神を葬るか、神が葬るか
昴たちがその候補なのだ。そう黒衣は語る。
「あぁ、他にも『頂上候補』はおるでな。貴殿を抜いて5組だ」
今のところ、昴たちを含めて6組。彼らが世界の運命を担っている。言い換えれば、世界のリセットボタンに手をかけている。
一組が折れれば、それだけ『全消去』に近付いてしまうのだ。
スカベンジャーズの拠点には文字盤がある。精霊が針を進める『終末時計』だ。
これは終末までのカウントダウンだ。0になった時がタイムアップ。環境の再設定が行われる。
「だから頂上に到達してほしいのよ」
「でも、それは……」
頂上に至った時、起きることは変わらない。
頂上に至った探索者に報奨を与えた後、残ったものは『全消去』だ。
結局何も変わらないのではないか。
「あぁ。そうだとも。……だが、我はそれをどうにかできる手段がある」
今はまだ明かせないが、このふざけた世界を作った神に一矢報いる方法がある。
それでもって神を葬れば、この世界は生き残る。とにかくこの『今週』は生存するだろう。
その後のことはその時に考える。今はまず、神を葬ることが最優先事項。
「だが、我はスカベンジャーズの縛りで到達階にしか行けぬのよ」
スカベンジャーズは塔の掃除屋。掃除の必要があるところにしか行くことができない。
探索という段階を踏まずともどこにでも現れることができるが、その代わりに誰かしらの探索者が到達したことのある階までしか行くことができないのだ。
現在、この世界にいる探索者のうち、最高到達階は46階。したがって、46階までなら自由に行くことができる反面、47階以上には踏み込めない。誰か探索者が踏み込むまで行くことができない。
つまり、黒衣が持つ『神に一矢報いる方法』を使うには、誰かが塔の頂上まで行かなければならない。
そうすれば黒衣が塔の頂上に現れることができる。そうして神に一矢報いてやるのだ。
「おい、スカベンジャーズって第三勢力じゃねぇの?」
塔を作った側である神や塔の維持を担う精霊の側でもなく、塔を攻略する探索者側でもなく。
第三勢力のような立ち位置であると聞いているし、リーゼロッテの認識もそうだ。
それが神に牙を剥く復讐者だとは。
「『前週』で巫女が神に反しただろう? それで思い出したのよ」
駒の1つでありながら、神に逆らった塔の巫女。
それを見て、いつかに探索者だった頃の感慨を思い出した。
「我もルッカだったのでな」
「ルッカだったんですか!?」
「あぁ。しかも到達者さ」
塔の頂上に至る可能性のある者。それをルッカという。神のお気に入りの駒とも訳されるかもしれないが。
黒衣もまた、いつかの週には探索者だった。そして探索者として、彼女はついに頂上に到達した。
すべての真実を知ったし、また自分が不死だということもその時に知った。
「あの時思ったのさ。神はろくでもない大馬鹿野郎だとね。……その感情を思い出したのさ」
だから『今週』では少しばかり足掻いてみようと思ったのだ。
ルッカに声をかけ、自分が持っている真実を伝える。そうして塔を登らせ、頂上に至ったその時に自分が乱入して神を葬る。
その打ち合わせをするために"修練の門"の内部に場を借りたのだ。この異次元は、設定された目標を達成するまで出ることはできない。外からは絶対に干渉することはできないし、内部から外へも同じだ。
完全に隔たっている異次元は、神にも精霊にも誰にも察知されない絶好の場所なのだ。ここでならどんな内緒話もできる。
「……さ、我が語れる話はここまで。すべての答え合わせは25階で行われるとも」
そうしてその時、箱庭の底が何でできているかを知るだろう。
例えるならここはすり鉢の底なのだ。いつすりこぎ棒で潰されるかという時間の問題なだけで、結果は何をしても一緒だということを。
深くかぶったフードの下で目を閉じ、一息吐いて黒衣は話を終えた。もはや自分の口から語れることはない。
「話をしてくださってありがとうございます、黒衣さん」
「応ともよ。貴殿らにとっては過酷だが折れずに進んでほしい」
さて、話も終わったし帰るとしよう。
ぱちんと黒衣が指を鳴らすと、その場に門が現れた。これをくぐれば20階に帰ることができる。
出るといい、と促されるがちょっと待ってほしい。ここで情報と気持ちを整理したい。他言無用のことならばなおさら。
だって、信じられないではないか。自分たちが破滅の引き金に指をかけているだなんて。
自分たちが挫折すれば、それはすなわち世界の滅亡なのだと。
そう言われて、はいそうですか、では頑張りますねと進めはしない。
「あぁ……そうさな。どうもそのあたりの感慨は鈍くなっての。好きにするがいいさ」
どうせ時空の折れ曲がった世界だ。この異次元の中で何日か過ごそうとも、外ではたった数時間にしかならない。
悩みたければ悩めばいい。心が折れなければいいだけで、時間自体はいくらかかってもいいのだから。
***
「はぁ……」
とんでもない情報が出てきてしまった。昴は重々しく溜息を吐く。
じっとしているとなんだか悪い方向に考えていきそうで、適当にこのあたりを一周してみた。
体を動かしたおかげでなんとか思考は後ろ向きにならずにすんだが、いやはや。
溜息が止まらない。溜息を吐きすぎて、どんな感情からきた溜息なのかもわからなくなってきた。
「あ、フォル」
「昴さん」
食事の支度にと熾した焚き火を見つめていたフォルが顔を上げた。
「サイハとリーゼロッテと……黒衣もいないけど……」
「サイハさんとリーゼロッテさんはあちらの方で手合わせをするとか……黒衣さんも審判にと向かってしまって」
だから今ここには自分しかいない。
静かな中、焚き火を見つめて思考をまとめていたのだ。
昴が横に座る気配を感じながら、焚き火を見つめたままのフォルは口を開く。
「本当……皆さんにはわたしの我儘に付き合ってもらって……」
すっかり言うのを忘れていたが、ダレカの件に始まり、それを浄化する方法やルフのこと。
色々と我儘に付き合わせてしまった。そのくせ自分は何も返せていない。戦闘で傷を癒やしたり、身体能力を活性化させて補助をするくらいだ。
「頼りになれなくてすみません……」
皆に頼ってばかりだ。そのくせ頼られるようなことはできていない。
もっとしっかりしていれば。もし、きちんと記憶があるのなら、こんなふうに足手まといのような気持ちにならずにすんだのだろうか。そんなことまで考えてしまう。
「俺だってそうだよ」
フォルが吐き出した不安に、ぽつりと昴が返す。
昴だって自分の力のなさを歯がゆく思っている。目の前のことについていくのが精一杯で、活躍らしい活躍は一切していない。
パーティ唯一の男なのに、リーゼロッテのほうがよほど勇ましいし男らしい。情けないとさえ思う。
「そんな……昴さんはそんなことないですよ」
昴の弱音をフォルが否定する。情けないなんて、そんな自分を卑下しなくてもいい。
フォルにとって、昴は十分頼りになるひとだ。
「7階のこととか……嬉しかったですし……」
「7階? なんかしたっけ?」
それは7階でのこと。
回復効果という本来ならありえない武具を持つ自分は異端なのではないかと悩んだあの日。
――世界の一部だ。要らないってことはない。フォルだってきっとそうだよ。
自分はここにいてもいいのだ。排除される異端ではない。
そう保証してくれた言葉がどれほどフォルの心を救ったか。
「ふふ、内緒です」
それはまだ芽生えたばかりの小さな恋の芽の話。




