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人権なしのランク0。よくわからないけど、塔、登ります  作者: つくたん
中層『受難の層』
33/75

不滅だった秘地の精霊の守護者

宿に帰って翌朝。

リーゼロッテとサイハと一緒に中層に向かう。

ヴェルダに教えられた白い石の物見塔は目立つところに建っていた。


「ようこそいらっしゃいました。イルート・ビルスキールニル・アールヴァクルと申します」

「初めまして、昴です」

「リーゼロッテだ」

「サイハよ」


物見塔に入ると、ようこそと彼女は微笑んで出迎えた。

全身の色素が脱落したかのような白い肌と白い髪が神聖さを漂わせる。

ゆったりとした長い袖から覗く白い手に身丈ほどの錫杖を手にしたイルートは、ゆるりと頭を下げた。


「何のご用向きでしょう?」

「探している人がいるんだ」


事情を話し、協力を要請する。イルートは快く頷いてくれた。


「少々お待ちを」


ひらりと長い袖を翻し、錫杖の石突きで床を叩く。

石と金属がぶつかる音がして、数秒後、窓からひらりと金色の光が舞い込んできた。


「イルート! ドウシタノ?」

「招請に応えていただき感謝いたします。自由と奔放の精霊に頼みたいことがあるのです」


昴から伝え聞いた事情を精霊へと伝達する。

精霊はくるくると錫杖の周りを回ってイルートの話に耳を傾ける。

いくつか言葉を交わし、精霊は窓の外へ出ていった。


「しばし待てば答えが得られましょう」


精霊が頼み事を終えて戻ってくるまでしばらくここで待機だ。

それまで話でもしていよう。なんだかぎこちない3人の間に何があったのか聞かせてもらおうじゃないか。


***


「楽シクナイ?」

「いいえ、そうではないんです」


気落ちした表情のフォルに精霊たちが顔を覗き込んで問う。

精霊たちが踊り歌うさまは見ていて美しい。けれどそれを見ていても気は紛れない。

どうしたって思考は伯珂たちのことになるし、リーゼロッテの言い分の話になる。


「……えっと……精霊さんはこの塔のことに詳しいんですよね」

「ソウヨ! ナァンデモ聞イテ!」

「じゃぁ……ダレカになった人を……いえ、ダレカを眠らせることは可能でしょうか?」


伯珂たちはもう死んでしまった。その死の間際の感情が焼き付いてダレカになった。

それはもう伯珂そのものではない。だが、その思いを昇華させてやらねば、伯珂だってきっと死んでも死にきれない。

帰還者は感情が焼き付いた影だ。実体はないし、ないからこそ倒せない。ある意味不死の存在だ。

それでも安らかに眠らせたい。きちんと送ってやらねばならないと思う。

それが伯珂たちへのけじめだと思うのだ。この問題を片付けないと先に進めない。


「ソレハ……塔ノ決マリに逆ラウコトヨ?」

「決まり?」


契約、仕組み、法則。言葉はどうでもいい。

『帰還者は倒せない』。『一度生まれた帰還者は消すことができない』。それがこの世界の原則だ。

なぜ。理由はない。『そう』だから『そう』なのだ。

歩行するのに理由が必要だろうか。呼吸し、鼓動を打つことに理屈が必要だろうか。

理由なく理屈なく『そう』だと受け入れるしかないのだ。


「フフ……ソウ、ソウナノ! アナタ、決マリニ逆ラッチャウノネ!」

()()()()! ソウダモノ、ソウナノネ!」


あはは。けたけたと精霊たちが笑う。

何がおかしいのかわからないフォルは戸惑うしかない。


「アハハ……ウフフ……ハァ……オモシロカッタァ……」

「ソウネェ……知ッテイルケド……教エラレナイ!」


帰還者を完全に消滅させる方法はある。

けれどそれを教えることはできないのだ。


たとえるなら、インクとペンで文章に書きつけた文字だ。

生きている人間はきちんとした文字で、帰還者は書き損じてしまった文字。

書き損じた文字だとしても、紙に書いた以上は消すことができない。

上からインクを塗って塗りつぶしてごまかすことはできるだろう。

だが、生まれてしまったものを根本から消滅させることはできないのだ。

消す方法があるとすれば、それは()を廃棄して新しく書き直す(作り直す)ことくらいだ。

世界を破壊することは、世界の維持を任されている精霊の使命に反する。だから教えられない。


だが、いたいけな少女のひたむきな願いに応えることくらいはしてやってもいいだろう。

慈悲の心でもって、水の精霊はフォルへと囁きかける。


「浄化ノチカラナラ、ドウニカデキルンジャナイ?」

「……浄化の?」


そう、と水の精霊は頷く。

水の属性は慈悲と浄化の力を象徴する。だから水の力を用いれば、浄化もなせるだろう。

汚れを洗い流すイメージだ。帰還者を穢れとみなして浄化する。


「求メラレタナラ、ワタシタチハ水ノチカラヲ貸スワ。ソレガ契約ダモノ」


この塔ができるより以前の契約だ。

人と神の間に交わされた原初の契約。人は神を祀り敬い、神はそれに応えて加護を与える。

それは神の眷属たる精霊にも適用される。人がその力を求めるのならば、精霊はそれに応えねばならない。


「水神ノ子、決マリに反スルコトヲスルノ?」

「アラ? ワタシハ原初ノ契約ニ従ウダケ」


塔の契約よりも古いのだから、原初の契約が優先されるべきだ。

しれっと言ってのける水の精霊に、紫電を散らして精霊が叱責する。

ばちばちと電気が散っていることから雷の精霊のようだ。


「雷神ノ子コソ頭ガ固インジャナイ? コノ子はルッカヨ?」

「ダケド…………イヤ、ソノ顔ハ何カ企ンデイルデショウ?」

「ソンナコトナイワ、失礼ネ」


ただ自分の本質に従っているだけだ。水の精霊はそう返した。

水が象徴する性質は慈悲と浄化。しかし堰から溢れた濁流がそうであるように、あらゆるものを飲み込む貪欲の象徴でもある。

それでいて、その濁流でもって人に試練を与えるものでもある。


フォルがこの世界の絶対原則に逆らうというのなら、その困難を試練として結果を見守ろう。

だって面白いじゃないか。()()()()()()()()()()逆らうというのだから。


***


ここまでの経緯の話が終わり、話が雑談に移ってきたところで不意に切り出した。


「精霊って、言うこと聞いてくれるの?」


サイハの世界の常識では、精霊というものは人間の言うことを聞いてくれないものだった。

だからイルートの言うことを聞いて従ってくれる精霊の存在が不思議でならない。


「はい。精霊の特性を理解すれば、協力を頼むことくらいは」


原初の契約により、人間に求められれば精霊は応えなければならない。だから言うことを聞かせること自体は苦労しない。

問題はその応え方なのだ。精霊の気質を利用しうまく誘導せねば、望む結果は得られない。

人を探しているから見つけてこいと言ったところで精霊は聞いてくれない。だから、『客人を招いたところはないか』と聞かねばならない。

それで見つからなければ、フォルは誰かに保護されても攫われていないのだともわかる。ひとりでいるなら、それを踏まえて新しく頼み直す。


「風の精霊は噂好きですから、人の間で交わしている話にも明るいはず。楽しそうな話をしているのなら興味を示して聞いている者がいるかもしれません」


客人を招いて楽しそうな話をしている人がいたという話が聞ければ、そこから詳しく調査をかけられる。

そういうふうに少しずつ目標に近づけていくのだ。


「……あぁ、そろそろ帰ってきますね」


イルートがちらりと窓を見る。示し合わせたように、ひらりと金色の光が窓から飛び込んできた。

ありがとうございますと労ってから結果を訊ねる。


「オ客様ヲ招イテ楽シソウナ人ハイナカッタワ、ネェ、モウイイ? ワタシ、ルッカト遊ビタイノ」

「……ルッカって!」


間違いない。フォルのことだ。

なんてことだ。答えは目の前にあった。精霊の気質を利用して誘導するつもりが遠回りをしてしまっていたようだった。


「ルッカ? ルッカナラ精霊峠ニイルワヨ」

「ほんとか!?」

「ナァニ? アナタモ遊ビタイノ? イイワヨ、オイデナサイ」


ルッカは精霊峠から逃さないから。それだけを言い残し、金色の光は窓の外へと飛び立っていった。

しんと沈黙の中、イルートが深刻な顔で呟く。


「ルッカと……言いましたね?」

「あ? それがどうしたよ?」

「この世界におけるルッカとは……」


この世界におけるルッカとは、神に通ずる力を持つ人間のことだ。

神から祝福を受けたか、神と契約して力を得たか。それをルッカと呼ぶ。


「ルッカならば奪還は難しいかもしれません」


神から力を得た人間。だとするなら、原初の契約に基づいて、神に力を返さねばならない義務を負う。

神自身が持つ力の強さは人間の信仰心によって補われる。信仰が深ければ深いほど、しっかりと形をもって顕現できる。

つまり信仰心は神の食事のようなものだ。だから力を与える対価に信仰を求めるのだ。


そしてそれは、神の眷属たる精霊にも適用される。

探し人がルッカだというなら、『食事』(ルッカ)を手放すわけがない。


「それでも……行かないといけないんだ」

「……わかりました。では精霊峠へ向かうといいでしょう」


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