それでここがどこなのかという話なのだけど
石の廊下を進むと開けた場所に出た。
一言で言うなら、役所だろうか。いくつかの窓口があり、番号札を配る人がいて、長椅子があって、壁際には書類を書くための机とペンが据えられている。そこを行き交う人々は2種類いて、不安そうにあたりを見回す4人ほどの集団と、それらに声をかけていく1人ないし2人だ。前者は昴たちと同じようにここに呼ばれたばかりの者であり、後者はそれらを案内する熟練探索者なのだろう。
ここがどこかということは後付けされた知識が知っている。ここは探索者のための案内所だ。パーティを登録したり、面子の加入と除籍の手続きを担当する。探索者編成所という単語が頭に浮かんだ。
「ともかく、窓口に行ってみるか」
「そうね」
4人をパーティとして登録しないと何もできない。塔の探索どころか衣食住でさえ。知識がそれを理解しているので誰も意義なく窓口へ並んだ。
すぐに列がはけて昴たちの順番になる。窓口の尖り耳の女性は手慣れた様子で書類を4枚提示した。それぞれに1枚ずつ。ここに名前をはじめとしたプロフィールを書けということだ。書いた内容が探索者データとして記録され、そしてメンバーを4人登録することでパーティの編成が完了する。そうすれば晴れて探索にも衣食住の確保にも行けるようになる。
「覚えている限りでどうぞ。名前以外空欄でも構いません」
あちらの壁際の机で記入してから持ってくるように指示をした窓口の受付嬢はそれだけを説明して次の順番待ちを呼ぶ。質問は受け付けないし、そもそもここで出てくるような疑問は頭の中の知識が答えてくれる。
「さて……と……」
壁際の机に移動してペンを取る。ここで書きこんだ内容が探索者としてのステータス情報になる。基本的に門外不出なのでパーティメンバーに配慮して隠したり偽る必要はない。正確に書けば書くほど生存情報の照合がしやすくなるというだけだ。
名前:昴 性別:男 種族:空欄 出身地:南地区5-105 年齢:18
役割:アタッカー 所持武具(通常形態・使用形態):ブレスレット・剣 ランク:空欄
名前:リーゼロッテ 性別:女 種族:空欄 出身地:358-9地区 年齢:不明
役割:ディフェンダー 所持武具(通常形態・使用形態):腕輪・盾 ランク:空欄
名前:サイハ 性別:女 種族:ベルベニ族 出身地:空欄 年齢:空欄
役割:デバッファー 所持武具(通常形態・使用形態):カード・同左 ランク:空欄
名前:フォル 性別:女 種族:空欄 出身地:空欄 年齢:空欄
役割:バッファー 所持武具(通常形態・使用形態):ペンダント・同左 ランク:空欄
以上4名をパーティとして登録。各自署名のこと。
「よし……これでいいか?」
書類というからどんな細かい項目があるのだと思っていたらそんなに項目はなかった。身構えていたのに肩透かしをくらってしまった。息と共に緊張を吐き出して昴は書類を窓口に提出する。リーゼロッテたちもそれに続いて書類を渡す。
それにしても、種族という単語の意味がわからなかったがどういうことだろうと首を傾げる。人間以外のものなんて存在しないだろうに。まさか動物が二足歩行して喋るわけでもないだろうに。
しかしサイハはその欄に何かを書きこんだ。この書類は秘匿事項なので何を書いたまでは見せてもらえなかったが、他の3人が空欄とした部分を書いたのだ。それがまた互いが異文化を擁する異世界から来たという事実を見せつける。
「ってかさ……武具ってなんだ?」
後付けされた知識の中にあったのでそれを書いたが、昴にとってはまったく実感のない概念だ。
後付けされた知識によると、それは魔力を練りこんだ特殊な銀でできたアクセサリーで、戦闘時には武器となるものとされている。刀剣や盾といった装備品に変化するものもあれば、銀を媒介に魔法を起動させるものもある。精霊や神獣といった神秘的な生物と契約して従わせるための契約書となるものもある。
頭の中の知識にはそうあるのだが、昴にはまったく未知のものだ。いや、正確には伝説上のものとして知っている。はるか昔に魔法は遺物となったのだと歴史の授業で学んだ気がする。
そこまで考えて、ふと昴は眉を寄せる。何気なく歴史の授業と言ったが、何の歴史をどこの学校で学んだのだろう。思い出そうとしても、記憶はまるで脱落したか塗り潰されたように真っ白だ。これもまた、考えていたって仕方ない事項というやつか。
「武具を知らない? 冗談でしょう?」
心底驚いたようにサイハが声をあげた。魔法の時もそうだったからそうだろうが、まさか武具を知らないとは。魔法を起動させるための銀のアクセサリーは日常生活に欠かせないものだというのに。台所の炉の火を入れるのだって着火用の武具がある。サイハにとって武具とは、戦闘だけではなく日用品としても使うほどありふれたものだ。
「不思議アイテムかよこれ」
信じられないといった顔でリーゼロッテが左手を見る。こんな銀の腕輪など趣味ではない。だからこの世界に呼び出された時に何者かによって装着されたのだろうと思っているが、まさかそんなものが魔法などといいうおとぎ話を体現したものだとは。
戦闘時にはこれが盾に変化するという知識ですら信じられない。
「本当にみなさんバラバラなんですね……」
これほど認識がバラバラだと、いちいちひとつひとつの物事にあれこれ言い合うはめになってしまう。それを防ぐため、互いのコミュニケーションを円滑にするための共通認識として、この後付けされた知識が刷り込まれたのだろう。おのおのの常識はあるだろうが、以降はこの後付けされた知識を共通の常識として喋れ、ということだ。
ともかく、後付けされた知識では『魔法はある』のだし、『魔法を起動させるためのアクセサリー』というものも存在している。その存在が常識なのか非常識なのかは捨て置け、『ある』のだから『ある』のだ。それがこの世界のルールなのだ。その有無を議論していてはいつまでも話が終わらない。
「おや、新人探索者かな?」
こんにちは、と。穏やかな男性の声に振り返る。人当たりの良い笑みを浮かべた銀髪の男性がそこにいた。顔は整っているが、それをひけらかさない謙虚さがある。完璧すぎて逆に嫌味のないタイプだなこれは、とサイハが心の中で呟いた。
初めましてと一礼した彼はスティーブと名乗った。中層到達の連絡と中層探索許可の手続きのためにここを訪れたのだという。要するに、一度も探索に出たことのない右も左もわからぬ新人よりはベテランの先輩だ。
「手続きが終わればランク2探索者さ」
「ランク?」
「知っているだろう? 『頭の中の知識』でさ」
とん、とスティーブは自身のこめかみを指した。概念は刷り込まれているので説明は必要ないだろう。
ランクとは探索者のランクだ。この塔をどれほど踏破したかで探索者としてのランクが上がる。昴たちのように一度も探索に出たことのない新人はランク0、そこから踏破状況に応じてランク1、ランク2と増えていく。なおランクは3まで確認されている。というのも、ランク3に分類される階層よりも先に進んだ者がいないからだ。
そして、ランクが高いほど強く賢く素晴らしい探索者だとみなされる。
「最初は戸惑うかもしれないけど、ともかく頭の中の知識に従うといい。その知識は絶対だ。裏切らないし裏切れない」
魔法はあり武具はあり、探索者にはランクがある。それがこの塔のシステムだ。それは絶対で覆ることはない。はっきりと後付けされたという認識があるせいで違和感があるだろうが、ここにおいて『本来持っている知識や概念』よりも『後付けされた知識』の方が正しいのだ。
「ともかく探索に出てみるのがいいさ。ランクが上がれば待遇も良くなるしね」
「で? それをアドバイスするアンタは何様だ?」
見も知らぬやつに講釈を垂れるメリットは何だ。疑い深くリーゼロッテがスティーブをねめつける。
まずは探索に出ろなどと。
後付けされた知識によれば、探索に出ればそこは魔物が跋扈する迷宮だ。危険な場所という認識が後付けされた知識により頭の中に存在している。
そんな危険な場所に何の準備もなく送り出そうと促してくるスティーブは何なのだ。右も左もわからぬ新参者を準備なく危険地帯に放り込んで殺してライバルを減らしでもしたいのか。
「はは。単なるお節介さ。そうやって警戒しすぎてランク0のまま30日ほど過ごしていたらどこの宿からも追い出されてしまってね」
なにせランクによって待遇が変わる。新参者はともかく、この世界においてランク0は何もしない臆病者だ。そんな臆病者を相手する人間などいない。この世界は念入りに情報収集する慎重さよりまず飛び込む勇猛さが評価される。
そういう轍を踏まないでほしいだけだ。右も左もわからぬ新参者が頭の中の知識に頼っていいのか疑って、どうふるまっていいかわからず、右往左往しているうちに衣食住を失って町の中でのたれ死ぬ姿を見てきたから。そんな結末はあまりにも哀れだ。
「そうかよ」
ぶっきらぼうにリーゼロッテは目をすがめた。善人のふりをして騙す悪人の気配は感じないので、スティーブのことはひとまずお節介焼きのお人よしという評価にしておこう。
「そうですね、そうしてみます。ありがとうございます、スティーブさん」
「どういたしまして。……おっと、手続きが終わったみたいだ」
スティーブ、と呼ぶ声がする。そちらの方向に片手を挙げて応じてから、スティーブは会話を打ち切った。またどこかで、と昴たちに手を振って呼ばれた方向に歩く。
それを見送り、ふぅ、とフォルは息を吐く。頭の中の知識に頼れも何も、フォルにはその知識しかないのだ。従うしかない。そういった意味では昴やリーゼロッテやサイハよりも気が楽かもしれない。いちいち疑わなくて済む。
「とりあえず、現状確認からかな」
なにせ後付けで刷り込まれたせいで自覚がない。漠然と『そう』と言われても実感がない。実際に口にして内容を確認したい。
これは数学の検算に似ているかもしれない。問題文があって答えが記載されていて、果たしてその答えが合っているのかどうか計算式を解いて答え合わせをするような。
「そうね。どこか落ち着ける場所があればいいんだけど……」
「それなら、カフェ・レスタですかね」
4人が適当に落ち着ける場所でちょうどいいところと考えて、思い浮かんだのがその店だ。
店の名前も道も後付けされた知識が知っている。他の知識がないぶん違和感なくそれを受け入れているフォルが道を指す。探索者編成所の扉を出ると大通りがあり、その大通りをまっすぐ進んで左にある緑の屋根だ。
行きましょう、と歩き出したサイハに続く。目的の店は雑談を交わして歩くまでもない距離だった。




