駒がどこから来たのか
求めるなら、次の真実を提示しよう。
「……フォルが巫女だっていうなら、私たちは?」
フォルは巫女。だとするなら、自分たちはいったい何だろうか。
『今週』は巫女の贖罪のために用意された無限周回の箱庭。無駄は省かれてシステマチックに規則正しく作られている。
そんな機能美の世界で、この位置に配置された自分たちは何の役割があるのだろう。
無作為に選ばれた駒なのか、それとも何かしらの条件で選定された駒なのか。
サイハが本を手に取り、厚いハードカバーの表紙をめくる。
***
昔々。世界は一冊の本でした。ひと繋がりに紡がれた歴史でした。
しかし、本は壊れて、ページがばらけてしまいました。
ひと繋がりだった歴史はほどけて途切れてしまいました。
飛び散った世界は砕け散ることなく、並列に存在し始めました。
自立し始めた歴史を紡ぎ直そうと、神は世界を構築しようとしました。
途切れたページを繋ぎ直そうとしたのです。
しかし、元通りにひと繋ぎにするには部品が足りませんでした。
繋げるには欠けた部分が多すぎたのです。なので、部品を作る必要がありました。
世界という土台を作る神がいる一方で、土台の上にいるものを再構築しようとした神もいました。
神は、穴だらけになってしまった盤面からこぼれ落ちた駒を掬おうとしました。
こぼれ落ちてしまった駒を拾って、未練のある魂を救済しようと思いました。
そうして、死者の魂の未練を消化しつつ世界を組み立てる部品を作る箱庭が完成したのです。
***
童話調で語られるこれは、世界の真実とやらだ。
救済の名のもとに、死んだ魂を箱庭に詰め込んだ。
「ここは死後の世界ってこと?」
つまり、それぞれの異世界から召喚されたのではなく、死後の世界からまとめて引っ張ってきたのだ。
この世界に召喚される前、召喚直前のことも覚えていないのはそのせいだ。
その瞬間はまさに自分が『死んだ』瞬間だから。
「敗者復活戦かよ」
未練を残して死んだ魂を餌で釣って争わせるだなんて。
まるで敗者復活戦のようだ。リーゼロッテが吐き捨てる。
信じられないが、これは真実だ。
自分はこの世界に来る前、死んだのだ。おそらく惨たらしく、未練を残して。
心当たりはある。時折無意識にそのようなことを口走ったことがある。まるで自分が死んだことがあるような。
「……死後の世界ってことは……じゃぁ……」
それが正しいなら。サイハの唇が震える。
頂上には何があるのか。漠然と『いいことがある』という認識はあるが、それは具体的に何なのだろうと語り合ったことがある。
その時、サイハは『元の世界に帰る手段』と答えた。
だが、ここが死者の未練を消化するための死後の世界とするならば。
『死んだ』自分は元の世界に帰ることはできない。死者は生き返れない。生死の道は一方通行なのだから。
「……俺が……死んだ……?」
嘘だろう。いや、本が嘘をつくはずがない。本に書かれていることはすべて真実。そこを疑うことは無意味だ。
「まぁいつ死んでもおかしくねぇ世界だけどよ……ん?」
いつ死んでもおかしくない世界で生きていたから、そこは仕方ない。
自分の番が回ってきただけだとそう深刻にならずに受け止めていられる。
理解と実感が追いついていないだけかもしれないが。
比較的平静を保つリーゼロッテの手の中で、本が不意に開く。
***
まるで中から弾かれるように本が開き、また引っ張られる感覚がする。
つんのめる。目を閉じて開けたが先程のようなモニターはなかった。
何もない空間に、ただ独りで本を持って佇んでいるだけだ。
「なんだよ……」
この中で本を見ろということか。他の3人には見せてはいけない内容なのだろう。
嘆息してリーゼロッテは本を開く、いったい何が書いてあるのやら。
――汝が盾役であるのは、生前の罪ゆえにである。
――他人を切り捨ててきた汝には、その償いとして他者を守る枷を負う。
これもまた罪に対する浄罪の箱庭の活動の一環なのだ。
生前、罪がある魂に贖罪をさせ浄罪とするために。
「はん」
リーゼロッテは鼻で笑う。
敗者復活戦に脱落者だけでなく失格者も加えてくれるというのか。
なんと慈悲深い神であろうか。皮肉げに吐き捨てた。
さて他の3人はどうしたのだろう。後ろに引っ張られる感覚に身を任せながら、リーゼロッテは息を吐いた。
***
名前をいつまで隠すのだ。
問い詰める文面に嫌気がさして本を閉じる。
名前を隠すのは過去を隠したいからだ。
暗殺者だった過去を消して、サイハ・アイル・プリマヴェーラと名乗ることで新たに人生をやり直したかった。
そのやり直しがまさか死後の世界だとは思わなかったが。
「過去を隠すことが罪だというの?」
だとするなら罪をかぶったままでいい。
あんな血生臭い話は誰にもしたくない。信頼する相手ならなおさらだ。
失望されることが怖いのだ。
せっかく過去を隠して新たに人生をやり直しているのに、露呈したら隠す意味がなくなってしまう。
失望されたくない。それによって人が離れていくことが怖い。
だから、それが罪だと言うなら、それで構わない。すべて秘密だ。
***
気がついたら本を持って独りだった。
これ以上何の真実があるというのか。恐ろしい気持ちになりつつも、真実から目を背けないように本を開く。
――呪いの巫女、汝は愛する者をその手で殺す。
ただそれだけ。シンプルな文面だった。
愛する者。言われて思い浮かぶのはひとつの背中だ。
昴さん、と唇の動きだけで呟いた。
太陽のような人だった。眩しくて、優しくて、いとおしくて。
気がついたら好きになっていた。いつでも目で追っていた。
それなのに。
彼を殺すというのか。
***
「あぁもう……なんだよ……」
急に前後に引っ張られて酔いそうだ。
頭を振ってめまいを振り払って、読めと言わんばかりに手に持たされていた本の表紙を開く。
日に焼けた羊皮紙のような質感の紙にじわりと文字が浮かび上がる。
――汝にだけ、『鍵』の製造方法について知らせよう。
『鍵』とは塔の頂上に至った時に必要になるもの。
塔の頂上には『扉』があり、それを開くためには『鍵』が必要となる。
では『鍵』の正体は何か。
――『鍵』とは、到達者の肉体である。
体を捨て、魂だけで『扉』をくぐる。
この世界の人間はすでに死んだ魂に仮初の肉体を与えているだけなのだから、この世界から脱するなら肉体は不要だ。
『扉』をくぐった先は神が紡ぎ直した新たな世界だ。その中で自由に願いを叶えられる。それが塔の頂上に至った褒賞である『いいこと』だ。
巫女は到達者の肉体を加工し、『鍵』とする。
それが巫女の役割であり、それを拒否したことで巫女は罪を負ったのだ。
「は……? 冗談だろ……?」
なんてことのないように書かれているが、要するに巫女の手で到達者を殺せということだ。
いつかの『週』のフォルが拒否したのも当然だ。できるわけがない。探索をともにした相手ならなおさら。
しかし、それをしなければ巫女の罪は晴れることがない。
できるまで永遠と繰り返し続けるのだ。
なんて地獄だろうか。




