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人権なしのランク0。よくわからないけど、塔、登ります  作者: つくたん
中層『受難の層』
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その間に何をしていたか 昴編

修練の門。時間の流れが違う異次元で修行ができる。

そんなざっくりとした理解で飛び込んでみたはいいものの、何をどうすればいいのやら。

戸惑いつつもあたりを見回してみる。崖に囲われた平野と、少しばかりの森。湖。それくらいの光景しかない。


「……久々に目覚めてみれば……イルート様はまったく……」


たおやかな見た目に反して人使いが荒い。

精霊への態度は丁寧なぶん、人間への態度が雑だ。

そんな愚痴を吐きながら、金髪の剣士がひとり昴の方へと歩いてきた。


「ラクドウ・フィルセットだ。お前の修行を請け負った」


そう自己紹介をした彼は、"修練の門"に紐付けされた人間のひとりだという。

生きている人間ではない。この空間のシステムの一部だ。仕組みとしては帰還者に近い。

『"修練の門"に入った人間に修行をつける師匠』という位置付けにある存在が彼である。


「武具の扱い……剣技の修行だそうだ。やるぞ」

「えっ」

「まずはお前の実力を試す」


行くぞ、と彼は背中に背負っていた大剣を抜いた。

身の丈ほどもある分厚い剣だ。斬るというよりは叩き潰すというためにあるような。


「……っ、"ファルクス"!!」


あんなものを振り下ろされたらたまったものではない。

昴もまた剣を取り出す。細身の片手剣ではラクドウの大剣は受けきれない。避けるに徹するしかない。

そのためにどうしたらいいかを考えつつ、ラクドウに対峙する。


「我が掲げし雷神の名において……」


祈りの文言を口にし、ラクドウが地面を蹴った。

見るからに重そうな大剣を担いでいるようには思えない軽い動きだった。


「うわわわわわっ!!!」


雷のような苛烈な剣撃が振り下ろされる。

斬撃は昴の体1つぶん隣に降り落ちる。昴は避けてもいない。

これはわざとだ。威嚇のため。振り下ろされた剣にどう対応するか見極めるための。

一発目はわざと外した。外したということは、次は当てるということだ。


「くっそ、負けてられるか!!」


***


「負けました……」


完膚なきまでにやられた。

片手剣と大剣の違いが問題なのではない。剣術の技術自体が違う。

もし剣を交換したとしても、ラクドウのように振り回せはしないだろう。

経験値が違いすぎる。そもそも昴はこの世界に来てから初めて剣を握った素人だ。


ぐったりと地に伏せた昴に水の入った杯を渡してやりつつ、ラクドウは頭の中で冷静に分析する。

問題は経験値の差ではない。信念の差だろう。何のために戦うのかという絶対的な芯が足りない。

そこさえ固めればあとは勝手に技術がついてくるはずだ。


「お前は……何のために戦う?」

「何の、って……」


何のため。塔を登る。なぜ。どうして塔に登らねばならないと思うのだろう。

それが後付けの知識によって植え付けられた使命だからか。

義務感で剣を振っているのか。ただなんとなく?


少しばかり自問自答してみる。どうしてだろう。

探索者をやめるという道もあったはずだ。

初対面の人間たちと協力なんてやってられるかとパーティを抜けて、町の住民の一人として生活する道だってあった。

そうやって探索者をやめて町人になった元探索者の存在も聞いたことがある。

それを選ばず、探索者として進むことにしたのはどうしてだろう。


やめられなかった。やめてはならないと感じたからだ。

進まなければならないというよりも、やめてはならないと思った。

それはどうしてなのか。


――止めたら、いずれ何か悪いことが起きそうな予感がするのだ。


塔の頂上に至れば何か『いいこと』がある。そう後付けの知識にはある。

だが、その『いいこと』を目指すよりも、このまま立ち止まることによって起きる『悪いこと』の方が恐ろしい。

だから探索者をやめない。探索者をやめないから先に進んでいく。そんな図式であることに気付く。


「……何か見つけたか?」

「信念……っていうか……そんなんじゃないんだけど……」


焦燥感に似た衝動だ。そのことを説明すると、ラクドウは得心がいった顔をしていた。


このまま、誰も頂上に至ることがなければ何が起きるか。

停滞を解消するため、環境の再設定が行われる。

箱庭に放り込まれた駒はすべて取り除かれ、世界を稼働させる仕組みだけを残して中身が入れ替えられる。

つまりはリセットだ。『詰んだ』世界を解消するにはそれしかない。


昴はそれを直感で理解している。

そのことを語るか否か。やや考えてラクドウは黙ることにした。

教える義務も義理もない。聞かれた時だけ答えよう。

もし必要なら、修行が終わった後にでもイルートが言えばいい。

問題を丸投げしたともいうが、人使いが荒い守護者への意趣返しにちょうどいい。


「止まってはならない。それがお前の信念というわけだ」

「信念ってほどじゃないと思う、けど……」

「いや、十分に信念だろう」


かつて自分もそうだった。

いつかの昔。自分の存在が武具に組み込まれる前。

進み続けることを誓った。でなければ主人は従者など置いてどこかに行ってしまうから。

置いていかれないために、置いていかれる前に主人の前を歩こうと決めた。

止まってはならないと自らに課した。


今の昴もそうだ。止まってはならないと自分に課そうとしている。

信念というには確固さが足りないが、まぁ戦いの初心者が並の戦士になる過程の第一歩としてなら上出来だろう。


「止まってはならない。なら、足を止めるものは?」

「ぶっ飛ばす!」


よろしい。あとは剣術を磨くだけ。

相手ならいくらでもしよう。それが今の自分の役割なのだから。


「よろしく! お願いします!」

「あぁ」


この体は魔力でできているので傷ついても自己修復ができる。

安心して斬りに来い。ラクドウは不敵に笑った。


――まったく、この世界は本当に箱庭でしかない……。


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