その間に何をしていたか リーゼロッテ編
リーゼロッテもまた手合わせに対峙している最中だった。
「おっと、自己紹介がまだだったな。俺はバッシュ。そんでこいつが相棒の"フィアンマ"だ」
宙にひとりでに浮かぶ盾を指して大柄な体躯の騎士はそう言った。
修行とは、要するにこいつを倒せばいいのか。目標を理解してリーゼロッテが盾を振りかざす。
盾はただ攻撃を受け止めるためのものではない。盾とは要するに金属の板だ。
ならぶん殴るのに使ってもいいじゃないか。
「うぉっとぉ! 意外と過激だな!?」
その敵対心はいいがいただけない。
"エイジス"の防御力は相手を拒絶する心に起因する。拒否感が強いほどに防御は固くなる。
だから敵対的で敵愾心に満ちているのはリーゼロッテの性に合っているのだが、拒絶しすぎるのもよくない。
拒絶だけではいつか詰まる。否定し拒否しそして拒絶しきれなくなった時にどうするのか。
「たまには受け入れることも必要だぞぉ、寛容的にさぁ!」
「あ? 上から説教か?」
何様のつもりだ。リーゼロッテは吐き捨てる。
筋は通っている理論だが、それを受け入れるかどうかはリーゼロッテの自由だろう。
あぁ腹立たしい。拒否的な態度は盾の硬度を増し防御力を高める。
「おいおいおいおい! 人の話を聞けっつぅの!」
「うるせぇ」
知るか。敵意を顕に盾を振りかざす。
これは話しても無駄だろう。言葉で語れないのなら拳で。そっちの方がバッシュの性にも合っている。
血気盛んなやんちゃに話を聞かせるには、一度暴れさせて大人しくさせてから説教すべし。
***
そうして散々手合わせという名の殴り合いをして数時間。
さすがに疲れたのかリーゼロッテの手が止まった。
「よし休憩な」
「……っち。しゃぁねぇな」
今の実力差でバッシュをぶちのめすのは難しい。悟って諦めて"エイジス"を元に戻す。
格上と悟ったなら話も聞いてくれる余地もできただろう。好機と見てバッシュが話を切り出した。
拒絶、拒否、否定。それだけでは立ち行かない。
『前』にしがみつくな。『今』を受け入れろ。
前の世界ではこうだったからその価値観でいるだなんて通用しない。
どんなに希おうとも、請い願おうとも、前の世界に戻ることはできないのだ。
だからもう、目の前の現在を受け入れるしかないのだ。受け入れ、そしてそれに合わせて変化しなければならない。
「盾を持つには受け入れ、受け流す力が必要なんだよ」
世界に対するそれのように、盾役の態度もそうだ。拒絶だけではよくない。受容も必要なのだ。
受容を象徴するのは土の力だ。どんなものにも揺らぐことのない盤石の堅牢さを持つ大地の有り様こそ盾役の心構えにふさわしい。
「魔法論かよ」
魔法なんてファンタジーの価値観でものを喋るか。リーゼロッテは鼻で笑う。
こうして盾を使っているものの、その存在については否定的だ。
20と数年で培われた価値観が数日でひっくり返るものか。
だが否定しても目の前にあるのは事実だ。現に魔法はあるのだから。
「難しく考えるなよ。ただちょっと、今までの価値観にプラスされるだけさ」
「そのプラスが眉唾なんだよ」
「ま、そうだ」
バッシュとて今までにない価値観を突きつけられて、そうなんだから受け入れろと言われてほいほい了承できる性格でもない。
今の状況を受け入れられるようになったのはほんの最近だ。時間の狂った異次元で年月を論じるのは意味のないことであるが。
異次元の外ではどれほどの月日が流れたのだろう。"修練の門"に紐付けられて外界と隔離されたバッシュにそれを知る方法はない。持ち主であるイルートですら知らないだろう。
記憶と記録が曖昧になるほど長くここにいて、それでいて状況を受け入れられるようになったのはごく最近。
それくらい衝撃的だったのだ。世界の真実は。自分に起きた状況は。
それと同時にイルートの壮絶な覚悟も知った。だから抗議することなく受け入れたのだ。
「アンタも元々は魔法の世界の住民だった?」
「おう、バリバリのな」
生まれた時から魔法はありふれていた。そうバッシュは語る。
成程、ファンタジー世界の住民なら精霊だの魔法だの当たり前か。
語る口ぶりからして、バッシュのいた世界はサイハのいた世界に近いようだ。
「っつぅわけで、ほら、やるよ」
「……あ?」
不意にバッシュから銀色の何かを差し出された。
受け取ってみれば、それは銀の丸玉が連なったストラップだった。
なんだこれ、とリーゼロッテが問う前にバッシュが武具だと答えを告げる。
「武具だよ。持ってる武具に力を付与するタイプのな」
このストラップには土の力が眠っているという。
リーゼロッテが使えば、"エイジス"に土の力を付与できる。
「俺の相棒は火の力が元々付与されててな、これが使えねぇんだ」
「なのに持ってんのかよ」
「いやそこは盾持ちの心構え的な?」
心構えを自覚するためのお守りとして持っていたのだが、一切使うことなく今日まできてしまった。
盾持ちつながりで親近感もあることだし、せっかくなのでリーゼロッテにやるとしよう。
バッシュにはもう持っていてもどうしようもないものだ。盾でもって守りたい相手はもういない。
「いいのかよ」
「いいんだよ」
じゃぁ遠慮なく。リーゼロッテはそのストラップを適当に腰のベルトにぶら下げた。
これは常時発動型で、特に魔力を込めることもなく常に発動し続けるという。
「よし試しに使ってみようぜ。っつってももう発動してるけどな」
常時発動型なので常に魔力を消費し続ける。
魔力不足になれば疲労感や倦怠感などに襲われるので注意が必要だ。
必要がなければ外して鞄にでも入れておくのがいいだろう。そうすればリンクが切れて発動しない。
「ふぅん……」
物は試しだ。"エイジス"を呼び出す。
見た目には特に変化がない。見慣れた金属の盾だ。
構えてみても何かが変わった感じがない。
「何が変わっ…………って……?」
何が変わったんだと訊ねようとしたリーゼロッテの目の前で地面が動く。
盾で守りきれない死角を庇うように地面が隆起したのだ。
隆起した地面は棘のように円柱状に尖っていく。
これがバッシュからもらった『土の力』というやつか。
「おー、そんなんになるんだな」
何せ使ったことがないので初めて見た。
ぱちぱちと拍手しながらバッシュが感嘆の息を吐く。
「この棘さぁ。飛ばせねぇ?」
「飛ばす?」
ただのスパイクでも防衛には役立つのだが、やはりこう、攻撃にも転化したい。
防御だけでなく攻撃に使えないものだろうか。
「こう……射出する感じで」
「あぁー、なんとなく理解した」
リーゼロッテがやりたいことを何となく察して頷く。
イメージ次第だろう。地面に作られた棘がそのまま打ち出されるイメージを形成できれば。
何せ使ったことがないのでわからない。
「やってみてもいいか?」
「おう来い。大丈夫だ。この体は殺されても死なないからな!」
「んじゃぁ頭に直撃させる」
「やめろぉ!!」
魔力で構築された肉体なので不死に近い体だが、それでも痛みは感じるし苦痛は苦痛だ。
容赦ないリーゼロッテに慌てて両手を挙げる。その頬を土の棘が掠めた。
「…………イメージの具現化が早いことで……」
「おう。指導役がいいんだろうよ。誇れよ」
にっと笑ったリーゼロッテの表情は、これ以上なく楽しそうだった。




