隠れてないで出ておいで!
「隠れてないで出てらっしゃい」
ぴ、とヴィリが昴の肩のあたりを指を指す。
すると、昴の襟からひらりと金色の光が飛び出した。
「モウ! ドウシテ見ツケチャウノ!」
「うわっ!?」
くるりと回転して現れたのは金色の光。よく目を凝らせば、四肢のようなものが見える。
眩しすぎるから力を抑えろとヴィリが言い、すると光が収まって姿がはっきり見えるようになった。
大まかに言えば人の形をしていた。
頭に相当する球状の部分と胴と手足にあたる部分がある。ただ、手足にあたるものはあるが指はない。
頭はあれど顔はない。つるりと丸く、のっぺりとしている。そのくせ感情表現は豊かそうだ。
本人に言ったら怒るだろうが、枝分かれして手足のようになった大根にボールを載せればちょうどそっくりなものができるだろうなと昴は思った。
「モウチョット眺メテイタカッタノニ! バカ!」
「はいはい。……これが精霊よ」
憤慨する文句を聞き流してヴィリがそれを指す。
精霊峠というのは、この大根、もとい精霊が住まう12階のことなのだそうな。
「人間ハコレダカラ嫌ナノヨ……イイワ! 気ヲ取リ直シテ! ハジメマシテ!」
「は、はじめまして……」
顔がないくせに感情表現が豊かだ。
くるくるとまるでダンスのように踊った精霊は昴たちへ一礼する。
とりあえずといった感じで昴たちもまた軽く自己紹介を済ませた。
「あの、なんてお呼びすればいいんですか?」
「ワタシ? ワタシハ風ノ精霊。シルフ、エアリアル……呼ビ方ハ世界デ違ウケド、本質ハ同ジモノダカラ好キニ呼ンデイイワ」
文化圏によって名前は異なれど、風の神の眷属であり風を司る精霊である。
本質は同じなのだからどう好きに呼んでもらって構わない。
そう告げた精霊はフォルににこりと微笑みかけた。顔はないのであくまで雰囲気だが。
「この精霊たちは塔の管理と維持を任されているんだよ。ほら、ベリーとかね」
スティーブが言うには、この精霊たちが塔のあらゆる物事を管理しているらしい。
時期を問わずベリーが生えているのも、掘った採掘場所がいつの間にか元通りになっているのも、きれいな水が流れているのもすべて精霊のおかげなのだ。壁や天井の補修や補強なども担当するという。
とはいえ、それはあくまでも迷宮内の話。町のことには関わらない。
たまにこうして町に遊びに来て、こっそり営みを観察したりイタズラを仕掛けたりするくらいだ。
「ソウ! ダカラ労ッテネ! ズット偉インダカラ、ワタシタチ!」
「逆に言えば、精霊たちの機嫌を損ねたら……というわけさ」
気をつけるといい。精霊はそれぞれの気質がある。
風の精霊は気まぐれで、土の精霊は怠惰。火の精霊は怒りっぽくて雷の精霊は過激。水の精霊は穏やかだが貪欲で、氷の精霊は秘密主義者だ。樹の精霊は束縛したがり。
彼らの気質を理解せねば機嫌を損ねて大変なことになる。土の精霊が瞬時に壁を形成して行く手を阻み、風の精霊が空気を滞留させて呼吸を止め、水の精霊は毒水を流し樹の精霊はすべてのベリーを毒に変える。
手のひらくらいの大きさの可愛らしいものに見えて実は恐ろしいのだ。大根などと呼んだら向こう100年は迷宮から出してやらない。
「ヨロシクネ、ルッカ!」
「え、あ、はいっ」
ルッカ、というのはノルバートが言っていたものでいいんだろうか。
神に愛されているというレベルで非常に幸運な者のことをそう呼ぶのだそうだが。
特に嫌な意味があるわけでもなさそうだし、とりあえずはその解釈でいいだろう。
「フフ、早速知ラセナクチャ! ルッカガ来タゾー、ッテ! マタネ!」
一方的にまくし立てて、ひらひらと精霊は飛んでいった。窓から飛び出して上空へと消えていく。
それを見送り、ふぅ、とスティーブは息を吐く。なんとも騒がしい時間だった。
「そうだ、中層の仕組みは知らないだろう? 『こっち』にもないしさ」
とん、とスティーブが自身のこめかみを指で指す。
中層についての知識は後付けの知識にもないだろうと言いたいのだ。
素直に頷いた昴たちに頷きで返し、揚げ豆をつまみながら説明を始めた。
「ここ、中層の町は安息の層と呼ばれていてね。上下が迷宮だからだろうけど」
中層と呼ばれる区分にあたるのは11階の安息の層を含めて20階ぶんだ。
11階から30階までが中層と呼ばれ、31階からは上層にあたる。そこから上は31階の町以外はどうなっているかわからない。
「そして、中層に到達した探索者は晴れてランク2ってわけだ」
「まぁ、編成所があんなことになったから意味はないけどね」
得意げに説明するスティーブにバルドルとヴィリが割って入る。自分たちだって先輩面をしたい。
先輩風を吹かせたがる3人をよそにゼフィルはベリーのタルトを頬張っていた。
「中層はね、いろいろな勢力がいる。精霊や神の眷属……スカベンジャーズとかね」
「スカベンジャーズ?」
掃除屋という意味だ。一般的な概念では腐肉食動物を指し、そこから転じて廃品回収業者を指す。
それに似たものがあるのだろうか。
「色々と迷宮の『掃除』や『片付け』をしてくれているのさ。……ほら、8階とかさ」
鍵の奪い合いで人死が出ることもある8階。
だが血の跡も死体も存在しないのは、スカベンジャーズによるものだ。
スカベンジャーズの仕事はあらゆる物をきれいにすることだ。
死者が出ればその身元を確認しつつ然るべき方法で『片付ける』。
金品を剥いだり内臓を抜いたりといった血生臭いことはせず、ただ粛々とあるべきように処理していく。盗賊とは違うのだ。
彼らが片付けるのは人だけではない。
異常発生した魔物の討伐や悪辣な集団の排除なども仕事のうちだ。
そういった意味では治安維持部隊の側面もある。
探索者でもなく町の住民でもない、独特のルールで動いている集団。それがスカベンジャーズだ。
「中層を中心に活動しているから会えるんじゃないか?」
「そうね、みんな黒いローブかマントを着ているし」
スカベンジャーズの刻印が入った黒いローブかマントを羽織ることが決まりとなっているらしい。
それが探索者とスカベンジャーズを見分けるポイントだという。
「成程。教えてくれてありがとう」
「どういたしまして。……さて、そろそろ日が暮れてきた頃だ。宿に戻った方がいいんじゃないかい?」
「あっ」
そうだ。すっかり忘れていた。
純結晶の売却で手にした金や、いつ中層に行けるかわからないから長めにと、1階にある宿に長期滞在の予約を入れてそれっきりだ。前払いで金を払ったので戻らねば無駄になってしまう。
11階と1階、2階は転移装置で相互に行き来ができる。この階にある転移装置でさっさと宿に戻らないと。
「転移装置かい? この店を出て右手の広場だよ」
「ありがとう! 行ってきます!!」
「お話ありがとうございました! また!」
さっさと戻らないと。
ばたばたと走っていく昴とフォルをリーゼロッテがやや呆れ顔で見る。
まったく、そんなに急がなくたって宿屋の主人は宿泊の予約を消したりはしないだろうに。
走っていった2人を微笑ましく見守るサイハと目が合って、小さく肩を竦めあった。
***
広場の真ん中には目印のようにアーチ状の屋根が建っていた。その下に転移装置の台座がある。
下層と中層とを行き来する人で転移装置は賑わっている。
昴たちもまたその雑踏に加わって、転移装置に触れる。
かちん、と音がして、足元が脱落する感覚。驚いて閉じてしまった目を開ければ、見慣れた1階の景色だ。
転移装置のある広場から少し歩いた先が昴たちが取った宿屋だ。
中に入ると、店番兼店主の男がやる気なくカウンターに突っ伏していた。
「いらっしゃい、ツークツワンク宿屋へ……っとぉ!! ようこそいらっしゃいました!」
だらけていた姿勢から一転して背筋を伸ばして立ち上がった店主は敬礼しかねない勢いで昴たちを出迎える。
部屋の鍵はこちらですと恭しく鍵を差し出してきた。
「どうも。……んじゃ、テキトーにいい時間になったら飯な! それまで解散!」




