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人権なしのランク0。よくわからないけど、塔、登ります  作者: つくたん
中層『受難の層』
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尊い君は堕ちて足掻いている

14階。


――尊い君は堕ちて足掻いている。


14階には登ったが、ここでひとまず野営だ。

目の前にあったレストエリアで天幕と敷物で簡易的なテントを組み立てて息をつく。


「石碑の文章もけっこう溜まってきたんじゃないか?」

「はい、そうですね……えっと……」


昴に聞かれてフォルはメモが書かれた手帳を開く。

1階1個で14個。よくよく見てみれば1階や2階の町にも、11階の町にも精霊峠にも碑文はあった。

前まではそれらを読んでいってもわからないことだらけだったが、今読めば何かわかる部分もある。


1階。それはかの者の思いつきから始まった。

2階。紡がれた言葉は世界となり、作られた世界は並列に存在していた。

3階。やがて創造主の手を離れた世界は自ら走り始めた。

4階。それはさながら歯車のように噛み合い始めた。

5階。それは混ざりあった世界の中の塔。

6階。繁栄と衰退と荒廃。ならば新興はどこだろうか。

7階。すべてが収束する終息の塔で果ての夢を見る。

8階。神は人に試練を授けた。これをもって受難の開闢とする。

9階。受難を越え、恐怖に直面せよ。果てには奇跡。

10階。自らの落とし前をつける時が来る。

11階。剥奪されてまで手に入れた尊厳。

12階。すべては神に捧げられ贄となった。

13階。それは神に背いた代償に奪われたもの。


そして14階。『尊い君は堕ちて足掻いている』だ。

5階までの石碑の文章は世界の成り立ち、創造神話に近いものだろうか。

そうして塔とこの世界を説明するような文章が続き、11階で急に毛色が変わる。

11階から14階まで。自分たちが持っている知識と足して合わせれば、何となく全体像が見えてくる。


『前週』で誰かが自分の尊厳を優先して神に逆らった。

その結果何かを奪われ、しかも世界は『全消去(リセット)』を受けた。


誰かという部分に関しては、考えつくのは"完全帰還者"のネツァーラグ。彼の言語崩壊の理由は神に呪われたということだった。

ネツァーラグのことならば、帰還者でいて、それでかつ理性と自我を保持する者ということが碑文にほのめかされているだろう。

それ以外だとすると、あるいは、塔の巫女だろうか。石碑に書かれるほどの塔に関わる重要人物の心当たりはそれくらいしかない。


「……奪われた……か」

「何かの罰ってことでしょうか?」


奪われたとあるが、何をだろう。

答えはこれまでの文章にあるのだろうか。読み返してもそれらしいものはない。


あぁだこうだと手帳を挟んで顔を突き合わせている昴とフォルを、遠くから微笑ましそうにサイハが眺める。

本人たちは議論に夢中で気付いていないだろうが、距離が近い。

相手のパーソナルスペースに踏み込んでしまうほど、そして近くても気にならないほど気を許しているということだ。


これは小さな春が始まっているのかもしれない。

年も似たようなものだし、もしそうなるのならお似合いだろう。


「何笑ってんだお前」

「えぇ? なぁに? ちょっと春を見守ってるだけよ」


距離がやたら近いことに気付くのはいつだろう。

その時の慌てっぷりを想像すると、サイハの口端は重力に逆らってしまうのだ。


***


サイハの想像以上に大慌てで離れていった。

可愛らしいなぁと微笑ましくして夜を過ごして翌日。改めて14階の探索を始めることにした。


「中層から敵が変わるんですよね?」


下層はエレメンタルだけだった。あれは中に漂う魔力が高密度に密集したものが物質化したものだ。

水蒸気が集まって水になり、水が氷に変化するようなものだ。

その結晶の塊の属性バランスがひとつに偏った時、エレメンタルとなる。たとえば、火の属性に偏ったらファイアエレメンタルになる。


しかし中層はエレメンタルではなく別の魔物が出てくる。

精霊峠の精霊や神の眷属に連なるものが現れる。


「ウフフ……ネェ、動ク水ヲ見タコトガアル?」


迷宮を進む昴たちの前にひらりと現れた水の精霊。

手をかざし、空中の水分を集めて水の塊を作る。そこに精霊の権能で力を与えると。


「ウルラニ!」


どぽんとヒトの形をした水の塊が現れた。

ウルラニ。水によって起動されたものという意味のある魔物だ。

水たまりからヒトの上半身が生えたようなそれは、精霊が作った魔物である。


サイハが"隠者による百識"によって開示した魔物の情報(ステータス)によると。

精霊が作った(コンピュータ)に、戦闘という機能を付与(インストール)したものである。

与えられた機能に従い、敵を排除する兵士だ。


「ったく! "エイジス"!」

「援護するわね。……"狂信者による理性"!」


サイハがカードをたぐり、対象のウルラニの行動を停止させる。

行動を停止させるよりも先、叩きつけられた水流はリーゼロッテが"エイジス"で防ぐ。


「ありがと2人とも!」

「いきますっ!」


盾の影から昴が飛び出し、それをフォルが援護する。

フォルの"メディシナール"で運動能力を活性化させ、俊敏に動けるようにする。

そうして補助を受けた昴が踏み込む。低く姿勢を落とし、切り上げる。

ウルラニはエレメンタルと同じく核を持っている。それを破壊すれば倒れる。再生することはない。


サイハによって動きを止められ、回避も防御もできないウルラニの核を昴の刃がまっすぐ貫く。

断ち切られ、ばしゃんとウルラニだった水は床に落ちた。


「ふぅ、終わりっ」

「モウ! ヒドインダカラ!」


ぷんぷんと怒りながら水の精霊が飛び去っていく。

最初に遭遇して襲いかかってきた精霊が飛び去り際に言ったことには、14階から19階にかけてはこういった風で進んでいくのだそうだ。

下層にあった謎解きのような仕掛けはない。ただ迷宮が広がるだけである。

その中で血気盛んな精霊たちが探索者を相手に手合わせのように戦いを挑んでくる。

精霊たちは自分の権能を使って魔物を作り出し、ぶつける。

それが打ち破られれば素直に退散するというのが精霊たちの暗黙のルールなのだそうだ。

権能で魔物を生み出すだけなので、精霊は消耗することがない。だからその気になれば無限に魔物を作り出すことができる。

しかしそれでは一人の精霊が延々と探索者を独占してしまう。だから『破られたら退散する』というルールは、探索者(おもちゃ)はみんなで楽しむためのものなのだ。


「サイハ、マップは?」

「面積的にはあと8割ね」


マッピングをするサイハが地図を眺めながら答える。

迷宮のある階層の面積は、これまでどこも一定だった。

中層になったとはいえ、急激に面積が変わるとは思えないので、下層と同じ面積と仮定して逆算した。


「長いな……うわ」


まっすぐ通った一本の道。最低限の明かりしかない暗がりに何かが立っている。

サイハの"隠者による百識"で解析した情報によると、あれは帰還者だ。帰還者だがダレカではない。

ダレカよりは一層強い。ダレカという存在が更に進化して偏ったものといえる。


ダレカは複数の感情が集まって、その時表層に出てきているものに従って行動する。探索者への憎しみをたぎらせたと思えば次はその死を嘆くように、ひとつの欲求が満たされれば別の欲求が表層に出てきて行動を変える。

この複数の感情がひとつのものに固着して先鋭化したものがあれだ。

探索者の間では便宜的にバンシーと呼ばれている。


「いきます! 樹の精霊よ、私に力を!」

「エェ。愛シイ子」


ダレカより一層強いとはいえ帰還者だ。帰還者を浄化する術を手に入れたフォルの敵ではない。

樹の精霊を呼び出して種へと加工してもらう。ぱしん、と音がしてバンシーは消え、あとには種が残った。

それを拾い上げ、鞄の中にしまう。後で精霊峠に寄ることがあれば植えなければ。


「すみませんが、後日に向かいますね」

「エェ。イツデモオイデ」


ひらり。ひらり。フォルのまわりを回ってから樹の精霊は飛んでいく。

ありがとうございましたと一礼してからフォルが見送った。


さぁ、探索の続きをしよう。

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