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人権なしのランク0。よくわからないけど、塔、登ります  作者: つくたん
下層『受難の層』
29/75

自らの落とし前をつける時が来る

10階。


――自らの落とし前をつける時が来る。


直下の階の暴れ牛が鳴らす蹄の喧騒も聞こえない。しんと静まり返った暗闇の迷宮。それが10階の入り口だった。


「ここが……10階……」

「暗いな。……物陰から来るかもしれねぇな。気ぃつけろよ」


暗い。だが点々と明かりがあるのか、近くにいればお互いの姿が見えるくらいの明るさはある。

ここにダレカがいる。この闇を根城にしてさまよっている。


「伯珂さんたち……いるんでしょうか……」

「わからないわ、進んでみましょう」


ダレカが誰かを捕らえる習性があるなら、連れ去った者を閉じ込める場所はここになるだろう。

もし伯珂たちがまだ生きているのならここにいるはず。

ともかく進んで、探ってみなければ。


「ホラー展開は苦手なんだよ……」

「安心しな。一番怖いのは人間ってのが世の中の常識だろ」


いやいや。そういう話ではないだろうに。

リーゼロッテなりに気を使ってくれたのだろうと思ってそれ以上は言わないでおく。


「それにしても……静かね」

「そうですね。まるで音が吸い込まれるみたいな……」


発した音が響く前に吸い込まれるような。うまくいえないがそんな沈黙だ。

不気味に暗い。そして静かだ。自分たちの足音だって聞こえない。

静かだと耳鳴りがするが、その耳鳴りでさえ沈黙に閉じ込められるような完全な静謐。


「そもそもだけど……ダレカって倒せるのか?」

「倒せない、と聞いているわね」


思いが焼き付いた影。実体はない。

わかりやすく言うと、煙のようなものだ。煙は掴むことも引き裂くこともできない。

それと同じようにどうすることもできないのだと図書館の本にはそう書いてあった。


「じゃぁ遭遇したら逃げるしかないってことか」

「そういうことになるわね。出会いたくはないけど」

「……それはかなわないみたいだぞ」

「はい?」


ぞろり。暗闇の向こうで何かが動いた。

真っ暗な暗闇でもわかる。あれは。あの影は。『Who』(ダレカ)


「げぇっ!!」

「逃げるぞ!」

「はいっ!!」

「っ、"放浪者による騎行"!」


とりあえず9階に降りる階段への道を。

光の点を追うことさえできれば暗闇でも迷わないしはぐれない。

床に点々とできた光の点を追って来た道を引き返す。その後ろを影がじっとついてくる。


「ホラーは!! 苦手なんだって!!」


勘弁してくれ。泣きそうな気持ちで叫ぶ。

せめてもっとこう、殺意たっぷりで襲ってくるタイプの騒がしいホラーならまだよかったものを。

こういうふうに静かに音もなく少しずつ迫ってくるタイプのホラーは苦手だ。


どたばたと走って、ようやく背後からの気配が消えた。どうやらまけたようだ。ほっと息を吐く。

だいぶ引き返してしまった。戻ってもダレカがいるだけだし、別の道を探すべきだろう。


「ほんとにアレってやれねぇの?」

「試してみる?」

「嫌だ」


あれは相手にしたくない。そうリーゼロッテは肩を竦める。

自分を恐れ知らずだと思っていた。だが、ダレカの姿を見た瞬間にそれは覆った。

本能的に恐怖を感じた。絶対に対峙してはならない、逃げろと本能が告げた。


「サイハ、ナビお願い」

「えぇ」


任せて、とマップを見ながらサイハが道を示す。

三叉路まで戻ってきた。一方は9階への階段につながっていて、残りの片方はダレカから逃げて引き返してきた道。ならあと残りの1本だ。

そろりそろりと警戒しながら進んでいく。ヴェルダの言葉が正しければ、帰還者は五感で人間の気配を感じてやってくるのではなく人の思いにつられてやってくる。

だとしたら気を逆立てて感情を昂ぶらせることが一番ダレカを呼び寄せる餌になってしまう。大切なのは平常心だ。


「怖いなぁ……」

「どうした? 腰抜け」

「ちが……っ!! ホラーは苦手なんだよ!」

「はいはい、叫ぶな叫ぶな。うるせぇ」

「俺だって正面切って襲ってくるタイプのホラーだったら立ち向かえるっての!」


ただこう、ひたひたと静かに近寄ってくるタイプのホラーが苦手なだけで。

反駁しつつ迷宮を進む。採光窓もない閉ざされた壁だが、壁に灯る明かりのおかげでほのかに明るい。

その微妙な明るさが恐怖をさらに強めているのだが。


「この明かりはなんでしょう?」

「こういうのは光苔が相場と決まっているけれど……苔ではないわね」


壁を触ってみても冷たい石の感触しかしない。苔の柔らかく湿った感触は感じられない。

壁を構成する石の中に発光する破片が混じっていて、それが光っているようだ。


「待ちな。十字路だ」


曲がった瞬間鉢合わせなんてことになったら大変だ。リーゼロッテが警戒して立ち止まる。

壁についた手で音の振動を探る。ダレカが音を発して歩き回りはしないだろうが念のため。

壁から伝わってくる振動はゼロ。無音。曲がった瞬間ダレカがいる気配はない。

そろりと首だけ出して覗いてみても暗闇。大丈夫なようだ。


「ちゃ、ちゃんと4人いるよな……?」

「びびんなよ」

「い、いますよっ!」

「えぇ。しんがりは私が見てるからそこは大丈夫よ」


ついでに迷宮も半分くらいは通過しただろうか。

マッピングした道と塔の1階あたりの面積からしておそらくそうだ。

となるとあと半分。この静かな道を歩いていかないといけない。


「嫌な静けさよね。ほんと」


なんだか自分の愚かさや至らなさや罪を叱責されているような気分がする。

この迷宮にいるだけで精神力が削られていくような感覚がする。昴が怖がってやたら話しかけてくるので気が紛れているが、もし独りだったら孤独に押し潰されて発狂していたかもしれない。


「"自らの落とし前をつける時が来る"ってそういう意味なんでしょうか」

「なにが?」

「えぇと……うまく言えないんですけど……」


暗闇と沈黙は自責が捗ってしまうものでもある。

寝付けなくて考え事をしているうちに暗沌とした気持ちになるように。

そうして自分を必要以上に責めてしまい、自責で精神が削れていく。その末に思い詰めて発狂する。

"自らの落とし前をつける"とはもしやそういう意味もあるのかもしれない。過剰な自責の念でありもしない責任を取って気が狂うこと。発狂した結果、ひとを殺して回ったり物を壊して回ったり。最終的には償いのために死ぬこと、殺されること。

石碑の意味深なメッセージは、単に塔の真実を語るものではなく、そういった意味合いも含んでいるかもしれない。


「面白いかも、それ」

「じゃぁ今までのもそういう解釈ができるのかもね。階層の内容に合った話というか」

「後で見返してみるか?」


落とし前。責任。自らの行いの結果。といえば。


「伯珂さんたちもここにいるんでしょうか……?」


自分たちの最大の目的は11階に登ることだが、生きているならば伯珂たちも見つけたい。

あんな別れ方では納得できない。そうフォルが呟き、リーゼロッテが肩を竦めた。


「会ったところで殺されるだけだろうよ。あいつにとってアタシらはもう敵だし獲物だ」

「でも……!!」

「諦めな。元のように仲良くとはできないし……第一生きているかどうか」


生きている前提でフォルは考えているが、その可能性は低いだろう。

図書館でダレカについて調べた時、黒塗りにされて読めなかったあの記述の中身を想像するに、生きている可能性は絶対的に低い。

仮に生きていたとしても、あの対峙の続きになるだけだ。殺すか殺されるか。もうそれは覆らないのだ。


「サイハ。あとどれくらいだ?」

「この道が正解なら……あと少しじゃない?」


この先行き止まりだったら。あの引き返してきた道が正解の道だったら。

そんな嫌な想像をしつつも答える。この道が正解なら、ここまで歩いた距離と全体の面積からして11階への階段は近いとみていいだろう。


「ダレカが出てきませんように……」

「おいやめろ、そういう噂をしていたら来るぞ」


早く通り抜けたい。祈るように呟く昴にリーゼロッテが厳しく止める。

あの手のものはこういう時に限って出てくるのがお決まりだ。

ほら、それを示すかのように――


「うえええええ!?」

「来た! 走るぞ!」

「はっ、はいぃ!!」


ぞろりと、暗闇の中で影が動いた。来る。

まさか、まっすぐ追いかけてきたのか。やめてくれ。そんなホラーはお断りだ。

後ろからゆっくり歩いてくるダレカの気配を感じて駆け出す。


「もう……止まっていてちょうだい! "狂信者による理性"!!」


サイハが足止めを仕掛ける。

動きを止める"狂信者による理性"ならダレカの進行を阻むことができる。そうして止めたところで走って一気に距離を開ける。


「まさか壁抜けてきたとか!?」

「ありえるかもな!」


あれは実態のない影なら、物質をすり抜けることも可能だろう。

こちらが壁に阻まれてあれこれ迂回している間に、直線距離でまっすぐと向かってきたのかもしれない。

何にしろ足は止めた。このまま走り抜く。どうか行き止まりでありませんように。


「あった! 階段!!」

「よくやった!」


明かりが見える。ひときわ明るいランプに挟まれたそれは間違いなく11階への階段だ。

ゴールが見えたことで走る足にも喝が入る。このまま駆け抜けきってやる。そう思って最後の十字路を突っ切る。

その時だった。


「はぁあああ!?」


ぬっと。横から。待っていたとばかりに立ち尽くす黒い人影。

嘘だろう。まさかダレカは1体だけじゃないのか。


帰還者の一個体にダレカという名がつけられたのではない。

迷宮にこびりついた魔力に誰かの思いが重なって自立した低級帰還者。それこそがダレカなのだ。

『Who』(ダレカ)は個体名ではなく種族の名前なのだ。


「複数いるなんて聞いてないぞ!!」

「おい昴、漏らしてねぇだろな?」

「してないし!!」


確かにちょっと危なかった、とは言わず。

横から飛び出してきたダレカの動きをサイハが止め、また走る。

その間に後ろから歩いてきているダレカの拘束は解け、またゆっくりと歩いてくる。

ゆっくりと歩きながら、こちらに手を伸ばしてくる。


「ぁ…………あ……ぅ……■■■…………■■■■…………」


不明瞭な音が聞こえてくる。

これは声ではなく、焼き付けられた思いにこびりついた音だ。

死んだ時の断末魔。無念をはらんだ恨み言。死に際の呪詛。あらゆる音が焼き付いてダレカから流れているだけ。


「あとちょっと!」


階段に近寄れば、門扉のように結界が張っているのが見えた。

この結界でダレカが11階に歩いてこないようにしているのだろう。

飛び込め。先頭のリーゼロッテが結界を越えた。続いて昴が駆け込んで、フォルが飛び込む。サイハが軽々とそれに続き、追い縋るようなダレカの手は結界に弾かれた。


「…………■■■■・ミント■呼ん■■■――………………」


11階の町への門扉をくぐる昴たちの背中に、虚ろな声が虚しく響いた。

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