絶望の嘆きを希望の種に変えましょう
翌日。10階。暗影の層。
いつ来てもここは冷え切っている。石の冷たさとは違う冷ややかさが充満している。
服を着込んで火を燃やして解決する寒さではない寒さが渦巻いている。
「まずはダレカを見つけないとな」
適当なダレカに浄化の力を試す。それから伯珂の嘆きを焼き付けたダレカを探し出して浄化する。
ざり、と迷宮に踏み出す。サイハが記したマップを見ながら、薄暗い迷宮を進む。
あてがあるわけではないので、途中で見つけたレストエリアで休憩しつつ、採掘ポイントで鉱石を採掘しながら進もう。
「あ」
暗闇の中に影が動いているのが見えた。間違いない。ダレカだ。
慎重に近付いていく。あちらはまだこちらに気付いていないようだ。
あまり近付きすぎると襲われてしまう。適当な距離探りつつ、慎重に、静かに前に進む。
サイハ、昴、リーゼロッテが後ろについて万が一がないように護衛してもらいつつ、フォルはそろそろと足を進め、しかし、その場ではたと止まる。
「……ものすごい重大なことに気が付きました……」
「あ? どうしたよ?」
意気揚々と近付いていったはいいが、ふと気付いてしまった。
ダレカを浄化して種に変えるには、フォルの魔力を打ち込む必要がある。
――だが、どうやって?
ダレカに直接触れるなんてことはできない。
触れてしまえば取り込まれるのだと聞いている。
しかし、離れた状態で魔力を打ち込むにはどうすればいいのだろう。
「アハハ! ルッカッタラ、面白イノネ!!」
いったいどうするのかと疑問に思いつつも黙っていたのだが、まさか何も思いついていなかったとは。
心底面白そうにネージュが笑う。フォルの肩の上で笑い転げた後、気が済んだのか涙を拭って笑いを引っ込める。
「ショウガナイワネ」
面白いオチを見せてもらった礼だ。ちょっとは力添えしてやろう。
ネージュが手をくるりと回す。空中に小さな氷が形成された。
「魔力ヲ込メテ、投ゲチャエ!」
「あっ……ありがとうございます!」
助け舟をありがとう。感謝しつつ氷を受け取る。
ぐっと握りしめて魔力を込める。素手で触れているのにも関わらず、氷は不思議と冷たくない。
「樹の精霊よ、力を貸してください!」
「――エェ、承ッタワ」
愛しい子。どこからともなく金色の光が飛び込んでくる。
ひらひらと飛んできた樹の精霊はくるくると円を描くようにフォルのそばに浮遊する。
精神を集中させて機をはかる。ダレカはまだこちらに気付いていないのか、呆然と立ったまま不明瞭な言葉を紡ぎ続けている。
「…………いきます!」
呼吸を整え、氷を投げる。
投げ込んだ氷がダレカの体に重なる。それと同時に中を浮遊していた樹の精霊が飛び上がった。
愛しい子のお願いだ。聞いてやろうじゃないか。
契約に従いて、その通りにしよう。魔力を殻にして種となそう。
絶望を嘆く影を希望の種へと変えよう。
魔力で包んで繭にして、繭を固めて殻にして。過程は金色の光で隠して内緒にしよう。
ほら、そう言っている間にもう完成だ。
「ハイ、ドウゾ。愛シイ子」
最後の仕上げに周囲を一回り。
ダレカを包んでいた金色の光が収まると、クルミほどの大きな種がその場に転がった。
これが種だ。フォルが浄化し、ダレカを種に変えたもの。
「……できた……できました!」
「すっげぇ……やったじゃん!」
「はい! 本当に……ありがとうございます」
どうにか浄化することができた。
フォルはほっと息を吐く。よかった。これで浄化できなかったらどうしようかと思っていたところだ。
「あとは目的のダレカを探すだけか」
「そうね。あとはどうやって探すかだけれど……」
10階をしらみつぶしに歩き回って探して片っ端から浄化するなんてことは無理だ。
しかし、目的のダレカをどうやって探そうか。
思いに引かれて来るというのなら、伯珂のことを強く思えば来るだろうか。
「カワイイ子、チカラヲ貸シテアゲル」
見ているのも飽きたし、さっさと精霊峠に進ませるためにも力を貸すとしよう。
塔の維持を担う精霊の権能の一端で、目的のダレカを探し当ててやろうじゃないか。
「直線距離デ左ノ方。道案内シテアゲルワ」
そう言うと、ネージュはひらりとフォルの肩から飛び立った。
そして誘導するようにひらひらと浮遊する。
「ありがとうございます」
「イイノヨ。ルッカノタメダモノ」
回り回って自分のためでもある。内心を隠しつつネージュは道を示す。
その後ろについていきながら迷宮を進む。
***
どれだけ歩いたろうか。そこを曲がってすぐの突き当たりと指し示された道を曲がる。
「あ……!!」
ダレカがいた。そして、見てわかってしまった。あれだ。
ダレカなどどれも見た目は同じ虚ろな影なのに、あれがそうだと直感が告げている。
伯珂の思いを焼き付けたダレカはこちらを振り返り、不明瞭な言葉を紡ぎながらゆっくりと歩いてきた。
「……ネージュさん」
「ハイハイ、カワイイワネ」
求められるならそのように。ネージュがまた氷の粒を形成する。
小さな氷の粒を受け取ったフォルは魔力を込める。さっきので要領は掴んだ。さっきよりも魔力の充填は早く済ませられるだろう。
「樹の精霊よ、またお願いします」
「エェ。任セテ」
もう一度と言うのならそうしよう。樹の精霊はまた飛び立つ。
「伯珂さん……いきます……!!」
魔力を込めた氷の粒を投擲する。それを追って樹の精霊が飛んでいく。
さっきと同じことだ。樹の精霊の力でもって、魔力を殻にして種に変える。
ダレカの魔力をほどいて、フォルの魔力で包んで固めて。
溶けて蕩けた思いを編んで種にする。
――あなたは死んでもなお、あの子たちをどうしたかったの?
「……オシマイ」
ころりと床に種が転がる。これで契約のうち、精霊が担うぶんは終えた。
あとはフォルがやるべきことだ。この種を精霊峠に植えて芽吹かせること。
忘れるんじゃないぞと言い置いて、樹の精霊は来たときと同じようにどこかへと飛び立っていった。
「……ありがとうございます」
その呟きは樹の精霊へのものだったのか、それとも右も左も分からない自分たちを導いてくれた伯珂へのものだったのか。
一礼したフォルはすっと種を拾い上げる。これを精霊峠に植えるところまでが契約だ。
「っしゃ。もう気は済んだな? さっさと出ようぜ、こんな陰気臭い場所」
「そうね。早く行かないと機嫌を損ねてしまうかもしれないし」
リーゼロッテとサイハが先を促す。
はい、と頷いてフォルも11階へと踵を返す。
「昴さん?」
「あ、いや……大したことじゃないんだ、大丈夫」
少しだけ引っかかりがあったのだ。
伯珂の思いが焼き付けたダレカは、ずっと不明瞭な言葉を紡ぎ続けていた。
ほとんどは聞き取れなかったが、聞こえたものの中に引っかかる言葉があった。
誰も気にしているふうではない。だからおそらく昴にだけ聞こえたものだ。
――お前たちが破綻すれば、それで終わりだ。
まるでそれは、世界のリセットの引き金を昴たちが持っているようじゃないか。




