11階。やっと中層!
11階。門番が立っている門扉をくぐるとそこには町があった。
1階と2階の町を足して割ったような、質素な石の家が立ち並んでいる。石造りながらも装飾が多かった1階、2階と比べ装飾は少なく、実用性を重視したつくりになっている。
最低限のものしかない。しかし最低限ながら必要なものは充実している。そんな雰囲気だ。
「ここが……11階……?」
「そうさ。ここは11階。安息の層さ」
昴の呟きに答えたのは今さっき通り抜けた門扉の門番だった。
恰幅が良い男は少し出た腹を揺らして気さくに笑う。
「下層から上がってきた新人探索者だろ? よしよし、だったらまずはカフェ・ヴィジルに行くといい」
「ありがとうございます。行ってみます」
後付けの知識には11階以上のことについて何も語ってくれない。本当に基礎的なことしか教えてくれないようだ。
さてどうするかと出方を迷っていたところだ。門番の言うことに従うとしよう。
ついでに門番に道を聞いて、勧められたカフェに行く。
歩いて数分。やや迷いながらもたどり着いたのは、『砦』の名前にふさわしい高い塀に囲まれた質素なカフェだった。
おそらく有事の際には住民が逃げ込む避難所になるのだろう。店の大きさに比べてやたら広いデッキを見ながら店内に入る。
「いらっしゃいませぇ~! 4名様ですね! ランクはおいくつでしょうか?」
「あー……えっと……」
忘れていた。自分たちはランク0だということを。
何せランクを認定する編成所が消し飛んでしまったのだ。下層の町ではそのあたりの混乱のせいでランクを聞かれることはなかった。レベルを聞かれてレベルに応じたサービスをされた。
だが、そうか。あの騒ぎ、中層まで影響していないのか。影響がなければレベルではなくランクでサービスを受けることになる。
そしてすっかり忘れていたが、自分たちは人権なし同然のランク0だ。
「えぇと……0です……」
「はい? あー……そうか、編成所が……成程ぉ……」
納得した風情で給仕係の女性が頷く。
帰還者によって1階の編成所が消えたという話は聞いている。そうか、召喚されたてでランクアップする前に編成所が消えてしまったからランクアップできていないのか。成程ね、と何度も頷く。
入り口に置いてある花も嘘を告げてはいない。この花は嘘を感知すると花びらの色が変わる。色が変わらないということは、彼らの言っていることは正しいのだろう。
そう、つまり今入ってきたこの客4人はランク0の探索者なのだ。
「ははぁ、ズルかなんかしました?」
「へっ?」
「高ランク探索者の転移魔法に巻き込んでもらったとか……そういうこと。たまにあるんですよねぇ」
「ちょっと待って待って!!」
「あはっ。なーんて! 冗談ですよ。ちゃんと登ってきた探索者の顔してますもん。どうぞどうぞ!」
よかった。どうやらちゃんと通してもらえるようだ。
やはりそのあたりのことは配慮するらしい。よかった、人権なし扱いじゃなくて。
ほっと息を吐く。通されたテーブルは質素極まりないものだったが、入店拒否を食らうよりはマシだ。
「あれ? 君たち……」
「あ、スティーブさん」
ふと隣を見てみると、そこには見た顔。スティーブだ。
やぁ、と温和な顔で片手を挙げて挨拶を交わす。
「何? 知り合いかぁ?」
「何かと会う新人探索者さ。チェイニーのやつにも気に入られてるから、身元は保証できるよ」
自身の対面に座っている男にスティーブが言う。
ふぅん、と片眉を上げて彼は昴たちを見る。
「……ま、スティーブが言うなら大丈夫か」
いきなり疑いの目を向けて悪かったな、と彼は非礼を詫びる。
「俺はバルドル。あっちがヴィリで……」
「ゼフィルデス! よろしくおねがいしますデス!」
ぴっと可愛らしく元気よく手を挙げて挨拶したのは、頭に角が生えた少女だった。
その角は途中から無残に折れている。傷口は古く、最近折れたものではないようだ。
にこにこと人懐っこい様子はどこかリリムを思い出させる。だがリリムと違って媚びるような馴れ馴れしさではなく、純粋な少女然とした無邪気な親しさだ。
「……ヴィリよ。よろしく」
昴たちにではなくスティーブに冷淡な目を向けていた彼女は一度スティーブの脛を蹴ってから挨拶する。
口説いたわけじゃないとかヴィリ一筋だとかいうスティーブの言い訳は黙殺。
褐色の肌と黒い髪に彩られた金色の目がじっと昴たちを見た。
「な、何か……?」
「別に。典型的でスタンダードなパーティだと思って」
盾役に攻撃役に妨害役、補助役。見てわかるくらい典型的なメンバーだ。
だが自分たちは違う。盾役の役割は薄く、妨害役はいない。盾兼攻撃役が1人に攻撃役が2人、補助役兼攻撃役が1人の完全攻撃型パーティだ。
「……そういえば」
そういえば。どうしてパーティは『4人』なのだろう。
どうして4人が基本単位で、それより少ないパーティしかいないのだろう。
5人や6人のパーティがいたっていいじゃないか。
ふとそんな疑問が浮かぶ。
「あぁ、それね。僕も以前同じことを思ってさ」
まだ下層を攻略していた頃だ。どうして4人が基本単位なのだろうと思って、編成所で登録したこの4人に加えて傭兵を1人雇ったことがある。
しかしどういうわけか、その5人目の傭兵は迷宮に入ってほどなくして何らかの理由で死んでしまうのだ。
問題なく対処できるはずのエレメンタルの攻撃が『偶然』当たってしまって。
8階の鍵探しの闘争に『偶然』巻き込まれて。
『偶然』出現したダレカに襲われて。
『5人目』を雇って探索に行く。それを7回くらい検証したところで、検証を取りやめた。
どういうわけか『5人目』は消される運命にあるのだと結論づけて、それ以上の検証を封印した。
それもそうだろう。多人数パーティが許容されるなら、極論、大きなキャラバンを組んで頂上を目指せばいいのだから。
「前に『探索に出る前に色々調べた』ってのはそういうことさ」
「ま、そんな今じゃランク2だけどな」
バルドルの横槍に肩を竦めて聞き流す。
そんな残酷な検証をしたこともあったが、今では立派な探索者だ。
「残酷といえば……下層は大丈夫だったかい? 『探索者狩り』に襲われたりは?」
何気ない問いかけだったが、その言葉で昴たちの表情が固くなった。
それを見逃すスティーブではない。どうかしたのかと事情を問う。
「えっと……実は……」
***
「成程ね。そんなことが……」
それはなんともつらいことだ。心痛を察してスティーブは眉を下げる。
その件の探索者は遠目に何度か見たことがある。やたら新人探索者に話しかけていて、面倒見が良いお節介焼きだと思ったものだ。だが、まさかあの声かけにはそんな理由があったのか。
「彼女が冷たいのもそういう理由かな?」
「あ? アタシは誰にでもこうだよ」
リーゼロッテが辛辣に言い放つ。
誰も彼も信用していない。こうして話しているスティーブたちも探索者狩りだという可能性だってあるのだから。
「ま、僕らはやましいことなんてないし……疑ってもらっても構わないよ」
リーゼロッテの辛辣な視線をさらりと流す。
探られて痛い腹などない。まっとうな探索者なのだから。
裏切りにあったのなら何もかも疑わしくなるのも当然だ。だから辛辣な目を向けてられても堪えない。
実のところ、バルドルだって最初は探索者狩りじゃないかと警戒したのだからおあいこだ。
「スティーブさんは探索はどこまでいったんです?」
「僕ら? 20階さ」
クエストの都合でそこで一旦帰ってきたのだという。
「うまいこと20階の転移装置の使用許可が出てね。大変だったよ」
「それで、今は精霊峠に用事があるってわけ」
「精霊峠?」
精霊峠とは。
峠というような地形がこの塔にあるのだろうか。
目を瞬かせる昴に、不意にヴィリが昴の肩のあたりを指す。
「隠れてないで出てらっしゃい」




