嵐のように荒れ狂うものがいる
「ところで……こんなもの、植えてよかったの?」
「エェ。元々似タヨウナモノダシ」
ダレカという帰還者、つまりは塔から見た異物から作った種だ。
そんな異物の塊を植えてもよかったのだろうか。
サイハの質問に、あっさりとネージュが頷く。
この花畑は弔いを兼ねて、あるものを土台に生やしている。
あるものとは何か。真実のかけらを知っているのなら予想がつくだろう。
「まさか……!?」
12階一面を埋め尽くす花畑。この花すべてが弔花だというのなら。
こんな大規模な弔いをするほどの大量の死者がいたということだ。
そんなほどの多数の死者など、思い当たるものはひとつしかない。
血相を変えた一同に、そうよ、とネージュは予想を肯定する。
この花畑は『前週』の者を土台にしたものだ。
土の精霊は死体を土に還して土壌を作り。
火の精霊は死体を燃やして灰にして肥料とし。
水の精霊は流水にさらして、風の精霊は風にさらして風化させ。
雷の精霊は死体を雷で砕いて粉砕し、他の精霊が加工しやすいようにして。
氷の精霊はまだ未処理の死者を氷で閉じ込めて保管して。
そうしてできたものに樹の精霊が美しい花を咲かせた。
だから、フォルがこうして種を植えても、まったく何も問題がないのだ。
「アナタタチ、コノ先ニ行クノヨネ?」
「え? そうだけど……」
衝撃でひきつった空気を壊すように、水の精霊が問いかけてきた。
これで一区切りついた。気持ちを切り替えてこの先に進むと決めていたのだが、何か問題があるのだろうか。
聞き返した昴に、水の精霊はふるふると首を振った。
「イマ、行カナイ方ガイイワ。風ノ大鳥ガ帰ッテキテルノ」
「風の大鳥?」
曰く。13階は迷宮ではなく、壁をぶち抜いてまるまる大広間にした中に鳥の巣があるのだそうだ。
その巣に住まうのは風神の眷属である大きな鳥だ。探索者の間ではルフと呼ばれている。
ルフは非常に気性が荒く、見る探索者すべてを襲う。機嫌によっては探索者だけでなく精霊すらもその対象だ。
神の眷属ゆえに戦ってもかなう相手ではない。なので、いない間に通り抜けることが探索者の間での常識だ。
「そんなに危険なのか?」
「トッテモ! 今行クナラ、ワタシハ行カナイカラネ!」
恐ろしい鳥なのだ。大きな鳥といっても鷹や鷲などの大型猛禽類なんてサイズではない。人の身長よりも高いなんてものでもない。13階の床から天井まで届く。否。それよりももっと大きい。
しかもそれは本体の話。さらにルフは自身の羽毛を媒介にして分身を生み出す能力を持っている。
その羽毛から生み出された分身もまた人の身長よりも大きい。
そんな大きな鳥が荒れ狂ったらどうだろうか。本体だけでも恐ろしいのに、分身たちも同様に暴れ始めたらどうなるか想像がつくだろう。
そう語るネージュの顔は真剣で、決して誇張ではないことを伝えている。
遭遇することだけは絶対に避けねばならない。
「たかが鳥だろ?」
「チガウノ! チガウノヨ……ソンナカワイイモノダッタラ、ワタシタチダッテ怖ガッタリシナイワ!」
信じていないリーゼロッテに必死で言い募る。ルフはとにかく恐ろしいのだ。
ルフはその大きな爪で獲物を掴み、高いところから投げ落とす。塔の石壁など簡単に壊してしまうほど、その蹴爪の威力は強力だ。そうして掴んだものを塔の外へ放り出す。
塔の外は何もない。塔の土台となるわずかな陸地以外は奈落が広がっている。
それは神が塔以外のもののすべてを切り落としたからだ。塔という箱庭以外のものは必要ない。
奈落に落ちることは死ではない。この世界からの『喪失』である。死ぬのでもなく、感情が焼き付いた影として残ることもなく、ただ『いなくなる』。
それはまるで、邪魔な駒を盤面から取り除くように。
「ソレデモ行クッテイウノ?」
「はい。わたしたちは先に行かなければならないんです」
「~~!! モウ! ワタシハ警告シタカラネ!」
「あっ、ネージュさん!?」
それでもなお進むという意思を見せるフォルに、説得しても無駄だと悟ってネージュは飛び立つ。
捨て台詞のように吐き捨てて、どこかへと飛んでいく。飛んだ方向からしてイルートの方だろうか。
「あぁ言ってるけど……大丈夫なのか?」
塔の維持を担う精霊があれほど警告するのだ。警告を聞いて、ルフが去るまで町で待っていた方がいいのではないだろうか。
しかし、ルフがいつ去るのかはわからない。いつ来るかわからないチャンスを待ってずっと足踏みし続けることだけは避けたい。
「様子見なら大丈夫なんじゃない?」
風神を奉るベルベニ族として、風神の眷属である大鳥を一度見てみたいという好奇心からサイハが提案する。
ほんのちょっと、精霊峠から13階へつながる階段から顔を出して様子を窺うくらいなら大丈夫じゃないだろうか。
それがどんな無謀だったのか、思い知るまであと少し。
***
「な……っんだあれ……!!」
11階。精霊峠に向かう階段でへたりこんで顔を見合わせる。
ネージュが警告した通りだった。なんだあれは。
13階に上がる階段から顔を覗かせ、その時、目の前にあったのは羽毛だった。
そこからはいまいち覚えていない。羽毛に横に切れ目があって、それが開いた瞬間から先は記憶がおぼろげだ。出来事を正確に記憶する余裕がないほどの命の危険を感じた。
気がつけば11階にいた。サイハが"探索者による帰還"を発動させたのかもしれないし、必死に転移装置に触れたのかもしれないし、精霊峠を突っ切って逃げ帰ってきたのかもしれない。
「あれは……ほんっと……やばい……」
ダレカとは別の意味で危機を感じた。
今ですら恐ろしい。これは恐怖でなく畏怖だ。圧倒的すぎる存在に恐れをなした。
「あれ? どうしたんだい?」
「お久しぶりデス!」
中層の迷宮から帰ってくる転移装置が作動して誰かが戻ってきた。
誰が戻ってきたのか顔を向けるのも億劫で、横目にすら見ていなかったのだが、声をかけられて顔を上げる。
何やら大荷物を抱えたスティーブたちだった。
「スティーブ?」
「やぁ。君たち久しぶり。どうしたんだい?」
「あぁ……えっと……」
事情を話すには話がまとまらなさすぎて、そしてスティーブたちは大荷物を抱えている。
ここで立ち話をするには向いていない状況だ。
「あっち行こうぜ。話はそれからでいいだろ」
困る昴の様子を察して口を挟んだのはスティーブの仲間だ。バルドルといったか。
この大荷物を届ける先はカフェだ。配達ついでに報酬の一杯を飲みつつ昴たちの話を聞くとしようじゃないか。
「あ、じゃぁ手伝うよ」
こんな大荷物を抱えている4人を横目に手ぶらはなんだか申し訳ない。
話を聞いてもらうついでに手伝おう。一番小柄なくせに一番大きい荷物を抱えているゼフィルから荷を借り受ける。が、受け取ろうとした手は突っ返された。
「ゼフィルは大丈夫デス! これくらいへっちゃらなのデス!」
自分を手伝うくらいならスティーブやヴィリを手伝ってあげてほしい。
そう言ったゼフィルの言葉は子供の強がりではなく本音のようだ。
「え、平気なの?」
「ゼフィルは竜族だからね。見た目以上の怪力なんだよ」
竜族とは、ゼフィルの世界ではそう呼ばれていた種族のことだ。
人間とはかけ離れた身体能力を持つ竜族は怪力なんてものじゃない。
鉄だってまるで粘土のようにぺしゃんこにしてしまう。
地面を殴りつければ大きく陥没するし、対象が人間であったら熟れた果実を潰すよりも簡単に粉砕してしまうだろう。
体格の都合で抱えられないだけで、本来ならみんなで抱えている荷物を全部まとめて抱えたって平気なのだ。
「そ、そういうことなら……」
「そうなのデス! ヴィリのお手伝いしてあげてほしいのデス!」
そういうことなら、とそれぞれから荷物を請け負う。
しかしこんな荷物、わざわざ抱えなくても武具で鞄を呼び出して収納して持ち運べばいいのに。
そう指摘すると、それは自分たちの荷物と混じってしまうから依頼主から禁止されているのだと答えられた。
「僕たちの荷物と混じって数が合わなかったら嫌だってさ。……っと、着いたよ。ここだ」




