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人権なしのランク0。よくわからないけど、塔、登ります  作者: つくたん
中層『受難の層』
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その間に何をしていたか サイハ編

旅をするには理由がある。

ひとつ。特定の住処がないから居場所を特定されないこと。

ふたつ。金を稼ぐ名目で体を売って寝所に入れること。

みっつ。全裸の男は殺すのが簡単だということ。


暗殺者が隠れ蓑にするのに旅人という身分は丁度いいのだ。


***


手合わせは必要ありませんね。そもそもこちらは戦えませんし。

たおやかに微笑む女性は、ゆるりと湖のほとりのあずまやに腰を下ろした。


「ファイノレート・ビルスキールニル・フィルセットと申します」

「サイハ・アイル・プリマヴェーラよ」


名乗りには名乗りを。名前の形態が似ている。

ということはお互い『元の世界』は同じか。


サイハの世界では、名前を名乗る時に名と姓の間に所属する集団や出身地を挟み込む習慣がある。

自分がどのコミュニティに属しているかを示すためだ。

特定の派閥に所属することもなく、故郷らしい故郷もない。そういう場合は根無し草を示す単語を挟む。

そのような構造なので、サイハの名乗りは長くなる。同じようにファイノレートとやらも名乗りが長かった。だから同じ世界から来たのだろうと推測した。


「……ビルスキールニルって、"不滅の島"?」

「おや、ご存知でしたか。ではあなたはベルベニ族なのですね」


確認の問いかけは合っていたようだ。

ファイノレートの出身はサイハと同じ世界。しかも近い年代の価値観を持つ。

なんだか安堵する。まったく知らない世界でまったく違う価値観に何度も衝突していたら旅好きでもさすがに疲れる。


「成程。ベルベニ族ということは……」


ふむ、とファイノレートは納得したように頷いた。

噂では、自由と奔放を愛し旅を好むベルベニ族の中には旅人を装って暗殺をなすという流れ者の暗殺者がいるという。

もちろん純粋に旅を好んで世界をめぐるベルベニ族もいるが、裏にはそのようなことをするベルベニ族もいる。


噂の存在で本当にいるかどうかも定かではないが、それが本当ならサイハの身のこなしも納得できる。

ただの旅人にしては鍛え上げられた体をしている。女らしい脂肪の丸みの下に、しなやかな筋肉を隠している。

度胸も据わっている。こんな異次元に急に放り込まれれば驚き動揺してもおかしくない。動揺せずとも周囲を見回したりはするはずだ。

けれどサイハは目だけを動かすだけにとどめた。"修練の門"慣れしている。慣れるほど異次元に放り込まれた経験があるのだ。それはつまり戦闘能力を高めるためで、それをする意味など暗殺技能の成長くらいしかない。


そう推理したのだが、それが合っているかどうかはこの鍛錬にはあまり関係ない。

必要なのは導きだ。何が足を止めているのか、進むためにはどうしたらいいのか。

力でもって導くのはファイノレートの専門ではないので、ここは問答にしよう。


「鍛錬前の面接というふうに受け取ってくださいね。……あなたの武具は?」

「"歩み始める者"。全部の能力は決まってないけどね」


武具の能力を言わずとも、ファイノレートなら名前だけ言ってわかるだろう。

彼女が故郷として名乗りを上げたビルスキールニルは武具の起源の島とされている場所だ。

そこの住民なら、武具の名前だけで能力がわかるだろう。


「あなたがそれを……?」

「どうかした?」

「いえ。知り合い……知り合いというにはおこがましいですが……知人が持っていた武具がそちらでしたので」


縁深い武具だったので少し驚いただけだ。ふるりと頭を振って話を戻す。

"歩み始める者"はいくつかの文言から能力を連想して創造する。よって持ち主によって能力はバラバラだし、持ち主の発想力がなければ能力未決定のままずっと過ごす場合もある。


先程サイハは、全部の能力は決まってないと言った。

いくつ空白があるのかは知らないが、決まっていない理由は自己理解と自己解釈が足りないせいだ。文言を解釈するための自由な発想が足りない。

では何が齟齬を起こして足を止めているのか。


妨害役という言葉にとらわれているのかもしれない。

敵の足を止める妨害役。攻撃も防御も専門ではない。そう考えたら発想の幅は狭まる。

阻害する手段などそういくつも思いつくものでもない。


「まぁ……そうかもしれないわね」

「でしょう?」


まるで思春期の子供にやるカウンセリングのようだ。そうサイハは思った。

20を過ぎた年齢なのにこんな思春期のお悩み相談室みたいな問いをされるとは思わなかった。

だが、間違ってはいない。言葉にとらわれて発想が狭まっているのは事実だ。

求められているのは補助的な役割なのだからそれに徹するべきだ。暗殺者が表向きは旅人に徹するように。

そう思考が固定されてしまっているのは確かだ。自覚はある。


「自由な発想というのがそもそも難しいのよ」


生まれた時からベルベニ族としての生き方をしてきた。

乳飲み子から旅をしてきたし、親から旅と暗殺のノウハウを学んだ。

自立してから以降は旅人を装った暗殺者として生活してきたし、それ以外の選択肢など考える余地がなかった。

型にはまった生活だったせいで自由に想像しろと言われても、急に梯子を外されてどうしていいかと困惑しているような状況だ。

そこばかりは気質なので、今ここで話したとしてすぐ変わるものでもない。


「自由と奔放を愛するベルベニ族が、なんて笑っちゃうかしら」

「笑いませんよ。それがあなただったんですから」


にこりとファイノレートが微笑む。

サイハに必要なのは自己理解と自己解釈だ。抑圧されすぎて本音を忘れてしまった。

忘れた本音を掘り起こせば見方が広がって余裕も生まれるだろう。


「本音、ねぇ……」

「独り言で結構ですよ。私のことは壁か何かだと思ってください」


そう言われても。うぅんと唸りつつ思考を口にする。

ベルベニ族であること。旅は好きだが暗殺は億劫だと思うこと。

どうしてそう思うのかと自問自答する。

億劫だと思う理由は、標的にばれないように繊細に気を配らなければならないから。

理由はそれだけだろうか。気を配って神経を使うから。それだけだろうか。


「……あぁ、そうか」


しばらく自問自答を繰り返し、不意にサイハがぽつりと呟く。

何やら結論が出たらしい。何かつかめましたかとファイノレートが微笑みで問う。


「……私、人を殺したくないのだわ」


人を傷つける。殺す。そういったことが嫌なのだ。

暗殺を億劫と感じるのもそのせいだ。人を殺したくない。なのにやらねばいけないから心が摩耗するのだ。

心をすり減らさないために本音を忘却してなかったことにしていたのだ。

自問自答を繰り返して、今、その本音を思い出した。


「あぁ……うん……そう、そうだったわね……」


幼い頃、どうしてこんなことをしなければならないのか問うたことがある。

他のベルベニ族は旅だけを楽しんでいるじゃないか。暗殺などしていないではないか。

なのにどうして自分だけ、自分の一族だけがやるのかと。

問うたその瞬間、肋骨が折れるほど腹を殴られたのを思い出した。それ以来その疑問は本音とともに封印された。


「……その軛から解放されてもいいかもね」

「えぇ。あなたを叱るご両親はもういないですよ」


その結論をファイノレートは肯定する。

批判も叱責もせずに、ただ頷く。意思の尊重こそ彼女に足りなかったものなのだから。


「そう、そうね……えぇ、ありがとう。なんだか肩が軽くなった気がするわ」

「それは何よりです。……私の導きは不要のようですね」


これ以上は口を出さなくていいだろう。

あれこれ指示しなければならない年齢でもないし、指示すればそれはまた新たな枷となる。

ベルベニ族ならば、ベルベニ族の象徴たる風のように自由であるべきだ。

重苦しい枷など捨てて自由たれ。


「ついでだから、雑談に乗ってもらっても?」

「はい?」

「この世界で同郷で同年代の子に会ってないのよ。おかげで話題に飢えちゃって」

「あぁ……そういうことなら……では、他の皆様の修行が終わるまででしたら」


バッシュのところは時間がかかるだろう。

あそこに放り込まれた探索者もなかなか意固地そうだったし。

それならばこの時間の狂った異次元で、いつまででも雑談に興じるとしよう。


なぁに、どうせすべては予定調和だ。

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