堕ちた彼女の罪罰や如何に
それから、色々な場所で色々と記述を見つけた。
あるものは探索者の持ち寄りはこの中に。あるものは行き止まりの壁に。あるものは不自然にぐらつく石畳のレンガをめくったくぼみの中に。
それらの記述を集めて総合すると、『前週』での巫女の動向がわかるようになっていた。
塔の巫女は神によってこの世界のために作られた存在だ。
与えられた使命に従い、頂上に至る可能性のある探索者を導いていた。
探索者に味方せず、常に中立、どちらかといえば神の側で振る舞う態度であるべきだった。
しかし何かがきっかけで探索者に感情移入し、探索者たちに肩入れするようになった。
最初はささやかな手助けから。次は行くべき道の案内を。しまいには頂上まで同行するようになった。
それが塔の巫女の罪。
神はそれを怒り、巫女に罰を与えた。巫女の全権を剥奪したのだ。
全権を剥奪された巫女はヒト同然となってしまった。
それが塔の巫女の罰。塔を司る巫女の役割は、『今週』では精霊に与えられている。
「巫女は……どうなったんでしょう……?」
これはあくまで『前週』の話。
全権を剥奪したとはあるが、殺したとは書いていない。
『全消去』で巫女はどうなったのだろう。問うてみても、その答えは見つからない。
もう少し情報を集める必要がある。まず始めに行きやすいところからということで14階から19階までを捜索したが、下層にもあるかもしれない。
とりあえず、ここまでの経験値でどれくらいレベルが上がるかだ。まずは図書館に行って、いったん経験値の精算をしよう。
***
「こんにちは、ヴェルダさん」
「久しぶり。経験値の精算ね?」
そろそろ来る頃だろうと思っていた。そう言って図書館の司書ヴェルダは奥の部屋を指した。
促されるままに、いつもどおり順番に知識の提出をしていく。塔の中でどのような経験をして、どのような感慨を抱いたか。得た情報、感じた思い。諸々を共有していく。
いつもどおり、つつがなく終わって、手続き完了待ちの最中。
休憩にどうぞと飲み物と茶菓子を運んできたヴェルダが2枚の紙を差し出した。
「これは?」
「片方はレベルの証明書」
まだ細かな数値は計算し終わっていないが、20階の転移措置を使う条件であるレベル50という数値は確実に達成しているので先んじて発行したのだそうだ。
これを転移装置の周囲にいた見張りに渡せば転移装置を使うことができる。転移装置に触れ、交感すれば、あとは自由に行き来することができるようになるはずだ。
「それで、もう1枚の書類が編成所復旧に伴う諸々の手続きのためのもの」
完全復旧はまだだが、最低限の役割であるランクアップの手続きだけでもやれるようにするらしい。
長いこと止まってしまっていたせいで申請は大量だろう。そこで、その中でも低ランクを優先して手続きを行うのだそうだ。
ランク0である昴たちは、最も優先して手続きを行ってくれるはずだ。本来ならばランク2なのだから。
「これに記入して……後の細かい書類は私が届けておくわ。あなたたちの踏破状況は私がよく知っているもの」
「ありがとうございます!」
「どういたしまして。こちらこそ、滞ってしまってごめんなさい」
探索者が探索に打ち込めるように環境を整える側なのに、それを滞らせてしまった。
謝罪するヴェルダに首を振り、気にしていないと答える。
なんだかんだ、ランク0であることでの不都合はそれほど起きなかった。入店を拒否されることも宿泊を拒絶されることもなく、悪人に身ぐるみを剥がされることもなかった。
「これで……っと……はい、控え。今から書類を整えて届けてくるわね」
「お願いします」
「えぇ」
もう手続きは完了するはずだろう。後は好きにするといいと言いおいて、ヴェルダは部屋から出ていった。
それと入れ違えるように、何やら書類を束ねた封筒を手にした窓口の担当員が入ってきた。
「どうも。このたびレベル50になって新しい情報閲覧許可が降りたので、注意事項を説明しに参りました」
曰く。得た情報に対する規制だ。
図書館の"本"で得た情報にはレベルごとに規制があり、ある程度塔の真実を知った者にはそれにふさわしい情報が出てくる。
「これまで、何か調べ物をした時に記述に黒塗りがされていませんでしたか?」
ダレカについて調べた時、黒塗りされていた記述がそれにあたる。あの黒塗り部分は、まだ右も左も分からない新人探索者が知っていい情報ではなかったので図書館側で規制していたのだ。
レベルが十分高くなった今、その黒塗りの部分は読めるようになっているはずだ。
「規制する理由はおわかりだと思いますが……」
規制する理由は、それを知ってしまった時の影響を考えてのことだ。
今から10階に挑むというのに、ダレカが捕まえた人間をどうするか詳細に知ってしまっては恐ろしさのあまり探索の意思が折れるかもしれない。
だから黒塗りをして情報を伏せるのだ。『捕まったらどうにかなる』という情報だけ与えて、具体的に何をして死に至らしめるかを伏せておく。
「そういうわけですので、得た情報は他言無用でお願いします。……何の話かわかりますね?」
話の要点は、ダレカの黒塗りの情報のことではない。
『前週』の話だ。世界は『全消去』を受けて何度も繰り返されていることなど広めてはならない。
下層で話をする時はくれぐれも気をつけるように。何がヒントになるかわからないので、一切口にしないように。
「中層なら構いませんがね。みなさん、同程度の情報は知っていますので」
ただそれを口にするかどうかなだけで。
しかし下層では一切禁止だ。発言には箝口令が敷かれる。
もし破れば、スカベンジャーズが『掃除』にかかるだろう。
「その情報を聞いた人間と、喋った探索者と……わかりますね?」
「は、はい……」
恐ろしいことが起きるというのは理解した。
掃除というのはつまり、口封じの殺害ということだろう。
後には何も残らないように、汚れを落とすように『掃除』される。
「それがわかっていれば結構です。具体的な禁則情報は今から読み上げますので、頭に叩き込んでください」
「へっ」
「メモを取るのは禁止ですよ。そのメモがどこに流出するかわかりませんので」
「うぇぇ……」
ちゃんと覚えてられるかなぁ。唸って現実逃避のように見た窓の先、黒衣の人間たちが横切っていった。




