ戦いにいった昴たちがおかしいのだ。たいていは、戦うって言ったってどうしろというんだと右往左往するのが普通なのだ。
戦えと言われて、はいわかりました、と武具を起動させて戦うなんて相当肝が据わっているか争いごとに常に身を置いている生活をしていたかだ。
「そうそう~! リリムも初めてはねぇ、もうびーーーっくりしちゃって! なぁーーーんにもできなかったんだから!!」
「あぁ、逃げ出そうとしてつまずいてコケて漏らした話か?」
「ちーがーいーまーすー!!」
あることないこと言ってくる茶々に頬を膨らませる。
ノルバートめ。変な事実を捏造しないでほしい。まったく。
そんな捏造は置いておいて。よっこいしょ、とリリムは地面に砕け落ちた結晶から破片を一つ拾い上げた。砕ける前のエレメンタルと同じ輝きを宿した破片だ。
「エレメンタルの欠片、持ってきなよぉ~!」
これは大事なものだ。探索者はどこで収入を得るかというと、これだ。倒した魔物が残した破片や肉や皮を町に持ち帰り、店で卸して換金する。
頼まれごとの報酬や労働の対価などもあるが、もっぱらこれが主な収入源となる。
この小さな破片だって立派に売り物になる。ほら持っていけと、伯珂が倒したエレメンタルが残した青い結晶片もフォルに渡す。
「あ……ありがとう……」
「いいのいいの~!」
遠慮がちに結晶片を受け取ったフォルに遠慮するなとリリムが人懐っこく笑う。
これも新人探索者への親切の一環だ。
「んじゃ、また行くか」
「あ!」
先に進むことを促した伯珂に、思い出したように昴が声をあげる。
ここまで話の流れでついてきてしまったが、本来の目的はもう達成されている。3階に踏み込んでランク1に昇格するという目的だ。
このまま伯珂たちに便乗していったら日が暮れてしまうのではないだろうか。宿を取っていないし、そしてここで野宿する用意もない。戻ってさっさと昇格手続きをして宿を取らなければ。
「あー、そういう事情か。だったらさっさと引き返した方がいいな。道はわかるか?」
「えぇ。ベルベニ族の方向感覚をなめないで」
心配無用とサイハが首を振る。親切はありがたいが頼りっぱなしも気が引ける。このあたりでいったん別れておこう。
「おう、わかった。気をつけてな」
気を悪くしたふうもなく伯珂が手を振る。ノルバートとリリムもそれに倣う。
こちらも手を振り返して、来た道を戻る。サイハの案内で迷うことなく2階への下り階段につき、そのまま町へと降りた。




