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チクタクチクタク、振り子は反復する

真実の一端を見せよう。


本はそう告げ、ひとりでに閉じる。一瞬遅れて隣の本棚から本が飛び出した。

まるで取れと言わんばかりに飛び出し、床に落ちた本をそっとサイハが拾う。

どうする、と視線でフォルに問う。これ以上真実を知るか、否か。


「……開きます」


このまま知らないふりをしてもだめだ。きちんとすべてを見なければ。

苦しく、つらいかもしれない。けれどこのまま目を逸らし続ければもっとつらい目に遭うかもしれない。

ひとつ深呼吸してフォルが本をサイハから受け取り、ページを開く。


「うわっ……!?」


ぐいっと。本の中に吸い込まれるような、前に引っ張られる感覚がした。

つんのめって、よろめいた足を踏ん張って、反射的に閉じてしまった目を開ける。


目を開けると、さっきまでの本棚尽くしの書架とは違う場所にいた。

何もない広い部屋。壁の一面だけ、まるで映画のスクリーンのように巨大なモニターがある。


「なんだこれ……」

「待て。何か始まるぞ」


映画のフィルムを再生するような、かたかたという音を聞き止めてリーゼロッテが昴を止める。

それを合図に、映画の上映の前振りのようにあたりが暗くなる。

少しの沈黙の後、モニターに映像が映し出された。


***


「嫌です、わたしにはできません……!!」


嫌がるように身をよじる少女。背格好も服装もフォルと同じだ。


できない、やりたくない、嫌だと繰り返して何かを拒否している。

これはおそらく、いつかの『週』で巫女が役目を拒否して罪をなした瞬間だろう。


「鍵は作れません……わたしは、そんなことできません……」


ついに頭を抱えてうずくまる。

それきり暗転し、映像が切り替わる。


「初めまして、わたしはフォルといいます」


「記憶を求めて塔に登ることにしたんです。いったい、わたしは何を忘れているのでしょう……」


「わたしが……巫女……?」


「鍵を作る……そういうこと、だったんですね……」


「やりたくありません……もう、わたしにはできません……!!」


「アァ、マタジャナイ」

「ヤリ直シネ」

「次ノ巫女ハ、モウ少シマトモデアルトイイワネ」


「フォルです。みなさん初めまして」


「わたし、記憶がないんです」


「これが罪……罰……」


「浄罪のために役目をこなす……そんなこと……」


「できません……」


「マタァ?」

「モウ1回ネ」

「世界ノ作リ直シハ大変ダカラ、アマリ挫折シナイデホシイノニ……」


「フォルといいます。よろしくお願いします」


「記憶喪失なんです、わたしって」


「どうして……?」


「ヤダ、他ノ駒ガ狂ッチャッタ」

「チェイニーダッタカシラ? コノ駒ハ使エナイワネ、盤面カラ消シタラ?」

「使イ道ガアルカモシレナイワ、残シテオキマショ」


「フォルです。名前以外は何も覚えていなくて……」


「これがわたしの役割だっていうんですか?」


「拒否します、否定します。だって、その選択は、何もかも終わりじゃないですか!」


「マタ最初カラ」

「世界ヲ使イ回スノハドウ?」

「賛成! 最初カラ作リ直スノハ大変ダモノ!」

「巫女ノ記憶ダケ消シテ、後ハ使イ回シデ……」


「初めまして。フォルといいます」


「あれ? 町に出られない……? 結界が、通れない……?」


「こんなの、あんまりじゃないですか!」


「これが正しいなら、世界はなんて……」


「ネェ、イツマデ繰リ返スノ?」

「飽キテキチャッタ」

「今度コソ成シ遂ゲテホシイワ」


「さっきは助けてくださってありがとうございます。フォルといいます」


「何も覚えていないんです……名前くらいしか……」


「わたしが……巫女……?」


「できません! 嫌、こんなことをするくらいなら……いっそ……!!」


「ハイ、マタ」

「自殺デ終ワリッテ、何回目ダッケ?」

「数エルノモ嫌ニナルクライ!」

「記憶消シテ、コノ子ノコト覚エテル人ハ皆『削除』スルワヨ!」


「わたしの名前……確か、フォルといいます……」


「何も覚えていないんです……名前だってあやふやで……」


「塔の頂上に行かないといけないんです。その気持ちしか覚えていなくて……」


「こんなことなら、登らなければよかった……」


「わたしはもう、先に行けません。ここで足を止めます……」


「モウ! 何度目ナノヨ!?」

「ヤッパリ、町ニ出ラレナイッテイウノハ邪魔ナ縛リジャナイ?」

「デモ、コレナラ巫女ノ記憶ヲ消スダケデ簡単ニヤリ直セルノヨ?」

「世界ノリセットヲ挟マナイデイイノハ楽ダケド……」

「最初カラ探索者ノ中ニ入レテオケバ? 塔ノ中デ出会ウ謎ノ少女ッテ設定ガ無駄ナノカモ」


***


何度も何度も繰り返される光景。

フォルという少女が記憶喪失を告げてその真実を追い求め、たどり着くまで。

最後は挫折して膝を折ってうずくまり、そして暗転して精霊の声がして。それのループだ。


こうして見ているうちにも何度も光景が反復される。


「なぁ……これ……」


何かに気がついた昴がスクリーンを指す。

スクリーンの角に数字が書いてある。映像がループするごとに数字が減っていく。

登って、折れて、そのたびに数字が減っていく。

やがてそのカウントダウンは6で止まり、ループする映像も止まった。


「……6……?」


6。覚えがある数字だ。

これは黒衣が語っていた『頂上に至る可能性がある探索者パーティ』の数ではないのか。


じゃぁ。つまり。


「……腹立つ光景だな」


リーゼロッテが吐き捨てる。

『全消去』して作り直すのが手間がかかるから、できるだけ手間を省くことにした。

巫女を迷宮の中に出さなければ、彼女と関わる探索者だけしか彼女のことを知らなくなる。

そうすれば探索者一行が挫折した時に彼らを殺害し、フォルの記憶を消せば世界を使い回せる。

そうして世界の再構築を避けつつ贖罪が済むまで周回させることができる。


その作戦でいっていたのが、どうもうまくできなかったので方針を変えた。

探索中に出会う記憶喪失の謎の少女という立場を変えて、他の者と同じく召喚されたていで最初から探索者一行に混ぜる。


なんと反吐が出る考えだろう。

そうやって何度も使い回して、どうにもならなさそうだから『今』を『今週』のラストにして、だめだったら『全消去』だ。

その先でも世界が摩耗するまで世界を使い回すのだろう。


「なんて……うわあっ!?」


なんてひどい話だろう。

昴が苦々しく吐き捨てようとした瞬間、後ろに引っ張られる感覚がする。

否、これは前から押し出されているのか。

とにかく、スクリーンから引きずり出されて引っ張り出されている。


後ろに引っ張られてひっくり返りそうなところで踏ん張って、目を閉じて開けたら元の本棚の前にいた。

これが真実の一端。そう紙面に文字を浮かべ、本はひとりでに閉じた。

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