神と贄が力を結びて
「今回は浄化の力なので……どの精霊に浄化をなしてもらうか、ですね」
精霊は塔の維持を担う。
異常を検出して修正するという役目は、言い換えれば異物の浄化だ。
だから精霊に浄化を頼むのは理にかなっている。
そこはいい。問題はどのように浄化をなすかだ。
「浄化、と言われて思いつくものは?」
精霊に"どう"してもらうか。
手段によって力を借りる精霊が変わってくる。
浄化を象徴とする水の精霊であろうとも、水で洗い流すだけで火で燃やすことはできない。
火で清めたいのなら火の精霊と契約しなければならない。
浄化にあたり、どのような手段を取るか。イルートが問うているのはそこだ。
水の精霊は浄化を象徴するが、そこにとらわれることはない。
フォルの解釈で浄化の力を編み上げてほしい。
「浄化……?」
浄化。穢れを清める。それにふさわしいのはどの属性か。
火水土風雷氷樹。聖の力に闇の力。9の属性の9の精霊。
イメージを走らせる。概念を解釈して力を編み上げる。
聖の力。汚れを清めるにはぴったりかもしれない。
けれど大層すぎて傲慢さをおぼえる。
浄化の象徴である水の力も違う気がする。
汚れを洗い流すとして、それでは洗った水が汚れるだけだ。
穢れは淀みであるという。けれどそれを風で吹き飛ばしたら?
吹き飛ばした地点はきれいになるかもしれない。だとしても、風が行き着く先に淀みが溜まるだけではないだろうか。
火は焼く過程が苦痛そうだし、土で埋めるのも重苦しい。
雷や氷はイメージが沸かない。闇の力は上から塗り潰して消し去るみたいだ。
「……樹……ではどうですか……?」
朽ちたものから新たな生命が芽吹く光景。浄化と言われて連想したのがそれだった。
そう答えたフォルに、ふむ、とイルートは文献を開く。
属性の概念について記してある書だ。
樹の力が象徴するものは束縛。しかし同時に、希望の象徴でもある。
「新芽の芽生えをそのように例えたといいます。……解釈に沿っていますか?」
「はい! まさにそれです!」
ならば力を借りるのは樹の精霊に決定だ。
あとは発芽という浄化の光景を具体的にどのように行うか。
種と土壌がなければ芽は出ない。何を種として、何を土壌とするか。
「……魔力ではだめですか?」
「魔力?」
「はい。えっと……魔力は高密度になると結晶になりますよね?」
フォルの魔力を圧縮して結晶にする。それを種とする。
土壌は浄化したいものものだ。ダレカなら、ダレカの体を構成する濃密度の魔力。
そのようにすることは可能だろうか。
「……成程。理にはかなっていますね」
結晶ほどに圧縮しなくても、フォル自身の魔力を打ち込めばいけるはずだ。
吹き込んだ魔力がそのまま種になりうる。
そして発芽の形態を取るように樹の精霊に請う。理論上はできるはずだ。
「ワタシノチカラハ使ッテクレナイノ?」
「ごめんなさい、イメージが結びつかなくて……」
ネージュがむくれて口を尖らせる。
浄化という言葉と氷が結びつかなかったのだとフォルが謝ると、ネージュは頬を膨らませる。
踏み荒らされないまっさらな雪からは清らかさが連想できそうなのに。
こんなに近くにいるのに意識を向けてくれないだなんて。
「ごめんなさい、ネージュさん」
「モウ! 貸シヒトツヨ!!」
砂糖菓子を両手にいっぱいで許してやろう。
ぷんぷんとわざわざ口にして怒りを示しつつ、話の主導権をイルートに譲る。
「お話は済みましたか? ……では、樹の精霊をお呼びいたしますので少々お待ちを」
錫杖を軽く揺らして、とん、と叩く。
しばらくして、窓から金色の光が飛び込んでくる。
木の根を束ねたような姿をした樹の精霊はイルートと、そしてフォルを見た。
「ルッカジャナイ。イルートノ用事ハ終ワッタノ?」
「アラ、ダイブ大人シクナッタジャナイ? 樹神ニ怒ラレタノ?」
ネージュの茶々で気付く。確かに、よく見ればこれは精霊峠で束縛的な執着を見せたあの樹の精霊ではないか。
精霊に見た目の違いはないのでほぼ勘だが、直感に間違いがなければそうだ。
精霊峠で会ったときに比べてなんだかやたらしおらしい。
不思議そうなフォルにネージュが言い添える。
どうやら精霊峠での束縛的な態度を叱られたようだ。
「ワタシノコトハイイジャナイ……ソレデ? 終ワッタノカッテコトヨ!」
「いえ、まだです……その、協力してほしいことがあるんです」
「協力シテホシイコト?」
続きを促す樹の精霊へとこれまでの経緯を話す。
浄化という言葉に樹の属性をあてがったこと。芽生えのイメージ。浄化されて新芽が芽生える美しい光景。
それらをなすために力を貸してくれないだろうか。
「フゥン……ナルホドネェ……」
理論はしっかりとしている。
それならば契約を結んでやってもいい。
ただし理論の途中までだ。対象にフォルの魔力を打ち込むところまで。
そこからは樹の属性の特性により使いやすい形に変えよう。
つまりは、だ。
対象にフォルの魔力を打ち込むまではいい。
そこから芽を生やすのではなく、魔力を固めて種を作る。
「種ヲ精霊峠ニ持ッテキテ。ソレデワタシタチニ捧ゲテチョウダイ」
種を持って精霊峠に行き、精霊に引き渡すところまで。そこまでを契約としよう。
精霊峠の一面の花畑を維持するのは樹の精霊の仕事だ。種を持ってきて植え、育てる。
種を調達してきて植えてくれるのなら、精霊たちに信仰を返すことにもつながる。
「チャントヤッテクレルナラ、ソレデイイワ」
本当は精霊峠に閉じ込めたいのだけど、と不穏なことを呟いているが聞かなかったことにしよう。
「それでは精霊の守護者として立会人になりましょう。よろしいですか?」
「はい!」
「エェ」
異論なし。
樹の精霊がフォルの魔力と浄化対象の魔力を固めて種にする。
そしてその種をフォルが精霊峠に捧げる。
それで精霊との契約を締結することにする。
「エェ。認メルワ。ワタシタチノカワイイ――……」
「コラ。マダ内緒ヨ、ソノ話」
まだ提示してはいけない真実と事実がある。
それを知らせるにはまだまだ早い。
真実を司る氷の精霊として口を滑らせる前に止めよう。
「何やらあるようですが……ともかくこれで契約は締結です。試しにやってみてはいかがでしょう?」
魔力と魔力と合わせて種とするなら、適当な質量の魔力さえあれば試せるはずだ。
ちょうどよさそうなものが確かあったはずだ。
席を立ったイルートが書棚の引き出しを開け、エレメンタルの結晶片を取り出す。
「試すにはこちらでどうでしょう?」
「ありがとうございます!」
それではさっそく。机の上に置かれた結晶片に手をかざす。
結晶片の横にちょこんと座る樹の精霊に目配せをする。
いいわよ、やってごらんなさい、と言いたげな頷きが返ってきた。
「樹の精霊よ、どうかわたしに……力を……!!」
「受領シタワ、愛シイ子」
樹の力で殻を作ろう。魔力を固い外皮に変えて種にしよう。
そこから希望の芽を生やそう。美しい花で世界を覆うように。
本当は、契約なんて、もうとっくに――……
「デキタワ、愛シイ子」
「わぁ……ありがとうございます!」
いいのよ、契約だから。じゃぁまた呼んでね。
そう言って、するりと樹の精霊は飛び立っていった。金色の光をまとって窓から飛び出していく。
なんだか終始ばつが悪そうだった。叱られたのが相当効いたのか。
「さて……これでもう教えることはないでしょう。精霊について知りたいことがあれば教えますが」
「お願いしてもいいですか?」
「えぇ、小さな生徒さん」
昔もこうして学を教えたものだ。
――昔とは、いつだっただろうか。
哀惜のような懐古の感情を頭を振って忘れることにして、イルートは文献のページをめくった。




