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人権なしのランク0。よくわからないけど、塔、登ります  作者: つくたん
下層『受難の層』
25/75

かくして神は贖罪を強いたのである

「ぁ……っ!!」


呟いたのは誰だったか。リリムの姿が『消えた』。小さな呟きに反応して伯珂が振り返ったらもうすでにリリムはいなかった。

対面していた昴は見た。見てしまった。何が起きたのかを。まずはじめに、リリムの背後に影が現れた。人影の足元から影が伸び上がった。そうして水に引き込むようにリリムの体を影に沈めた。音もなく。

それをせしめた者はまだそこに立っている。立ち尽くすように、逃げ道を塞ぐように、縋るように、追い詰めるように。


「ダレカ……!!」


伯珂が息を呑む。輪郭を失って虚ろな影となった人の形をした何か。あるいは誰か。絶対恐怖の怪物。帰還者(ダレカ)がそこに立っていた。

神出鬼没の怪物だがまさかこんな時に出なくても。くそ、とノルバートが歯噛みした。狩りは中止だ。とにかく今はこいつから逃れないといけない。どうする、8階に降りるか、10階に行くか。否。10階はこいつらの本拠地だ。わざわざ飛び込むことはない。どうする、どうするどうするどうする――


「伯――」


どぷん。ノルバートの姿が消えた。一瞬だった。

まるでそれははじめから何もなかったかのように。気配の残滓すらない。


「嘘……だろ……おい……」


伯珂が立ち尽くす。動揺する。震え、脂汗がにじむ。腰が抜けることすらできないほどの恐怖を抱いているのは一瞬で仲間を2人失ったからではなく――


「やめろ……やめ……やめ…………」


――『それ』が自分に手を伸ばしていることだった。


引き込まれる。掴まれるな。逃げろ。そう思っても足が動かない。ダレカの手が『触れた』。

実体はないので感覚の上での話だ。触れた箇所から体温が吸い取られていきそうだった。


「な…………――何でだ! おい!! あっちにいけよ、何で俺なんだよ! ちくしょう、何だって俺はいつもこういう――」


半狂乱になって叫ぶ。あっちに行けと昴たちを指す。

だがそれがどうした。責任転嫁の絶叫が何の抵抗になるだろう。思いのたけを叫び切る前に伯珂もまた影に呑まれた。


「……っ……!!」


どうする。そんな言葉も言えない。圧倒的な恐怖が昴の全身を包む。


――どうして。

どうしてダレカがここにいる。どうして伯珂たちを殺した。どうして伯珂たちは裏切った。信じていたのに。おせっかいで気さくな先輩だと信頼していたのに。どうして。

動揺と混乱、恐怖で動けない昴に向けてダレカが顔を向ける。輪郭もおぼろげで、顔などないはずなのに『目が合った』。


「冗談……っ!!」


冗談じゃない。こんなところで死んでたまるか。サイハが声を引きつらせながらカードを引っ掴む。


「――"探索者による帰還"!!」


叫ぶ。カードが光った。強制的に町へと転送するための転移魔法が発動する。

きん、と高く音が響いて、昴たちは光の中に飲み込まれた。


***


「は……っ助かった……?」

「たぶんね……全員いる?」

「おう」

「は、はいっ!」


4人全員揃っている。よかった。誰も欠けなかった。

長い長い安堵の息を吐く。全身から力がどっと抜けていく。もう指先一つも動かしたくない。動く気力もなくてその場に座り込む。

ここは町のどこだろう。転移した先は見知らぬ路地だった。石畳の装飾からいって1階のどこかだとは思う。どこだか場所を特定する気にもなれない。


「……まさかこんなことになるなんてね」

「はっ、アタシは予想がついてたけどな」


サイハの呟きをロッカが鼻で笑う。常に他人は裏切る前提で動いているのでこのくらいで驚きはしない。

そもそも冷酷なことを言えば、昴たちだって信用していない。後付けの知識が『味方である』と疑う必要がないことを定義しているから多少警戒を緩めているだけだ。

その後付けの知識も信用しきっていない。自分で獲得していない知識を『知っている』ことにされた不快感は色濃い。


「伯珂さん……」


状況整理が追いつかない。伯珂が裏切った。なぜ、どうして。混乱した頭はずっとそればかりを反復している。

嘘じゃないのか。悪質な冗談ではないのか。驚かせて悪かったと人懐っこい笑顔を浮かべてひょっこり出てきてほしい。

だがそれは来ないのだ。事実は覆らない。伯珂は裏切り、そしてダレカに殺された。


「……いや、殺されたのか?」


ずるりと影に飲み込んだだけ。リリムの異次元への転送のように、どこかに移動させただけかもしれない。それだったら生きている可能性もあるのでは。

小さな希望を見出す。もしかしたら。もしかしたら生きているかもしれないのだ。


「失礼。図書館の裏口に居座って何用かな?」


不意に声がかけられた。はっとして顔を上げると、そこには銀髪の男がいた。

長髪をそのまま下ろし、純白の白いローブをまとっている。


「あ、っと……ごめんなさい、すぐどきます」

「その顔色からして何かがあったのかい? 話くらいは聞こう。解決は保証できないけどね」


こんな石畳の上でへたりこんでいるより、どこかに腰を落ち着けた方がいいだろう。

図書館の一室を借りることくらいはできる身分だ。ぜひとも甘えてくれと手を差し出す。


「あぁ、紹介が遅れた。僕はネツァーラグ。ネツァーラグ・パンデモニウム・グラダフィルトだ」


にこりと、純粋な善意の顔で名乗りをあげる。

これは信用してもいいものなのか。今さっき裏切りにあったばかりだ。せっかくの申し出だが、今は誰も信じられない。見知らぬ他人をやすやすとは信用できない。どんな悪徳にも加担することのない絶対中立の図書館の関係者というが、それでもだ。

だがネツァーラグとやらの言っていることももっともだ。どこかで腰を落ち着けて状況を整理したい。状況の整理もだが気持ちの整理もだ。

どうしたい。どうしたらいいだろう。昴は視線をさまよわせる。リーゼロッテは警戒心に満ちた視線を投げつけているし、サイハも警戒している。フォルは迷子のような顔をしていた。


「そんな捨てられた子猫のように毛を逆立てずともいいだろうに。……そういう目に遭ったのだろうけどね」


刺々しい視線を受けてネツァーラグが肩を竦める。可哀想に、と憐れみの一言を漏らす。


「まぁいいさ。僕が信用できないならそれでよし。だけど部屋は用意させてもらうよ。あまりにも哀れで見ていられないからね。いいだろう? 司書の魔女?」

「えぇ。どうぞ」

「ヴェルダさん!」


いつの間に。ネツァーラグが視線を向けた先には扉があり、そこに図書館の司書ヴェルダが立っていた。


「どうぞ。部屋と、温かい飲み物を用意するわ。ついでに情報の提出もしていく?」


おいで、とヴェルダが手招きして扉を開ける。その中にネツァーラグがするりと入っていく。

ヴェルダなら信用できる。というか彼女が敵だったらもう世界の根本からねじ曲がってしまう。ようやく心の底から信用できる相手に会えてほっとする。


招かれるままに立ち上がり、図書館の一室に通される。情報の提出は断っておいた。今はそれより状況と気持ちの整理がしたい。

給湯器から茶を淹れ、ふぅ、とようやく息を吐いた。ヴェルダとネツァーラグはどこか別の部屋に行ったようだ。この部屋には4人しかいない。


「伯珂さんたち……無事なんでしょうか……?」


無事であればいい。生きていればどうにでもなる。どうしてあんなことをしたのだろう。わかりあえる方法はなかったのだろうか。

じっとカップの水面を見つめるフォルに、さぁな、とリーゼロッテが返す。裏切ったのはいいが、陥れたことは気に食わない。陥れた落とし前をどうつけてやろうか。リーゼロッテの関心はそこだ。


「あれは……どうして現れたのかしら」


帰還者には自我がない。何らかの意思はあるようだが、意思疎通は不可能。

どうしてあのタイミングで現れたのだろう。あれの主な住処は10階だ。迷い込んで9階に現れたということもなくもないだろうが。

それにしてもタイミングがよすぎた。あのままであったら混乱と動揺のうちに伯珂たちに殺されていただろう。そういう意味では助けてもらったともいえる。あれにそのつもりはないだろうが。


「そこも含めてルッカってやつなのかもな」


ノルバートの言葉を借りるなら、神が味方しているのかと思うくらい幸運に恵まれている人間をそう呼ぶ。何気ない運試しの採掘だったのに神性琥珀を手に入れたように、ベリーの茂みから鍵を手に入れたように、自分たちには恐ろしいくらいの幸運がつきまとっている。

だとするなら、あのタイミングで現れたのもそういった幸運のうちに入るのかもしれない。そう思って気を取り直すしかない。


「帰還者に好かれたくはないです……」


あんな恐ろしいものが味方についたって怖いだけだ。勘弁してくれとフォルが首を振る。

あんなもの恐ろしいだけだ。あんなものが味方につくくらいなら、伯珂たちがいてくれた方が良い。そう思うと気持ちがまた最初に立ち戻ってしまう。


「――おや、帰還者の話かい?」


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