掃除屋の頭領、黒衣の女
長々と注意事項を聞き、宿屋で一泊して、翌朝12階から登って20階。
登る間に何回も精霊に絡まれて大変だったが、何日かかけてなんとか20階まで戻ってくることができた。
「おう。証明書は?」
「はい。これでいいんだよな?」
「どれどれ……うん、本物だな」
転移装置の前の見張りに証明書を渡して通してもらい、転移装置に手をかざして交感する。
これで1階や11階の町からここまで転移することができる。いちいち12階から必死に登ってくることもないのだ。
これで目的のひとつは達成できた。しかし本題はここからだ。
スカベンジャーズから『全消去』のことを聞かなければ。
だがそのへんのスカベンジャーズに聞いたところで大した情報は得られないだろう。やはり、その手の話はトップが知っているものだ。
「あの……」
「うん? なんだ?」
「スカベンジャーズの一番偉いひとに会うことってできますか?」
少し臆した風を見せながらもフォルが見張りに問う。
そもそもスカベンジャーズのトップが誰か知らない。男なのか女なのか、それすらもだ。
問いかけられた見張りは怪訝そうに眉を寄せる。
「一番偉いって……"黒衣"のことか?」
「こくい?」
あぁ、と見張りの男は頷く。
黒衣とは、スカベンジャーズの頭領の女だ。全身黒ずくめのスカベンジャーズの中でもなお黒い服装をしているのでそう呼ばれる。
特に命令をすることはなく偉ぶることもなく、ただ団員同士のトラブルの時に仲裁するくらいのことしかしていないので、あまり頭領といった感じはないが。
「黒衣ならそろそろ帰ってくるが……あ、ほら」
噂をすれば何とやら。ちょうど転移装置が作動した。
かつかつとブーツのヒールを高く鳴らし、目元まで覆う黒いローブをまとった女がゆっくりと進み出てくる。
ローブの下はぴっちりと肌に張り付くような、裾も袖も短く切り落とされた服を着ている。動きやすいように布の面積を削ったのだろう。露出する肌は上から包帯のようなものを巻いて隠している。
四肢や急所はその上に甲鎧をつけ、革のベルトで固定して保護している。
それらのすべてが黒で統一されており、武具だろう銀色のアクセサリーだけが唯一の『黒でない場所』だった。
「黒衣に用事だそうだ」
「……ほう、私にか」
応応、と見張りに頷いた黒衣は昴たちを見た。リーゼロッテ、サイハ、昴と視線をやって、フォルを見る。
「あぁ……成程。成程……これは話が長くなりそうよな。応とも、少しばかり場を借りるとしよう」
「へ?」
「"修練の門"」
がこん。落とし穴のように床に石の門が唐突に出現した。
身構えるよりも先に扉が開く。足元に広がる扉が開いたということは。
「うわっ、あ、あああああああああぁぁぁぁぁ……!!!」
落とし穴よろしく、落下。
***
「いきてた……」
木や茂みがクッションになってどうにか落下死は免れた。
背中を打ったが怪我はしていない。念のためフォルに"メディシナール"で治療してもらう。
「おうおう、無事で何より。重畳、重畳」
うんうんと頷き、黒衣は適当な岩に腰掛けた。
長い脚をゆるりと組み、膝に肘をついてフードの下から昴たちを品定めのように眺める。
「先に自己紹介しておこう、黒衣だ。名前は教えられんでな」
名前は尊いものであり、それをむやみやたらに言いふらすべきではない。名乗りは常に字といわれる仮の名で。
そういう文化を持った世界で生きていた頃からの習慣だという。
この世界では一貫して黒衣と名乗っているのでそれで呼んでもらって構わない。
からからと笑ってそう自己紹介を済ませた黒衣は人懐っこそうな笑みを引っ込めた。
「うむ。要件はわかっておる。『全消去』の話だろう?」
「知っているんですか?」
「あぁ。……そうさな、どこから話したものか……」
まずは『全消去』がどう行われているかの話をしよう。
『全消去』が決定した時、世界には"破壊神"が産み落とされる。
その"破壊神"がすべてを壊し、殺し、世界を均す。人間も、そうでない者も、精霊も神の眷属もすべて等しくなくなる。
「子供のままごとで、積み木で城を作り人形を兵士に見立てて遊ぶものがあるだろう?」
積み木を積んで城壁や城を作り、その上に人形を置いて。そんな子供の遊びと同じことだ。
そうして作られた箱庭は、飽きれば片付けられる。
「片付ける時など、そんなもの適当だろう? 積んだ積み木は崩して、人形はおもちゃ箱に突っ込んで……」
それと同じ話だ。この世界は神の箱庭で、我々は駒なのだから。
適当に片して乱雑に突っ込んで、そしてまた遊びたくなったら積み木を積んで城を作り兵士に見立てて人形を置く。
そうしてまた飽きたら崩して片付けて。それの繰り返しだ。
「そうして片付けられる我々だが、これまでの『週』を覚えている者もいての」
完全帰還者、ネツァーラグがそうだ。
彼は『前週』を覚えている。『今週』の直前だけではない、何回も繰り返された破壊と再構築をだ。
彼はそうして世界を呪って世界に呪われて、世界を嘲笑っている。
他にもそういった人物はいる。図書館の司書ヴェルダがそうだ。
彼女は自分がこの箱庭に駒として配置されてから現在までを覚えている。
あの図書館に蓄積されている情報は『今週』だけのものではない。『前週』からすべての膨大な記録が眠っている。
「そしてそれは我も同じということよ」
本来それは神の予想外だった、と黒衣は語り、おもむろにナイフを取り出す。
何の変哲もない、日常生活で果物ナイフの代わりに使われているような武具だ。
それを手元で翻し、黒衣は何の躊躇もなく自分の左腕を切りつけた。
「きゃ……っ!?」
「え、ちょっと!?」
「騒ぐな。……ほれ」
ほとばしった鮮血に息を呑む一同にしれっと返し、ナイフを指輪に戻した黒衣は右手で傷をなぞる。
羽を撫でるような手付きで優しくひと撫ですると、あったはずの深々とした切り傷はまるで何もなかったかのように消えていた。
「この通り、我は不死での」
どういうわけか、そういうものとしてこの世界に召喚されてしまった。
どんな傷もたちどころに治ってしまうこの体は『全消去』すら生き残った。
そうして生き残ってしまった自分は塔の維持を担う精霊たちと取引をしてスカベンジャーズという組織と地位を作り上げた。
自分以外のメンバーは毎週違うが、自分が頭領であることは常に変わらない。
「ま、我はイレギュラーだったということよ。……そういうイレギュラーでなければ、『あれ』は生き残れない。『全消去』とはそういうものよ」
そしてその『全消去』の時は近い。黒衣はそう語る。
というのも、『今週』が出来上がってから相当長い。ホロロギウム歴に換算して5年。日数にすれば1万4000日。1年365日なら40年足らず。誰も塔の頂上に至っていない。
これは由々しき問題だ。発展が望めない停滞した箱庭はどうするか。答えは簡単だ。廃棄して作り直す。『全消去』して駒を再配置する。
「つまり今この時がラストチャンスというわけさ」
編成所がなくなったことで新しい探索者の召喚が止まった。
『前週』もそうだった。何らかの理由で新たな召喚が止まったその時が最後通牒だ。
今いる『頂上に到れる可能性のある』探索者候補が全員諦めたら。
「諦めたら……その時は……」
言葉を切った黒衣に続いて呟く。
頂上に到れる可能性のある者が誰一人としていなくなったら。停滞してしまったら。
その時は『再設定』だ。すべてを壊してまた作り直す。記憶を保持する一握りを語り部として残しつつ、きれいさっぱりリセットする。
「この話をするのはどうしてだと思う? ……貴殿らが『そう』だからよ」




