表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人権なしのランク0。よくわからないけど、塔、登ります  作者: つくたん
下層『受難の層』
26/75

完全帰還者、すべてをみたひと

「おや、帰還者の話かい?」


用事が終わったので帰る前に挨拶をしようと思ったら。ずいぶん興味深い話をしているじゃないか。

ネツァーラグがひょいと顔を出す。立ち入っても良さそうな雰囲気だと判断して部屋に入ってくる。その足取りはまるで舞台に上がる役者のようだった。


「帰還者ね、よく知ってるさ」


あいつらは影のようなものだ。そうネツァーラグが答える。


「魔力の特性を知っているかい。あれは濃いと人の感情をその場に焼き付けるのさ」


まるで感熱紙のように、『思い』をその場に留める。強ければ強いほど鮮やかに、声や映像を伴って。その場で起きた光景を、立ち会った者の感情を記録する。

そして迷宮は町と比べて魔力の濃度が高い。水が氷となるように、魔力が固まって結晶となったエレメンタルが徘徊するくらいに。

そんな環境では、死んだ者の思いがその場に留まりやすい。なぜ、どうして、そんな疑問と怨嗟は鮮やかに現場に焼き付く。


「まぁここまでは上層探索中によく見る幻覚の正体さ。本題はここからさ」


そうして焼き付いたところに、さらなる感情が焼き付いたら。思いは塗り重ねられて混ざり、形を歪める。

それはやがて人の形を取るようになる。いくつもの感情が融合し、塗り重ねられた思いの具現化だ。

人の形を取ったそれは、やがて動き出す。自分の構成要素の表層に近いものに惹かれて。

恐怖を核としたものは恐怖の感情を、怨嗟を核としたものは怨嗟を。その思いを強く抱いている人間につられて動き始める。


「それが『影』の正体さ」


帰還者がたまに町に出るのも、死の間際に『もっと冒険したかった』という感情が焼き付いたせいだ。

町には冒険心に満ち満ちている探索者が数多くいる。その冒険心に惹かれてやってくる。

町を歩き回り『冒険』して冒険心が満ちると、帰還者を構成している冒険心が薄れて別の感情が表層に出る。そうしたら次は表層に出た感情に誘われて相応しい場所を目指す。

あれでも彼らは冒険しているつもりなのだ。だからそれを阻むものは障害として排除する。


「あいつらが帰還者と呼ばれている理由、何となくわかっただろう?」


何からの帰還か。迷宮からだ。あるいは死から。迷宮から帰ってきた『誰かの感情』。

死者が思いを核に蘇ったと解釈したらその呼び方も納得できる。


そして同時にあのタイミングでダレカが現れた理由も理解した。

伯珂たちか昴たちか、誰かの何らかの感情に惹かれたのだ。

真っ先に伯珂たちを襲ったことから、伯珂たちだろうか。

騙し、裏切ってやったという愉悦、自分はこんな生き方でないと生きていけないという諦観、楽しい阿鼻叫喚が見られる高揚感、どれかは知らないが。


「ずいぶん詳しいんだな」


リーゼロッテが警戒を滲ませてネツァーラグを睥睨する。

こうしてやたら講釈を垂れてくるやつは怪しい。何も知らないことを利用して嘘の情報を詰め込ませるのは詐欺師の常套手段だ。


「まぁね、僕も帰還者だし」

「は?」


さらっと今とんでもないことを言った気が。思わず聞き返してしまった。


「耳が悪いのかな? じゃあもう一度」


そう彼は言葉を切り、まるで舞台に上がる役者のように一礼した。


「すべてをみたひと、"完全帰還者"ネツァーラグ・パンデモニウム・グラダフィルト」


どうぞお見知りおきを。

舞台の主役だと言わんばかりに優雅に華麗に言い放つ。


「完全……帰還者……?」

「そう、帰還者だけど理性も分別もある。10階の蒙昧な連中とは一緒にしないでくれよ?」


形を持たない『影』である帰還者でありながら実体。そして理性と分別を持つ。そのあたりの帰還者とは違うのだ。

そう言うネツァーラグはただの人間のようにしか見えない。言われなければわからないし言われてもわからない。


「◼◼‬でゲームオーバーになってね、みんなまとめて◼に◼◼されて◼◼‬◼になってしまって、僕だけが残ったのさ」

「……なんて?」


言葉が聞き取れなかった。もう一度言ってもらってもやはり聞こえない。

どんなに集中して聞き取ろうとしても、その言葉の瞬間だけ不明瞭になる。

通信でノイズが入ったかのように、その部分だけ言葉を聞き取ることが出来ない。


「君たちが異常なんじゃない、僕が◼◼‬だからさ。どうも◼は不都合な◼◼‬は伏せたいようで、◼◼‬◼◼‬◼◼‬◼◼‬◼◼‬」


言葉がまったく聞き取れない。物音などしない室内で、ネツァーラグだけが喋っているのに。

次第に全文が聞き取れなくなった。耳に詰め物をしているかのように、ネツァーラグの声が聞こえない。

おい、と不快そうに聞き返すリーゼロッテの声ははっきりと聞こえるのに。

どういうことだ。さっきまで問題なく聞き取れていたのに。


「◼◼‬、◼◼‬◼◼‬◼◼‬◼◼‬?」

「おや、聞こえないのかい? ……かしら?」


からん、とベルが鳴った。気がした。

会話に割り込みつつ部屋に入ってきたのはヴェルダだった。


「帰ると言った割にはまだいるから様子を見に来たら……崩壊(バグ)ってるわよ?」


やれやれ。そう言いたげにネツァーラグは肩を竦めた。

そして、ひらりとローブの裾を翻して立ち去っていく。


ばたんと扉を閉めると、部屋に沈黙が降りた。ややあって口を開いたのはヴェルダだった。


「驚いたでしょう。たまにああやって言語崩壊(バグ)るのよ」


曰く、理性も分別も残したものであっても、形は崩れる。

長く接しているうちに彼の言葉はほぐれ、崩壊してしまう。

そうなると誰も聞き取ることができない。聴覚の問題ではない。どんなに耳が良くてもだめだ。読唇術でも読み取れない。筆談も同じく。

輪郭を持たない影のように、彼の言葉もまた輪郭をなくして意味をなくしてしまう。


「あれはね、呪いなの」


彼は帰還者となる時に『すべてをみた』。

この世界の仕組みも何も。塔は何のために存在するのか、塔の頂上には何があるのか。あらゆる疑問をすべて知っている。

だから神に呪われた。そして、真実を露呈させないようにと言葉が塗り潰された。

彼が紡ぐ言葉はすぐに崩壊して不明瞭なものとなってしまう。そういう呪いだ。


「まぁ喋らなければ普通の人よ」


帰還者の本能がどうとかで人を襲うことはない。いたって健全だ。

体が帰還者であるということを除けば人間と何ら変わりはない。実体もあるし理性もある。

触れれば温かいし言葉を交わして理解し合うことだってできる。


そう締めくくってから、さて、とヴェルダは話を変える。

彼らは11階を目指して迷宮に行ったはず。それが暗い顔で戻ってきて帰還者がどうこうと話しているからおそらくは何階かで帰還者に出くわしたのだろうと推測して話をそこに向ける。


「ダレカはね、最も原始的な帰還者よ」


強い思いがある方に行く。さながら光に誘われる蛾のように。

それを利用すれば10階を突破することもできるかもしれない。そうアドバイスを送っておく。


「ひとつ質問があるんですけど」

「なぁに?」

「ダレカは……人を連れ去ることはありますか?」


諦められない。フォルが質問をぶつける。伯珂のことはどうしたって諦められない。

問うフォルに、そうねぇ、とヴェルダは呟く。


「あれは誰かの思いを踏襲しているから、表層に出ているモノがそういう情動であれば、そうなるかもしれないわね」


『誰かを連れ去って監禁したい』という思いが色濃ければそのような行動をするかもしれない。理論上はそうだ。帰還者の行動などヒトの理解の範疇の外にあるモノなのでわからない。


「そうですか。わかりました。……ありがとうございます」



***



夕飯のノンナの串焼きを串から外しつつ、問題は、と昴が話を切り出した。


「9階のボロキアだよな」


そう、あの暴れ牛たちもどうにかしなければならない。

ダレカのことばかりに気を取られて抜け落ちていたが、まずは9階の踏破が必要だし、こうしていったん戻ってきてしまったということはまた3階から攻略しなければならないのだ。

一度行ったからもう5階以降の謎解きの答えもわかっている。

心配事と言えば8階で鍵が見つかるかだ。そこは運次第だし出たとこ勝負なのでここではどうしようもできない。


なので話は9階のボロキアの群れのことになる。

さてどうするか。正面から暴れ牛を制圧して格上だと教え込むか、あるいはかいくぐって行くかだ。


「サイハ、こう、うまいことできるやつないか?」


サイハの"歩み始める者"は持ち主の想像力によって能力を創造する。どうにかできる手段はあるだろうか。

昴が質問すると、なくもない、という答えが返ってきた。


「まだすべての能力を創造してはいないのだけど……」


対象の状態がわかる"隠者による百識"、目的地までの道を示す"放浪者による騎行"、町へと帰還する"探索者による帰還"。

今、主に使用しているのはこの3つだが、他にも妨害役という役割に沿った能力はいくつか創造した。

対象の敵と味方の認識を入れ替える"密告者による離反"、行動を封じる"狂信者による理性"あたりはボロキアリャソフ攻略において使い道があるだろう。


「あの群れを正面から突破すんのは難しいと思うけどな。アタシとしてはごめんこうむる」


1頭相手なら簡単にいける。だが何百頭を同時に相手するとなると話が変わる。

リーゼロッテの盾は自分とその背後を守るくらいのサイズしかなく、何百頭のボロキアの突進を受け止められるようにはできていない。


昴の剣も1対1には向くが多人数相手には向いていない。何百のボロキアを切り刻み続けられるほどの体力は昴にはないだろう。


正面から戦ったとしても、圧倒的な物量に負けてしまう。

だからリーゼロッテとしては、どうにかかいくぐってすり抜ける方法を選びたい。

10階にはダレカだっているのだ。体力は温存しておきたい。


「じゃぁ、ダッシュで駆け抜けるって方向で」

「はい、わかりました!」


こくりとフォルが頷く。頭の中に知識があるだけでまだ実際に使ったことはないのだが、フォルの持つ武具"メディシナール"は傷を癒やすだけでなく身体の活性化も促す。

身体が強化され力がみなぎる。活性化された肉体は普段の運動能力を凌駕した動きも可能にする。

それを利用すれば、群れをかいくぐって駆け抜けることも可能なはずだ。


「よし、じゃぁ今日は……寝よう!!」


ぐだぐだ考えるのはやめよう。

明日もう一度用意を整えて迷宮へと踏み込む。あとはもうその時次第だ。

もし伯珂たちが生きていて助けられそうなら助ける。助けたい。裏切りの落とし前はそれからだ。

やるしかない。やるしかないのだ。だから今日はもう眠ろう。また明日、きちんと動けるように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ