真実を観測し世界を睥睨する
通信用の武具で来訪の旨を告げてから、チェイニーのところへと向かう。
壁一面の本棚に囲まれて文献と睨み合っていたチェイニーが昴たちの来訪を歓迎してくれた。
「おう、今日はどうし……え、精霊!?」
「ハァイ」
まだついてきていたネージュが片手を挙げる。
精霊は特定の誰かに肩入れしないものだと思っていたのにと驚くチェイニーに、フォルがルッカであるkとを説明する。
「あぁ……それで……」
成程と納得する。
ルッカであるがゆえに精霊がそばにいるのはおかしくない。獲物は手元に置いておきたいものだから。
決して善意だとか好意だとか、なついているというわけではないのだ。
一同の様子をみるに、その本音はうまく隠しているようだが。
「ワタシノコトハ気ニシナイデ。ヒトノ営ミヲ見守リタイダケダカラ」
口を挟んだりせずに眺めているだけだから。
そう言ったネージュは大人しくしているという言葉を約束するように本棚の上に座った。
それで、と応接用のソファに誘導しながら、チェイニーは本題を切り出す。
今日は何の用かと問うフェイニーにこれまでの経緯を話す。そして、『前週』の話も。
「……そうか……うん……」
話を聞いたチェイニーは、なにやら納得した顔で何度も頷いていた。
この世界は箱庭で、自分たちは神に飼われているというのがチェイニーの理論だ。
そこに前週の話。チェイニーの論とぴったり噛み合う。
飼育箱は現在の1個だけであるはずがない。
箱庭の世界を作るにあたって『試作』しただろうし、作った箱庭が荒れたら手を入れる必要があるだろう。
それがまさか『リセット』だというのは悪い方向に予想外だったが。
そしてその残滓が帰還者。リセットのために殺された人々の、世界の無念が焼き付いた影。
つまりは箱庭からロストした駒だ。駒が壊れてなくなったのなら、新しく補充しなければならない。
「……それが探索者の召喚……?」
「だろうな。話はつながる。召喚の基準はまだわからんがな」
これで謎が1つ解けた。世界の真実にまた1歩近付いたと言えよう。
知れば知るほど絶望する世界だ。箱庭で飼育される駒は用済みになれば消去。ロストした分は補充。
だとしたら。
「『神』っていうのは……ろくでもない存在だな……」
神の眷属たる精霊が見ている前でそんなことを言うのははばかられるが。
だがとんでもない世界だ。駒側としてはたまったものじゃない。
なんて理路整然と組み立てられた箱庭だろう。
――果たして、この世界を作った神とやらは敬うべき存在なのだろうか?
神は神聖なものであり、敬うべき存在だと思い込んでいた。
だが、箱庭の中で絶望と地獄を強要するものなど、本当に敬うべき存在だろうか。
そう思うと神への不信感が募る。
人間を遊びの駒にするな、帰してくれと叫びたくなる。
「だけど、絶対的なモンだろ」
正邪はどうあれ、この世界における神とやらは絶対的な存在だ。
神など信じるほど敬虔でもないが、だが剣と魔法のファンタジー世界なら『そう』なのだろうと判じてリーゼロッテが口を挟む。
絶対的な権力者というのは表立って逆らわないに限る。不信をあらわにすれば、不要な駒として殺されるかもしれない。
そんなのはごめんだ。まだ死にたくない。そうリーゼロッテは肩を竦める。
――あんな思い、もう二度としたくない。……二度と?
二度と?
一度目があったような口ぶりじゃないか。無意識に出てきた言葉を我ながら疑問に思う。
確かに命の危険に何度もさらされたことはあるが、今思い浮かんだ言葉はそれとは違うように思える。
まるで、本当に死んだことがあるかのような。
「……ともかく、このことは他言無用だな」
新しい情報が手に入るまで黙っているべきだ。
悪い情報だけが集まっているだけかもしれない。もしかしたら希望に転じるかもしれない。
そんなことがあるはずがないとは思いつつも、チェイニーはあえて希望を口にする。
最も避けるべきは、探索をやめることだ。探索をやめてしまえば世界の真実には至れない。
こんな絶望で膝をついてしまったら、前に進んで真実にたどり着けない。
不信は疑念のまま凍結させておこう。問題の先送りともいうが。
「消去……掃除……スカベンジャーズなら何か知っているか……?」
全消去。言い換えれば大規模な掃除だ。
掃除といえば迷宮の掃除をする役割を担うスカベンジャーズが思い浮かぶ。
スカベンジャーズは探索者と違って塔を登らないが、掃除のためにどの階層にも現れる。
どうやって塔の構造を把握しているかはチェイニーにはわからないが、とにかく塔には詳しいはずだ。
何か、自分たちではわからない情報を持っているかもしれない。
「スカベンジャーズは20階を拠点にしている。スティーブもちょうど今そこだな」
20階まるごと彼らの拠点だ。通り抜けるためには彼らの許可を得なければならない。
中層の中間層に位置するため転移装置もあるが、それもまたスカベンジャーズの許可のもと使用できる。
20階にある何もかもを牛耳っているスカベンジャーズはある意味探索の障害だ。
「スカベンジャーズってよく知らないんだけど……そんなに?」
迷宮の掃除屋、スカベンジャーズ。
迷宮に横たわる探索者の死体や魔物の亡骸、捨てられた物品などを掃除し、片付ける役目を追う。
死体漁りの追い剥ぎと違って、探索者の埋葬もするし、遺品も申請があれば返却する。
町の住民に対してもそうだ。犯罪者の摘発、家の取り壊しや廃棄物の回収もスカベンジャーズの仕事である。
おどろおどろしい呼び名に反して、決して悪の存在ではないのだ。
「掃除屋サン? イイヒトタチヨ。誤解シナイデ」
塔の維持を担う精霊としても言わせてもらおう。
黙って成り行きを見ていたネージュが本棚の上から口を挟んだ。
スカベンジャーズは独立した存在だけに、独自の決まり事がある。
それは彼らの譲れない掟だ。その掟を遵守しているからこそ、スカベンジャーズはその地位を保証されている。
だからこそ掟に触れるものには容赦しない。『掃除』されてしまうだろう。
その『掃除』が印象に残るせいで恐ろしく思われているのだ。
「まずは20階が目標ってことで……」
「コラ! ワタシタチノ峠を無視シナイデ!」
気まぐれな精霊だって探索の障害になりえるのに。
そもそも11階にたどり着いたばかりじゃないか。言っておくが、フォルがいるからといって精霊たちは峠の通過を許したわけではないのだ。
精霊たちが許したのは、ルッカの一時的な解放。それとこれは話が別なのだ。
「だめなの?」
「ダメヨ!」
サイハの問いかけに即答で拒否。
もしまた精霊峠に戻ることがあれば、その時また引き止めにかかる。
神に通ずる力を与えた対価に信仰を返せと要求するだろう。
種のやり取りで納得したのは樹の精霊だけ。火も水も土も風も氷も雷も納得していない。聖なる精霊も闇なる精霊もだ。
「その前に……浄化の力を試したいです」
試すというか、本番だ。10階にいるダレカを浄化できるか。
理論上はできるはずだ。ダレカの体は魔力で構築されている。そこにフォルの魔力を打ち込んで樹の精霊の力を借りて種へと変える。
そのテストが終われば、本番だ。伯珂の感情が焼き付いたダレカを探し出し、浄化する。
それで伯珂の未練を断つとしよう。それで晴れて上階に向かうことができる。
「じゃぁ明日、試してみよう」
今日のところは休むとしよう。
レベルが30代に上がった記念と景気づけを兼ねていいものを食べて心を休めたい。
明日もまた戦いが続くのだから。




